基準光配信と光コムを用い、光源一つで大容量コヒーレント光通信に成功

〜光通信システムの広帯域化と低コスト化に活用〜
2024年7月24日

国立研究開発法人情報通信研究機構

ポイント

  • 光源一つで商用光通信装置200台分に相当する毎秒336テラビットの大容量光通信を実証
  • 基準光配信とS、C、L波長帯のほぼ全域でコヒーレント光通信に利用可能な広帯域光コムを組み合わせて実現
  • 商用光通信システムの広帯域化と、通信用光源の削減による低コスト化に貢献
国立研究開発法人情報通信研究機構(NICTエヌアイシーティー、理事長: 徳田 英幸)フォトニックネットワーク研究室を中心とした国際共同研究グループは、基準光配信光コム技術を組み合わせて、最新の商用光通信装置200台分の伝送容量に相当する毎秒336テラビットの光通信を実証しました。従来の方式であれば200個の光源が必要ですが、今回の実証では光源一つで達成しました。
本研究で当グループは、光通信の周波数規格に準拠し、S、C、L波長帯のほぼ全域でコヒーレント光通信を可能とする高品質光コムの生成に世界で初めて成功しました。これをネットワーク上での基準光配信技術と組み合わせ、送受信ノード間で自動的に周波数が同期する650波長のコヒーレント光通信チャネルを構築しました。これらの通信チャネルで多値変調空間多重を行い、大容量伝送を実現しました。
本成果は、S帯通信用光源モジュールの商用化開発・実装を代替し得るもので、商用の波長多重通信の広帯域化を加速し、波長ごとに異なる数百個の通信用光源を用意する必要がなくなるので光通信システムの低コスト化が期待できます。加えて、マルチコアファイバなどの空間多重を更に活用すると、1本の光ファイバ回線当たり数千台分の通信装置からの光源削減が可能と見込まれ、より一層の低コスト化が期待されます。
本実験結果の論文は、米国サンディエゴにて開催された第47回光ファイバ通信国際会議(OFC 2024)にて、非常に高い評価を得て、最優秀ホットトピック論文(Postdeadline Paper)として採択され、現地時間2024年3月28日(木)に発表しました。

背景

増大し続ける通信量に対応するため、波長ごとに異なるデータを載せる波長多重や、光経路数の多い新型の光ファイバを用いる空間多重などの光通信技術が開発されています。NICTでは、商用の波長帯(C帯、L帯)とそれ以外の波長帯(O帯、E帯、S帯、U帯)を同時に活用する、合計周波数帯域37テラヘルツのマルチバンド波長多重通信をこれまでに実証しました。しかし、従来方式でこれを実用化するには多数の光源を送受信側にそれぞれ用意する必要があり、実験用の光源を用いると既存の設備に収まりません。実際の長距離通信システムで必要とされる、通信規格に準拠し小型にパッケージ化された光源はC、L帯用に限られ、S帯などの光源の商用化が必要でした。

今回の成果

図1 基準光配信と光コム技術によって、通信チャネルの周波数が自動的に同期する光ネットワークのイメージ図
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今回、当グループはS、C、L波長帯のほぼ全域(16テラヘルツの周波数帯域)で、光通信の25ギガヘルツ周波数規格に準拠し、コヒーレント光通信に利用可能な高品質光コムを生成することに世界で初めて成功しました。この光コム技術を、高精度な時刻同期や観測等の目的で研究されている基準光配信技術と組み合わせ、650波長のコヒーレント光通信システムを構築しました(図1、補足資料図5参照)。
送受信ノード間の650波長のコヒーレント光通信チャネルは、基準光配信と光コム技術によって自動的に周波数が同期するようになっているため、個別の光源モジュールの発振周波数の制御が不要となります(図2参照)。実験では、3モード型マルチコアファイバの1コアのみを用いて構築した通信チャネルで、偏波多重16QAM方式の信号変調とモード多重を行い、最新の商用光通信装置200台分(毎秒1.6テラビット×200=毎秒320テラビット)に相当する、毎秒336テラビット(毎秒200ギガビット×650×3×誤り訂正効率(平均86%程度)=毎秒336テラビット)の伝送容量を達成しました。同じ伝送容量を実現するように従来の方式でコヒーレント光通信システムを設計した場合、O、E、S、C、L、U波長帯(40テラヘルツの周波数帯域)において200台分の個別の光源が必要であり、O、E、S、U帯用光源の商用化も必要でしたが、今回の実証では個別の光源を用いず、一つだけの光源と光コムを用いて達成できました。

図2 従来方式で設計した場合の毎秒320テラビット級光通信システムと、本研究の比較
前者はO帯~U帯まで周波数帯が拡張(合計40テラヘルツ)された200台分の最新の商用光通信装置を必要とする。後者で必要な光源は一つだけである。

なお、本実験結果の論文は、光ファイバ通信関係最大の国際会議の一つである第47回光ファイバ通信国際会議(OFC 2024、開催地:米国サンディエゴ、2024年3月24日(日)〜3月28日(木))で非常に高い評価を得て、最優秀ホットトピック論文(Postdeadline Paper)として採択され、現地時間3月28日(木)に発表しました。

今後の展望

本技術は、S帯における通信用光源モジュールの商用化開発・実装を代替し得るもので、マルチバンド波長多重通信の商用化を加速すると期待されます。また、本実験は39コアファイバの1コアのみを通信に用いて実施したもので、ファイバの全コアを活用した場合は毎秒12ペタビット程度(毎秒336テラビット×38=毎秒12.7ペタビット。商用光通信装置7,500台分相当)の伝送容量が得られる見込みです。すなわち、本技術によって7,500台分の通信装置から通信用光源を削減することが可能と見込まれ、光通信システムのより一層の低コスト化が期待されます。

採択論文

国際会議: OFC 2024 最優秀ホットトピック論文(Postdeadline Paper)
論文名: Wideband S, C,+ L-Band Comb Regeneration in Large-Scale Few-Mode MCF Link with Single-Mode Seed Channel
著者名: B. J. Puttnam, D. Orsuti, R. S. Luis, M. S. Neves, M. van den Hout, G. Di Sciullo, G. Rademacher, J. Sakaguchi, C. Antonelli, C. Okonkwo, L. Palmieri, and H. Furukawa

関連する過去のNICTの報道発表

補足資料

1. 基準光配信と光コムを活用した、マルチバンド波長多重・モード多重光伝送システム

図5 今回の光伝送システムの概略図
図5は、今回開発した光伝送システムの概略図を表しています。
① 波長1,558.98ナノメートルの基準光を生成し、送信側光コムと39コアファイバのシングルモードコアに入力する。
② 送信側の光コムでS、C、L波長帯にわたる650波長の25ギガヘルツ間隔コヒーレント光を生成する。
③ 光コムの出力光から、測定する波長の成分とその他の波長成分とを波長分離する。
④ 波長分離されたコヒーレント光に偏波多重16QAM変調を行う。
⑤ 変調後に再び波長多重された信号を3経路に分岐し、遅延差を与えて互いに異なる信号系列とする。それらをモード多重器により3モード信号に変換し、39コアファイバの3モードコアに入力する。
⑥ 光信号と基準光が39コアファイバを13キロメートル伝搬する。
⑦ 伝搬後の3モード信号を、モード分離器で3本の従来型光ファイバ出力に変換する。
⑧ 39コアファイバ伝搬後の基準光から、受信側の光コムでS、C、L波長帯にわたる650波長の光を生成する。
⑨ 波長多重された3モード分の受信信号と、受信側光コムの出力光を波長分離する。後者を局部発振光として、3モード同時のコヒーレント受信を行う。
⑩ 電気信号に変換され、保存された受信データにオフラインでMIMO信号処理を行い、送信信号を復調し、信号品質を評価してデータレートを求める。

2. 今回の実験結果

上記図5の実験系において、送受信時に誤り訂正処理などの様々な符号化を適用し、波長ごとにデータレートの最大化を行いました。図6のグラフの各シンボルは各波長チャネルにおける誤り訂正適用後の3モード合計のデータレートを示し、全てのデータレートを合計すると、毎秒336テラビットでした。

図6 波長ごとのデータレート評価結果

用語解説

国際共同研究グループ

本研究ではNICTフォトニックネットワーク研究室が光伝送システムを構築し、伝送実験を実施した。また、伝送実験には、パドヴァ大学(University of Padova、イタリア)、アイントホーフェン工科大学(Eindhoven University of Technology、オランダ)、ラクイラ大学(University of L’Aquila and CNIT、イタリア)及びシュツットガルト大学(University of Stuttgart、ドイツ)が参加し、国際共同研究グループを構築している。


基準光配信
宇宙観測や重力計測、地震観測、時空標準などへの活用を目指した周波数の安定した光を基準光といい、品質を極力維持したまま、光ファイバ等を通じて遠隔地へ配信する技術の開発が進められているが、これを基準光配信と呼ぶ。例えば、光格子時計のような最先端光時計の周波数安定性は10-18レベルに達しており、光格子時計の周波数を伝送して異なる場所の標準時計を正確に比較することで、これまでセシウム原子時計により定められていた時間標準を高精度に再定義できるようになる。さらに、設置場所の異なる光時計の周波数を相互比較することで、重力ポテンシャルの差を数時間以内で計測することも近年可能になっており、地震や火山活動に伴う地殻変動の高精度モニタリングへの活用が期待されている。また、カーナビやモバイル通信基地局間のタイミング同期には現在GPS信号が用いられているが、脆弱性の懸念のため、基準光を用いた代替システムも検討されている。一方、本研究では、基準光配信を光通信の広帯域化と低コスト化に活用した。
基準光配信では、安定な光を生成し、遠隔地に配信し、さらに、配信に伴い生じる様々な雑音を適宜抑制することが重要である。標準時等の応用では、主に光ファイバの環境変動に伴い発生する低周波数帯の位相雑音が課題であり、一方、通信への応用では光増幅器等で発生する高周波数帯の雑音がより深刻な課題となる。本研究では、光コム発生器内に、注入同期型やエタロン型の狭帯域フィルターを用いることで、高周波数帯雑音の抑制と、結果として生じる光コム品質の向上に努めた。


光コム

光通信で用いる光は、一定の周波数(搬送波周波数)で電磁波が振動しながら伝搬するコヒーレント光であり、一つのコヒーレント光に様々な非線形効果を与えて、搬送波周波数が正確に特定の周波数(コム周波数)の整数倍だけ異なる多数のコヒーレント光を生み出す技術をコム生成技術と呼び、また、生成された多数のコヒーレント光を光コムと呼ぶ。出力光の持つ最大の搬送波周波数と最小の搬送波周波数の差が光コムの帯域幅で、コム周波数が上昇すると、広い帯域幅を得ることが難しくなる。また、帯域幅が広がるにつれ、各コヒーレント光成分の品質(雑音特性)を維持するのが困難になる。


商用光通信装置、コヒーレント光通信

現在商用化されている、最高速の光通信装置(商用光通信装置)は、波長チャネル当たり最大毎秒1.6テラビットのデータを送受信することができる。毎秒最大2,000億回の変調が可能であり、占有する周波数帯域は200ギガヘルツである。コヒーレント光通信とは、送信側と同じ搬送波周波数を有する局部発振光を受信側に用意し、変調された光信号を受信側にて、局部発振光と混合してベースバンド電気信号へと変換する通信方式である。そのため、送信側と受信側で一つずつ光源が必要となる。


テラビット、ペタビット

1テラビットは1兆ビット、1ペタビットは1,000兆ビットで、毎秒300テラビットの伝送容量は8K放送の300万チャンネルに相当する。また、現在の商用光通信装置は波長チャネル当たり最大毎秒1.6 テラビットのデータを送受信可能で、システム全体の伝送容量は毎秒数十テラビット程度である。


光通信の周波数規格

国際電気通信連合(International Telecommunication Union; ITU)では、光通信の周波数規格として、波長多重光通信に用いるチャネル間の周波数間隔を12.5ギガヘルツ、25ギガヘルツ、50ギガヘルツ、100ギガヘルツ以上の4タイプと規定している。


光通信の波長帯、波長多重

光ファイバ通信に適した波長帯は限られており、現在の光伝送システムでは、主にC帯(波長1,530~1,565ナノメートル)が利用されている。また、L帯(1,565~1,625ナノメートル)も一部で商用に利用されている。それに対し、T帯(1,000~1,260ナノメートル)、O帯(1,260~1,360ナノメートル)、E帯(1,360~1,460ナノメートル)、S帯(1,460~1,530ナノメートル)、U帯(1,625~1,675ナノメートル)などの波長帯は商用化が進んでいない(図4参照)。
また、波長ごとに異なるデータを載せた光信号を、同一の光経路上に一括して伝送する技術を波長多重という。電気通信における周波数分割多重と原理は同じであり、各光信号は周波数が等間隔になるように通信波長帯に配置され、周波数間隔に応じて周波数帯域が占有される。周波数間隔が同じであれば、使用する波長数に応じて伝送容量を上げることが可能である。C帯、L帯以外の波長帯を含んだ波長多重技術を、特に、マルチバンド波長多重技術と呼ぶ。これまでのマルチバンド波長多重技術で得られた最大の周波数帯域は、O、E、S、C、L、U帯による37テラヘルツである。


多値変調、偏波多重16QAM

多値変調は、光の位相や振幅を多段階に制御して複数のビットを表現する技術であり、特に、位相と振幅を同時に用いるものをQAM(Quadrature Amplitude Modulation)と呼ぶ。16QAMは、1シンボルが取り得る位相空間上の点(多値度)が16個で、1シンボルで4ビットの情報(24=16通り)が伝送でき、同じ時間でOOK(On-Off Keying)の4倍の情報が伝送できる(図4参照)。また、直交する2つの偏光方向を持つ光信号それぞれに対してQAM変調を行うことができ、これによりビット数を2倍にすることを偏波多重と呼ぶ。これらを併せた偏波多重16QAMでは、1シンボルで8ビットの情報を転送できる。多値度が増加するにつれ、コヒーレント光源に要求される品質は高まる。

空間多重、マルチコアファイバ、モード多重

図3 シングルコア・シングルモード方式の光ファイバ通信のイメージ

現在普及しているシングルコア・シングルモード光ファイバ(図3参照)の伝送容量の限界を克服するため、光の経路数を増やした新型の光ファイバが研究されている。これらのファイバを総称して空間多重光ファイバと呼び、このような光ファイバを用いる通信技術を総称して空間多重技術と呼んでいる。
マルチコアファイバは、コア(物理的な光経路)を複数備えており、各コアに異なるデータを送信して伝送容量を拡大することができる。
また、モード多重は、各コアの複数のモードを論理的に異なる光経路として用いて伝送容量を拡大する技術である。伝搬中に各モードの信号の混合が起こるため、復調のためにMIMO信号処理を行う受信機が必要となる。
今回の研究では、38個の3モード伝搬可能なコアと、1個のシングルモード伝搬可能なコアを持つ39コア光ファイバ(住友電気工業株式会社作製)を使用し、そのうちの3モード伝搬可能なコアの一つをデータ伝送に、シングルモード伝搬可能なコアを光配信に使用した(図4参照)。

図4 空間多重(マルチコアファイバ、モード多重)と波長多重、多値変調のイメージ

本件に関する問合せ先

ネットワーク研究所 フォトニックICT研究センター
フォトニックネットワーク研究室

坂口 淳、古川 英昭

広報(取材受付)

広報部 報道室