ポイント
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量子コンピュータで実行する最適シーケンスを生成する新しいコンパイル手法を開発
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新しい手法は確率的探索手法に基づき、最適シーケンスを探索する時間を桁違いに短縮
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量子インターネットを支える量子ノードでの量子情報処理にも貢献が期待
国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT、理事長: 徳田 英幸)は、国立研究開発法人理化学研究所(理事長: 五神 真)、東京理科大学(学長: 石川 正俊)、東京大学(総長: 藤井 輝夫)と共同で、量子コンピュータに最適な量子ゲートシーケンスを確率的探索手法を用いて迅速に探索する技術の開発に初めて成功しました。
量子コンピュータにタスクを実行させるには、コンパイラを使い、プログラミング言語で書かれた命令を量子ビットへのゲート操作で構成されるシーケンスに変換する必要があります。私たちは、最適制御理論(GRAPEアルゴリズム)を網羅的探索に応用して、理論的に最適なものを特定する手法を開発しましたが、量子ビット数が増えるに従い、可能な組合せの数が爆発的に増えるため、網羅的探索が不可能となります。例えば、6量子ビットで構成される任意の量子状態を生成するタスクに対して、もし、網羅的な探索を行って最適なゲートシーケンスを見つけようとすると、現在最速の古典コンピュータを使っても、宇宙の年齢よりも長い時間がかかります。
そこで、今回私たちは、確率的アプローチによる最適な量子ゲートシーケンスを探索する手法の開発を試み、成功しました。新しい確率的探索手法を使用すると、上記の問題に対する最適な量子ゲートシーケンスの探索が数時間ででき、桁違いに簡単になることが、スーパーコンピュータ「富岳」を使い、確認・実証されました。
この新しい手法は、量子コンピュータのコンパイラを高速化し、実用的な量子コンピュータの有用なツールとなることや量子コンピューティングデバイスの性能向上につながることが期待されます。また、量子中継のノードにおける量子情報処理の最適化にも応用できるため、量子インターネットの実現や環境負荷の低減に貢献することが期待されます。なお、本成果は、2024年5月6日(月)に、米国の科学雑誌「Physical Review A」に掲載されました。
背景
量子コンピュータは開発途上ですが、社会に大きな影響を与えることが期待されています。応用先としては、量子インターネットの実現やエネルギー的側面からの環境負荷低減への貢献、さらには医療用の新しい化学物質や、よりクリーンな環境のための材料探索の加速などが挙げられます。
量子コンピュータにとって大きな問題の一つは、量子状態がノイズに非常に敏感でコヒーレントな量子状態を長時間維持することが難しいことです。最高のパフォーマンスを得るには、量子状態をコヒーレントに維持できる時間内で演算を進める必要がありますが、量子ビット数が増えた場合にも有効な、最適なゲートシーケンスを見いだせる方法は知られていませんでした。大規模な量子計算の場合でも、ゲートシーケンスの組合せが爆発的に増加する困難を回避して、従来のコンピュータで実行可能な時間と計算リソースの範囲内で効率的な最適ゲートシーケンスの探索を可能とする解決策が求められていました。
今回の成果
本研究チームは、確率的探索手法を導入して、実行可能な時間と計算リソースの範囲内で、最適な量子ゲートシーケンスを効率的に探索できる系統的な手法を開発しました。
コンピュータが情報を保存及び処理する際、全ての情報は0又は1の値を持つビットの文字列に変換されます。人間が理解できる言語で記述されたコンピュータプログラムを、量子コンピュータが情報処理できるように変換したものが量子ゲートシーケンスです(用語解説 図4参照)。量子ゲートシーケンスは1量子ビットゲートと2量子ビットゲートから成りますが、最も少ないゲート数で、高いパフォーマンスを発揮するシーケンスが最適なシーケンスです。
図1は、n個の量子ビットの状態準備を最適制御理論アルゴリズムであるGRAPEを使用して、ゲート配置ごとに現在使える最速の古典計算機で忠実度Fを最適化する探索を全配置について網羅的に行った場合の推定計算時間です。青線は宇宙の始まりから現在までの時間いわゆる宇宙年齢(137億年)です。量子ビット数が増えるに従い、可能な組合せの数が爆発的に増えるため、n=6で総計算時間は宇宙の年齢を超えてしまいます。
全ての可能なシーケンスを量子ビット数が少ない場合について分析した結果、多くの最適な量子ゲートシーケンスが存在することが明らかになりました(補足資料 図5参照)。これは、確率的探索手法を使えば、網羅的な全数探索をしなくても、最適な量子ゲートシーケンスを短時間で見つけられる可能性を示唆します。
図2は、スーパーコンピュータ「富岳」を用いて調べたn=8個の量子ビットで構成される状態準備で最適化に用いるゲート配置ごとの忠実度F=1のシーケンス出現率を、状態準備に使う2量子ビットゲート数(N)の関数として表したものです。理論的なNの下限(N=124)(補足資料 表1参照)を超えるとF=1の出現率は急激に上昇するため、確率的探索手法が非常に有効になります。例えば、N=124を少し超えたN=129でのF=1の出現率は50%を超えており、ゲート配置ごとの探索を2回行えば、平均1回以上F=1の最適量子シーケンスが得られます。このように、確率的手法を用いれば、網羅的方法で探索する場合に比べて、桁違いに短い時間でF=1の最適量子シーケンスを探索できることが判明しました。
今後の展望
各機関の役割分担
- 情報通信研究機構: 研究の構想、確率的探索手法とGRAPEアルゴリズムを用いた解析の遂行、論文執筆
- 理化学研究所: 研究の構想、スーパーコンピュータ「富岳」用プログラムコードの作成・解析の遂行、論文推敲
- 東京理科大学: 研究の構想、解析結果と解釈に関する議論、論文推敲
- 東京大学: 研究の構想、解析結果と解釈に関する議論、論文推敲
論文情報
掲載誌: Physical Review A
DOI: 10.1103/PhysRevA.109.052605
URL: https://link.aps.org/doi/10.1103/PhysRevA.109.052605
論文名: Quantum circuit synthesis via a random combinatorial search
著者: Sahel Ashhab, Fumiki Yoshihara, Miwako Tsuji, Mitsuhisa Sato, and Kouichi Semba
なお、本研究の一部は、文部科学省光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)「知的量子設計による量子ソフトウェア研究開発と応用」(JPMXS0120319794)及びJST共創の場形成支援プログラム「サスティナブル量子AI研究拠点(SQAI)」(JPMJPF2221)の助成を受けたものです。また、本研究成果の一部は、理化学研究所のスーパーコンピュータ 「富岳」を利用して得られたものです。