世界初、標準外径光ファイバで55モード多重、毎秒1.53ペタビットの伝送成功

〜Beyond 5G後の情報通信インフラを見据えた技術開発〜
2022年10月3日

国立研究開発法人情報通信研究機構

ポイント

  • 世界で初めて、標準外径の55モード光ファイバで毎秒1.53ペタビットの大容量伝送実験に成功
  • 55モード多重により周波数帯域当たりのビット数を飛躍的に増加、更なる伝送容量拡大の見通し
  • Beyond 5G後の情報通信インフラを見据えた技術開発に先鞭を付ける
国立研究開発法人情報通信研究機構(NICTエヌアイシーティー、理事長: 徳田 英幸)ネットワーク研究所のラーデマッハ・ ゲオルグ・フレデリック主任研究員らのグループは、ベル研究所(Nokia Bell Labs、米国)、プリズミアン(Prysmian Group、フランス・オランダ)、クイーンズランド大学(The University of Queensland、オーストラリア)と共同で、標準外径(0.125 mm)55モード光ファイバにおいてモード多重技術を駆使し、世界で初めて、標準外径の光ファイバで毎秒1.53ペタビット大容量伝送実験に成功しました。
今回の実験では、商用の波長帯域(C帯)を用いて55ものモード多重に成功、周波数帯域当たりのビット数を飛躍的に増やし、標準外径光ファイバの伝送容量世界記録を更新しました。先行しているマルチバンド波長多重技術との併用により、今後の更なる伝送容量の拡大も見込めることから、Beyond 5G後の情報通信インフラを見据えた技術開発に先鞭を付けました。
本実験結果の論文は、第48回欧州光通信国際会議(ECOC 2022)にて非常に高い評価を得て、最優秀ホットトピック論文(Postdeadline Paper)として採択され、現地時間2022年9月22日(木)に発表しました。

背景

増大し続ける通信量に対応するための新型光ファイバ研究が進み、近年は、既存製造設備でケーブル化が可能な標準外径の新型光ファイバを利用した伝送システムの研究開発が行われています。NICTは、標準外径4コア光ファイバやシングルコア・15モード光ファイバを用いた伝送システムを構築して、それぞれ毎秒1ペタビットの伝送実験に成功しました。標準外径光ファイバではコア数に限界があり、今後更なる伝送容量向上にはモード数の増加が必要ですが、モード多重伝送では、モードごとの伝搬特性に差があると信号品質の劣化や信号処理負担の増大が生じるため、15モードを超える大容量伝送実験は報告されていませんでした。

図1 今回の伝送システム(丸数字は図8の各部に対応)
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今回の成果

プリズミアンのシングルコア・55モード光ファイバ、NICTのモード多重送受信技術、ベル研究所及びクイーンズランド大学の設計・製作による多重反射位相板方式のモード合波器/分波器を利用し、NICTが伝送システムを構築し、合計毎秒1.53ペタビット光信号の25.9 km伝送に成功しました。今回、55ものモード多重信号のMIMO処理を行うために、高速かつ並列度の高い信号受信システムを構築し、全モードの信号を一括で受信しました。受信後にMIMO処理を行った結果、C波長帯の184波長において偏波多重16QAM信号のモード分離に成功しました。過去の15モード多重伝送と比較すると、モード数の増加に伴い、周波数帯域当たりのビット数が3倍以上(332ビット/秒/Hz)に向上しています。今回の実験ではC波長帯を用いましたが、今後、波長帯域をマルチバンド化していくことで更なる伝送容量の拡大を見込めます。

表1 今回の成果と過去のNICTの成果との比較

 
伝送容量
(ビット/秒)
モード又は
コア数
波長数 周波数帯域
合計(Hz)
周波数帯域当たりのビット数
(ビット/秒/Hz)
S帯 C帯 L帯
2020年12月  1.01ペタ  15モード    189  193  9.6テラ  105
2022年 5月 1.02ペタ 4コア 335 200 266 20テラ 51
今回の成果 1.53ペタ 55モード   184   4.6テラ 332


現在、世界中でBeyond 5G情報通信社会の実現に向け開発が進められていますが、通信デバイスや通信量等の持続的な増加に鑑み、Beyond 5G後の情報通信インフラ技術についても現時点から検討を始めておく必要があります。本成果は、Beyond 5G後を見据えた技術開発の重要な一歩です。

今後の展望

今後、更なる伝送容量の拡大を目指し、周波数帯域を拡大した大容量伝送を検証していくとともに、長距離化、スイッチング等の要素技術の検討を進め、ネットワーク化の可能性を探求します。

なお、本実験の結果の論文は、光ファイバ通信関係最大の国際会議の一つである第48回欧州光通信国際会議(ECOC 2022、9月18日(日)〜9月22日(木))で非常に高い評価を得て、最優秀ホットトピック論文(Postdeadline Paper)として採択され、現地時間9月22日(木)に発表しました。

採択論文

国際会議: ECOC 2022 最優秀ホットトピック論文(Postdeadline Paper)
論文名: 1.53 Peta-bit/s C-Band Transmission in a 55-Mode Fiber
著者名: Georg Rademacher, Ruben S. Luís, Benjamin J. Puttnam, Nicolas K. Fontaine, Mikael Mazur, Haoshuo Chen, Roland Ryf, David T. Neilson, Daniel Dahl, Joel Carpenter, Pierre Sillard, Frank Achten, Marianne Bigot, Jun Sakaguchi, and Hideaki Furukawa

過去のNICTの報道発表

・2022年5月19日 「世界初、4コア光ファイバで毎秒1ペタビット伝送に成功」
・2020年12月17日 「世界初、マルチモード光ファイバで毎秒1ペタビット伝送成功」

補足資料

1. 今回開発した伝送システム

図8 今回開発した伝送システムの概略図(丸数字は図1にも対応)

図8は、今回開発した伝送システムの概略図を表している。(丸数字は図1にも対応)
① 多波長光源: 光コム光源を使用し、184波の異なる波長を持つレーザ光を一括して生成する。
② 信号変調回路: 多波長光に偏波多重16QAM変調を行う。
③ 送信信号生成回路: 信号を各モード用に分岐し、遅延差を付けて擬似的に異なる信号系列とする。
④ モード合波器: 各信号系列は内部で異なる空間モードに変換され、55モード光ファイバに入射する。
⑤ 55モード光ファイバ: 25.9 km長の55モード光ファイバを伝搬する。伝搬に伴い、各モードの信号が干渉する。
⑥ モード分波器: 受信側で空間モードごとに信号を分離し、単一モードに変換する。
⑦ 高速・並列受信回路: 各空間モードの信号を波長分離し、コヒーレント受信器で電気信号に変換する。
⑧ オフライン信号処理: MIMO処理により、ファイバ伝搬中の信号干渉を除去する。

2. 今回の実験結果

上記図8の実験系において、送受信時に誤り訂正処理などの様々な符号化を適用し、システムの伝送能力(データレート)を最大化するための検証を行った。図9のグラフの青点は誤り訂正適用後のデータレートを示し、C帯の長波長端(1,565 nm付近)で多少データレートが低下しているが、それ以外の波長域ではほぼ均等で安定したデータレートが得られ、標準的誤り訂正後、合計で毎秒1.53ペタビットを実現した。

図9 今回の実験結果

用語解説

図2 広く利用されている
標準外径光ファイバのイメージ図

標準外径光ファイバ

国際規格で、光ファイバのガラス(クラッド)の外径は0.125±0.0007 mm、被覆層の外径が0.235〜0.265 mmと定められている。現在の光通信で広く使用されている光ファイバは、外径0.125 mmのシングルコア・シングルモードファイバで、毎秒250テラビットが伝送容量の限界と考えられており、新型光ファイバの研究開発が盛んに行われている。




モード多重技術

光ファイバのコアの中を光信号が伝搬する時は、コアとクラッドの境界で全反射を繰り返しながら、様々な振動状態で進行する。この振動状態の違いが、伝搬モードである。モードの異なる信号では、受信側に届くまでの時間差が生じるため、ファイバの最適化や受信機側での信号処理が必要である。今回の実験で使用した55モード光ファイバは、最低次から55次までのモードを伝搬し、それ以上のモードを制限するとともに、モード間の遅延差を最適化した設計を行っており、コア径は0.050 mmである。

図3 55モード光ファイバの断面とモード伝搬のイメージ図

ペタビット、テラビット

1ペタビットは1,000兆ビット、1テラビットは1兆ビット、1ギガビットは10億ビット。毎秒1ペタビットは、1秒間に8K放送の1,000万チャンネル相当である。


波長帯域

通信用途で主として用いられている、C帯(波長1,530〜1,565 nm)とL帯(1,565〜1,625 nm)、その他に、O帯(1,260〜1,360 nm)、E帯(1,360〜1,460 nm)、S帯(1,460〜1,530 nm)、U帯(1,625〜1,675 nm)がある。今回はC帯のみを使用した。

図4 光通信波長帯域

周波数帯域当たりのビット数

光ファイバの伝送容量を向上させるためには、波長多重技術により広い周波数帯域を使うことと、周波数帯域当たりの情報の密度を高めてより多くの情報(ビット)を送ることが必要である。情報の密度は周波数帯域当たりのビット数(単位: ビット/秒/Hz)で表され、今回の55モード伝送では、以前の15モード大容量伝送の結果と比べて3倍以上となる332ビット/秒/Hzの記録を達成した。

図5 情報の密度のイメージ
図6
図6 標準外径光ファイバによる大容量伝送の比較
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波長多重技術

異なる波長の光信号を1本の光ファイバで伝送する方式で、波長数に比例し伝送容量を上げることが可能であるが、光伝送に適した波長帯域は限られており、現在の光伝送システムで利用されている波長数はC帯の90程度である。L帯やS帯を併用(マルチバンド化)することで波長数を拡大できる。


4コア光ファイバ

現在、中・長距離通信用に普及している標準シングルコア・シングルモード光ファイバは、毎秒250テラビット程度が容量の限界と考えられている。その問題を解決するために、コア(光の通り道)を増やしたマルチコア光ファイバや、マルチモード光ファイバの研究が進められてきた。4コア光ファイバは標準外径を持つためケーブル化の際に既存製造設備を使用することが可能であり、また、従来の光通信システム向けの光送受信技術を利用できるため、早期実用化が期待されている。

図7 モードごとの伝搬特性の違い
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モードごとの伝搬特性

マルチモード光ファイバでは一般的に、モードによって伝送損失や伝搬時間が異なる。モード間の伝送損失差が大きいと信号の品質が劣化し、伝搬時間の差が大きいと、MIMO処理に必要な回路の規模が大きくなる。


モード合波器/分波器

光源や変調器など、原信号を生成する機器類は、現状全てシングルモード光ファイバの出力であるため、生成された変調信号を用いてマルチモード多重を行うためには、基本横モードから高次横モードへの変換と多重化を行う必要がある。今回の実験で用いた多重器は多重反射位相板を用いたものである。多重反射位相板は、横モードの変換を行う複数の位相板を並べた位相板面とミラーとの間でビームが複数回反射することでモード変換が生じ、複数のビームを用いて高次モードを多重化することができ、小型・低損失・高精度を実現可能である。


MIMO処理

モードにより光信号の到着時間が異なるマルチモード伝送では、モード分離を行う際に、ほぼ必ずMIMO(Multi-input-multi-output)処理が必要となる。MIMOは、無線通信でマルチパス干渉を除去するために用いられる信号処理技術で、光通信においては、同一の光ファイバ内を伝搬する異なる光信号同士の干渉を除去するために使用される。各モードの伝搬速度差に応じてMIMO処理の負荷が高くなり、伝送距離が伸びるに従ってモード分離が困難になる。


16QAM
QAMとは、光の位相と振幅を併用し複数のビットを表現する方式(多値変調)の一種である。16QAMは1シンボルが取り得る位相空間上の点が16個で、1シンボルで4ビットの情報(24=16通り)が伝送でき、同じ時間でOOK(On-Off keying)の4倍の情報が伝送できる。

本件に関する問合せ先

ネットワーク研究所
フォトニックICT研究センター
フォトニックネットワーク研究室

坂口 淳、古川 英昭

広報(取材受付)

広報部 報道室