シリコン基板を用いた窒化物超伝導量子ビットの開発に成功

〜超伝導量子ビットの大規模集積化に向けた新しい材料プラットフォームを提案〜
2021年9月20日


国立研究開発法人情報通信研究機構
国立研究開発法人産業技術総合研究所
国立大学法人東海国立大学機構名古屋大学
国立研究開発法人科学技術振興機構

ポイント

  • 超伝導転移温度16 Kの窒化ニオブを用いて、シリコン基板上に窒化物超伝導量子ビットを実現
  • 低損失なシリコン基板上への作製技術を開発し、コヒーレンス時間が大きく改善
  • 大規模量子コンピュータや量子ノードへの応用に期待
国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT、理事長: 徳田 英幸)は、国立研究開発法人産業技術総合研究所(理事長: 石村 和彦)、国立大学法人東海国立大学機構名古屋大学(総長: 松尾 清一)と共同で、超伝導材料にアルミニウムを使用しない超伝導量子ビットとして、シリコン基板上のエピタキシャル成長を用いた窒化物超伝導量子ビットの開発に世界で初めて成功しました。この量子ビットは、超伝導体として超伝導転移温度が16 K(-257 ℃)の窒化ニオブ(NbN)を電極材料とし、ジョセフソン接合の絶縁層に窒化アルミニウム(AlN)を使用しエピタキシャル成長させた全窒化物の素子であり、ノイズ源である非晶質の酸化物を一切含まない新しい超伝導材料から成る新型量子ビットです。今回、この新材料量子ビットをシリコン基板上に実現することで、平均値としてのエネルギー緩和時間(T1が16マイクロ秒と位相緩和時間(T2が22マイクロ秒のコヒーレンス時間が得られました。これは、従来の酸化マグネシウム基板上の窒化物超伝導量子ビットの場合と比べてT1は約32倍、T2は約44倍に相当します。
超伝導体として窒化ニオブを使うことで、より安定に動作する超伝導量子回路の構築が可能となり、量子演算の基本素子として、量子コンピュータや量子ノードの開発への貢献が期待されます。今後、回路構造や作製プロセスの最適化に取り組み、更なるコヒーレンス時間の延伸、大規模集積化の実現に向けて研究開発を進めていく予定です。
なお、本成果は、2021年9月20日(月)18:00(日本時間)に、世界的に権威のあるNature Research出版社の専門誌「Communications Materials」に掲載されました。

背景

図1
図1
(a)マイクロ波共振器と量子ビットの概念図
(b)窒化物超伝導量子ビット回路の光学顕微鏡写真
(c)窒化物超伝導量子ビット(一部)の電子顕微鏡写真と素子の断面図
(d)エピタキシャル成長させた窒化物ジョセフソン接合の透過型電子顕微鏡写真

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図2 コヒーレンス時間の測定結果
(a)エネルギー緩和時間T1=18.25 µsと
(b)位相緩和時間T2=23.20 µsが得られた。

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来る未来社会Society 5.0に向けて、これまでの情報社会を支えてきた半導体回路の性能向上に限界が見え始めており、そのような限界を打破する新しい情報処理パラダイムとして、「量子コンピュータ」への期待が高まっています。しかし、量子コンピュータの動作に不可欠な量子重ね合わせ状態は、様々な外乱(ノイズ)により容易に壊れてしまうため、それらの影響を適切に排除する必要があります。
超伝導量子ビットは固体素子であるため、設計自由度や集積性、拡張性に優れている反面、超伝導量子ビットを取り巻く様々な外乱の影響を受けやすく、量子重ね合わせ状態の寿命であるコヒーレンス時間をいかにして延伸するかが課題となっています。この課題の克服に向けて、世界中の研究機関で様々な取組がなされていますが、そのほとんどで超伝導量子ビット材料としてアルミニウム(Al)とアルミニウム酸化膜(AlOx)が用いられています。しかし、絶縁層として多く使われている非晶質の酸化アルミニウムは、ノイズ源として懸念されており、この問題を解決できる材料の検討が必要不可欠でした。
NICTは、超伝導転移温度が1 K(-272 ℃)のアルミニウム及び非晶質酸化アルミニウムに替わるものとして、16 K(-257 ℃)の超伝導転移温度を持つ窒化ニオブ(NbN)とエピタキシャル成長法で結晶化された窒化アルミニウム(AlN)絶縁膜に着目し、NbNを電極材料とし、ジョセフソン接合の絶縁層にAlNを使用した全窒化物のNbN/AlN/NbN接合を用いた超伝導量子ビットの開発を進めてきました(詳細は補足資料参照)。
上部電極まで結晶配向がそろったNbN/AlN/NbN接合(エピタキシャル接合)を実現するには、NbNと結晶の格子定数が比較的近い酸化マグネシウム(MgO)基板を用いる必要がありましたが、MgOは誘電損失が大きく、MgO基板上のNbN/AlN/NbN接合を用いた超伝導量子ビットのコヒーレンス時間は0.5マイクロ秒程度にとどまっていました[1]

今回の成果

NICTは、これまで、より誘電損失が小さいシリコン(Si)基板上に窒化チタン(TiN)をバッファ層としてNbN/AlN/NbNエピタキシャル接合を実現することに成功していました[2]。今回、シリコン基板上に作製したNbN/AlN/NbN接合を用いた量子ビット回路(図1参照)を設計・作製・評価しました。
超伝導量子ビットは、マイクロ波を介してその状態制御と読出しを行うため、実験で用いる基本回路は、図1(a)に示すように、量子ビットがマイクロ波共振器と結合した構造となります。このような基本回路を図1(b)のようにSi基板上にエピタキシャル成長させた窒化物超伝導体で作製しました。窒化物超伝導量子ビット(一部)の電子顕微鏡写真と素子の断面図を図1(c)に、エピタキシャル成長させた窒化物ジョセフソン接合の透過型電子顕微鏡写真を図1(d)に示します。
熱揺らぎが小さな10 mKの極低温で、量子ビットと弱く結合した共振器のマイクロ波伝送特性を測定した結果、図2のように、量子ビットのコヒーレンス時間の指標となるエネルギー緩和時間(T1)、位相緩和時間(T2)について、それぞれ18マイクロ秒、23マイクロ秒が得られ、さらに100回測定の平均値としては、T1=16マイクロ秒、T2=22マイクロ秒を達成しました。これは、MgO基板上の超伝導量子ビットに比べて、T1で約32倍、T2で約44倍もの改善です。
今回の結果は、超伝導量子ビットの心臓部であるジョセフソン接合に従来のアルミニウムとアルミニウム酸化膜を使用せず、それよりも超伝導転移温度が高く、エピタキシャル成長で結晶性が優れている窒化物超伝導量子ビットの開発に成功したことに大きな意味があります。特に、Si基板上にエピタキシャル成長させることで誘電損失を減らし、窒化物超伝導量子ビットから数十マイクロ秒台のコヒーレンス時間観測に成功したのは、世界で初めてです。この窒化物の超伝導量子ビットはまだ開発初期段階で、量子ビットのデザインや作製プロセスの最適化により、コヒーレンス時間の更なる改善が可能と考えています。
窒化物量子ビットは、従来のアルミニウムに置き換わる新しい材料プラットフォームとして、量子情報処理の研究開発を加速し、より省電力な情報処理の実現、安心・安全な量子ネットワークの構築に必要な量子ノードの実現に貢献することが期待されます。

今後の展望

今後、コヒーレンス時間の更なる延伸、将来的な大規模集積化を見据えた素子特性の均一性の向上を目指して、回路構造や作製プロセスの最適化に取り組み、従来のアルミニウムベース量子ビットの性能を上回る量子ハードウェアの新しいプラットフォームの構築を目指します。

各機関の役割分担

  • 情報通信研究機構: Si基板上窒化物超伝導体を用いたエピタキシャルジョセフソン接合の開発、超伝導量子ビットの設計、作製、測定・評価技術の開発
  • 産業技術総合研究所: 超伝導量子ビットの測定・評価
  • 名古屋大学: 超伝導量子ビット作製プロセスの開発

論文情報

掲載誌: Communications Materials
DOI: 10.1038/s43246-021-00204-4
論文名: Enhanced coherence of all-nitride superconducting qubit epitaxially grown on silicon substrate
著者: Sunmi Kim, Hirotaka Terai, Taro Yamashita, Wei Qiu, Tomoko Fuse, Fumiki Yoshihara, Sahel Ashhab, Kunihiro Inomata, Kouichi Semba

関連する過去のプレスリリース



なお、本研究の一部は、科学技術振興機構(JST) CREST 「超伝導量子メタマテリアルの創成と制御」(JPMJCR1775、研究代表者: 仙場 浩一)、科研費(JP19H05615)、JST ERATO「中村巨視的量子機械プロジェクト」(JPMJER1601、研究総括:中村 泰信)、文部科学省光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)JPMXS0120319794とJPMXS 0118068682、研究大学強化促進事業(名古屋大学)の助成を受けて行われました。

補足資料

窒化物超伝導量子ビットについて

現在、コヒーレンス時間の改善に向けて、Google、IBM、Alibaba等の大手IT企業をはじめとする世界中の研究機関で様々な試みがなされていますが、多くの超伝導量子ビットはアルミニウム蒸着膜を電極とし、表面のアルミニウム酸化膜を絶縁層としたジョセフソン接合を用いて作製されています。この非晶質のアルミニウム酸化膜は、二準位系(TLS: Two Level System)と呼ばれる材料欠陥を多数含み、量子重ね合わせ状態の持続を妨げる(デコヒーレンス)要因となることが知られています。
窒化ニオブ(NbN)を電極材料としたNbN/AlN/NbN接合は、結晶の構造と向き(配向)が上部電極まで全てそろったエピタキシャル成長という特長を持つため、TLSに起因したデコヒーレンスを低減できる可能性があります。また、アルミニウムの超伝導転移温度が1 Kであるのに対して、NbNでは16 Kと高いことは、様々な外乱(配線から侵入する熱や電磁ノイズ等)に対して耐性が高いことを意味しており、より安定に動作する量子ビットの実現が期待されます。
しかし、優れた特性にもかかわらず、窒化物量子ビットの開発が遅れた理由は、絶縁層として使う窒化アルミニウム(AlN)膜の圧電性(ピエゾ特性)がコヒーレンス時間を0.01マイクロ秒ぐらいに制限するためでした。我々はこの問題を解決するため、AlN薄膜の結晶構造に着目し、圧電性を表すウルツ鉱型構造から圧電性を持たない立方晶の結晶構造に変えるため、(100)方位の単結晶基板上にNbN/AlN/NbN接合のエピタキシャル成長法を採用しています。
電極材料であるNbNは、結晶構造と格子定数が比較的近いMgO基板上でのみ結晶配向のそろった平坦性に優れた薄膜を実現できるため、これまで、MgO基板上に作製したNbN/AlN/NbNエピタキシャル接合を用いて超伝導量子ビットの評価が行われており、0.5マイクロ秒のコヒーレンス時間が観測されていました[1]

今回開発した窒化物超伝導量子ビット

図1 (再掲)
(a)マイクロ波共振器と量子ビットの概念図、
(b)窒化物超伝導量子ビット回路の光学顕微鏡写真、
(c)窒化物超伝導量子ビット(一部)の電子顕微鏡写真と素子の断面図、
(d)エピタキシャル成長した窒化物ジョセフソン接合の透過型電子顕微鏡写真

参考文献

[1] Y. Nakamura, H. Terai, K. Inomata, T. Yamamoto, W. Qiu, and Z. Wang, “Superconducting qubits consisting of epitaxially grown NbN/AlN/NbN Josephson junctions”, Appl. Phys. Lett. 99, 212502 (2011).
[2] K. Makise, H. Terai, and Y. Uzawa, “NbN/AlN/NbN/TiN tunnel junctions on Si (100) substrate for superconducting devices”, IEEE Trans. Appl. Sup. 26, 1100403 (2016).

用語解説

超伝導量子ビット

量子ビット(量子コンピュータで使われる量子情報の最小単位)の一種で、0と1の重ね合わせの状態を、超伝導体で構成される量子回路で実現する量子ビットが超伝導量子ビットである。

エピタキシャル成長

エピタキシャル成長(Epitaxial growth)は、薄膜結晶成長技術の一つで、基板上に結晶面をそろえて配列する成膜法である。NbNのエピタキシャル成長には、格子定数がほぼ等しいMgO単結晶の基板を使うのが一般的だが、MgO基板はマイクロ波転送の際に誘電損失が大きいため、量子ビット作製に使うのは望ましくない。参考としてMgOの格子定数は0.421 nm、NbNの場合は0.446 nmである。高抵抗のSi基板の場合は誘電損失が一桁小さく量子ビット作製に向いているが、その格子定数(0.542 nm)がNbNとは大きく違うため、Si基板上でのエピタキシャル成長には難点があった。しかし、NICTではSi基板とNbN薄膜の間にMgO基板と格子定数がほぼ同じであるTiN(格子定数0.424 nm)をバッファ層として使うことで、Si基板上でのNbNのエピタキシャル成長技術を開発し、量子ビットに応用できるようになった。

窒化ニオブ(NbN)

超伝導転移温度以下の温度において、電気抵抗がゼロとなる超伝導状態を発現する材料の一つ。ニオブ(Nb)と窒化ニオブ(NbN)の超伝導転移温度は、それぞれ約9 K(-264 ℃)と16 K(-257 ℃)である。超伝導転移温度が高い窒化ニオブの方が、冷却に必要な電力が小さくて済むという利点がある。

ジョセフソン接合

二つの超伝導電極を極薄の絶縁体あるいは常伝導金属薄膜で隔てた構造を持つ素子をジョセフソン素子と呼び、超伝導電極間のトンネル効果によって電気抵抗ゼロ(ゼロ電圧)の電流(ジョセフソン電流)が流れる。このジョセフソン電流の大きさは、両超伝導電極の巨視的位相の差によって決まるため(直流ジョセフソン効果)、逆に、ジョセフソン素子にどれだけ電流を流すかで超伝導電極間の巨視的位相を制御することができる。超伝導量子ビットをはじめとする多くの超伝導デバイスは、このジョセフソン素子による巨視的位相制御を基本動作原理としている。

非晶質

結晶質でないこと。固体の原子・分子などの配列に規則性が認められないもので、無定形物質、アモルファスとも呼ばれる。

エネルギー緩和時間(T1)と位相緩和時間(T2
量子ビットのコヒーレンス時間には、エネルギー緩和時間(T1)と位相緩和時間(T2)と呼ばれる量子ビットのダイナミックスを特徴付ける2種類の時間が知られている。エネルギー緩和時間T1は、基底状態(|0>)にある量子ビットにπパルスと呼ばれるマイクロ波パルスを照射して得られる励起状態(|1>)が、エネルギーを放出して基底状態|0>に緩和する過程を表す時間である。量子ビットが励起状態|1>に見いだされる確率は、時間に対して指数関数的に減衰し、その時定数がT1である。T2は、位相緩和時間又は横緩和時間と呼ばれるもので、π/2パルスと呼ばれるマイクロ波パルスで|0>状態と|1>状態の重ね合わせ状態を作り、その位相が緩和して量子ビットが量子コヒーレンスを失うまでの時間のことである。

コヒーレンス時間

量子重ね合わせ状態の寿命のこと。量子的に重ね合わせられた二つの状態の間で干渉が続く時間のことであり、干渉が消えると量子重ね合わせ状態は失われ、粒子の状態は一つに確定する。

量子ノード
量子情報の長距離通信は、光ファイバの光通信技術で可能になり、これにより、量子ネットワークを構築することができる。しかし、通信距離が長くなると光信号が弱くなり、量子雑音などにより通信速度に制限がかかることが課題である。その問題を解決するため、このネットワークの中継点(ノード)に光信号の量子的な性質を自由に計測・制御・保存できるようにするのが量子ノードである。量子ノードは、使用目的によって一つの量子ビットから多くの量子ビットで構成される量子プロセッサが必要である。
Society 5.0
日本が提唱する未来社会のコンセプトで、サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会のこと。
https://www8.cao.go.jp/cstp/society5_0/

結晶配向

固体を構成する単位組織(微結晶)が一定方向に配列すること。

誘電損失

高周波信号(GHz帯)を誘電体に加えたときにその交流電界より位相が遅れて分極が起こるために発生する熱エネルギーにより、高周波信号の電場エネルギーの一部を失うこと。

圧電性(ピエゾ特性)

ピエゾ特性とも呼ばれ、物質に圧力を加えると圧力に比例して分極し表面電荷が現れる特性。逆に、電場を印加すると物質が変形する特性(逆圧電効果)も含む。量子ビットにおいて、電場が集中するジョセフソン接合の一部にピエゾ特性があると、電場と基板側の結晶格子との結合で基板側にフォノン放出でエネルギー散逸が起きてしまい、量子ビットのコヒーレンス性がすぐ壊れてしまう。

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量子ICT研究室

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Tel: 029-861-3374

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