理化学研究所(理研)量子コンピュータ研究センターハイブリッド量子回路研究チームの冨永雄介特別研究員、白井菖太郎特別研究員(東京大学大学院総合文化研究科特任研究員)、情報通信研究機構未来ICT研究所神戸フロンティア研究センター超伝導ICT研究室の菱田有二研究技術員、寺井弘高上席研究員、東京大学大学院総合文化研究科の野口篤史准教授(理研量子コンピュータ研究センターハイブリッド量子回路研究チームチームディレクター)の共同研究グループは、高品質な窒化チタン薄膜と、スパイラル(渦巻き型)形状を組み合わせた独自の設計により、長寿命性の指標である内部Q値が世界最高水準の平面型超伝導共振器を開発しました。
平面型の共振器は集積性に優れる反面、表面でのエネルギー損失が大きく、3次元空洞構造の共振器に比べて性能面で不利とされてきました。本研究では、スパイラル形状による電場分布の制御によってエネルギー損失の原因となる表面への電場の集中を抑制し、量子性が顕著になる単一光子レベルで1,000万、高パワー下で1億に迫る内部Q値を達成しました。量子情報を長時間保持できる量子メモリや、誤り訂正量子計算の実現に向けた基盤技術となることが期待されます。
本研究は、科学雑誌『EPJ Quantum Technology』オンライン版(6月13日付:日本時間6月13日)に掲載されます。

スパイラル形状の高Q値超伝導共振器(イメージ)
背景
量子コンピュータや量子センサーといった量子技術では、量子状態をできるだけ長く保つことが重要です。超伝導共振器は、マイクロ波領域の光子を保持することのできる素子であり、その性能を示す指標である内部Q値をいかに高めるかが、こうした応用における鍵となります。
中でも平面型の共振器は、フォトリソグラフィなどの既存の半導体製造技術と親和性が高く、集積性に優れることから、大規模な量子回路の構築に向いています。しかし、基板表面でのエネルギー損失が大きく、その内部Q値の多くは単一光子レベルで数百万程度にとどまるという課題がありました。これまで高い内部Q値を実現する手段として3次元空洞構造の共振器が広く用いられ、中には内部Q値が10億に達する例も報告されていますが、それらは構造が大きく、集積化には不向きなため、将来的な量子情報デバイスの大規模化に対する制約となっていました。
研究手法と成果
本研究では、高品質なエピタキシャル成長した窒化チタン(TiN)薄膜を基板上に形成し、平面型超伝導共振器における表面のエネルギー損失の低減を目的とした最適な幾何構造を探索しました。
平面型として一般的な直線的なコプレーナ導波路型共振器では、電場が金属や基板の表面に強く集中し、表面に存在する二準位欠陥(TLS)との相互作用によりエネルギーが失われやすくなります。
そこで本研究では、スパイラル(渦巻き型)形状を導入し、電場を共振器内に緩やかに分布させることで、表面との重なりを抑えることを目指しました(図1)。この効果は、有限要素法に基づく電磁場シミュレーションによって定量的に検証され、従来構造に比べて表面への電場の集中が大きく低減されることを確認しました。
本研究では右のスパイラル形状の共振器を用いることで、左のような従来のコプレーナ導波路型の共振器に比べて性能を向上させた。スケールバーはいずれも200マイクロメートル(μm、1μmは100万分の1メートル)の大きさを表す。
製作した共振器は、共通基板上に異なる幾何構造を持つ複数の試料を並列配置し、極低温(約10ミリケルビン(mK:Kは絶対温度の単位))の環境下でマイクロ波透過測定を行いました。その結果、スパイラル共振器では、単一光子レベルで1,000万、高パワー下(平均光子数がおよそ10の9乗個)では1億に迫るという世界最高水準の内部Q値を達成し、従来の平面型構造と比べて2倍から4倍の性能向上が見られました(図2)。
(a)はコプレーナ導波路型共振器について、(b)はスパイラル共振器について、さまざまな平均光子数条件で測定したものである。いずれもサイズの異なる複数の共振器について測定し、色分けして表示している。スパイラル共振器の方がコプレーナ導波路型に比べて性能が2倍から4倍向上したことが分かる。最も性能が高いスパイラル共振器は、単一光子レベルで1,000万、高パワー下では1億に迫る内部Q値を実現した。
今後の期待
本成果は、3次元構造に依存せず、構造設計によって損失を抑えるという設計の指針を示すものであり、将来的な量子誤り訂正や量子メモリの実装といった応用に向けて、平面型の超伝導デバイスの可能性を大きく広げることが期待されます。
論文情報
- タイトル:
- Intrinsic Quality Factors Approaching 10 Million in Superconducting Planar Resonators Enabled by Spiral Geometry
- 著者名:
- Yusuke Tominaga, Shotaro Shirai, Yuji Hishida, Hirotaka Terai, Atsushi Noguchi
- 雑誌:
- EPJ Quantum Technology
- DOI:
- 10.1140/epjqt/s40507-025-00367-w