宇宙の電波の”さえずり”が短時間で電子を加速した痕跡を発見

—新しい解析手法が見いだした宇宙での超高速電子加速—
2025年1月14日

国立大学法人 京都大学
国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学
国立研究開発法人情報通信研究機構
国立大学法人 東京大学大学院理学系研究科・理学部
国立大学法人東北大学
国立大学法人金沢大学
国立大学法人大阪大学

概要

国立大学法人 京都大学 生存圏研究所 栗田 怜 准教授は、国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学 宇宙地球環境研究所 三好 由純 教授、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICTエヌアイシーティー) 齊藤 慎司 主任研究員、国立大学法人 東京大学大学院理学研究科 笠原 慧 准教授らの研究チームと共に、宇宙空間で自然に発生する「コーラス」と呼ばれる電波が、わずか1秒以下の短時間で電子を急速に加速していることを、世界で初めて実証しました。この成果は、日本の「あらせ」衛星の観測データと新たな解析手法を用いたものです。
コーラスは「宇宙のさえずり」とも呼ばれる電波で、地球以外にも木星、土星といった惑星周辺で観測されており、電子を加速していると考えられています。本研究では、コーラスの発生に伴い電子加速がどのように発生するかを新たに考案した手法で解析し、従来の平均化されたデータでは検出できなかった超高速電子加速を明らかにしました。
宇宙空間において加速された高エネルギー電子は、人工衛星の不具合を引き起こすことがあります。この発見は、人工衛星の設計や宇宙天気予報の精度向上を通して、宇宙の安全・安心な利用に貢献します。また、本研究で開発された解析手法は、過去の観測データにも適用可能で、さらなる宇宙環境の謎解明が期待されます。
本研究成果は、2025年1月14日付で英国科学誌「Scientific Reports」に掲載されます。
コーラスによる電子の超高速加速の痕跡を「あらせ」衛星の観測により発見
<用語解説>
コーラス
イオン・電子で構成される空間を伝搬する電波の一種。地球周辺の宇宙空間でよく観測される電波であり、磁力線に沿う方向に伝搬しやすい性質を持つ。数百ヘルツから数キロヘルツの周波数で観測されやすく、人間の可聴域に対応している。コーラスの信号を音声に変換すると、鳥がさえずるように聞こえることがその名前の由来である。
宇宙の電波のさえずり https://ergsc.isee.nagoya-u.ac.jp/outreach/sound.shtml.ja


「あらせ」衛星

2016年12月20日にイプシロンロケット2号機で打ち上げられた、地球周辺の宇宙空間を直接観測することによって探査する日本の人工衛星。地球周辺を取り囲む高エネルギー電子の集まりであるバン・アレン帯の生成・消失メカニズムを明らかにすることを目的の一つとして、現在も観測を継続している。

1.背景

地球や惑星周辺の宇宙空間はイオンや電子で満たされていますが、その量は非常に少なく、お互いの間で衝突はほとんど起きません。このため、あるエネルギーを持つ電子があった場合、その電子がほかのイオンや電子に影響を及ぼす、もしくは他の粒子からの影響を直接受けることはありません。しかしながら、地球周辺にはさまざまなエネルギーを持つ電子やイオンが存在しており、粒子数の大幅な増加や、存在する領域の変化といった、激しい動きを見せます。これらの変動を理解するためには、衝突によらない形でのエネルギーのやりとり・運動の変化を考える必要があります。これまで、宇宙空間で自発的に発生する電波である「プラズマ波動」によるエネルギーのやりとり・運動の変化が、宇宙空間における電子やイオンのダイナミックな変化を生む要因と考えられてきました。
「あらせ」衛星は、地球周辺を取り囲む非常にエネルギーの高い電子の集まりである、バン・アレン帯の生成・消滅を繰り返すメカニズムを明らかにすることを目的の一つとして、2016年12月に打ち上げられました。「あらせ」は、数十電子ボルトの低いエネルギーから数メガ電子ボルトの高いエネルギーにわたる広いエネルギー範囲の粒子を計測するために、観測エネルギーごとに適切な粒子計測器を多数搭載する工夫がされています。また、電波の観測に関しても、広い周波数範囲を精密に測定するため、観測周波数に応じた受信器を複数搭載しています。これら多数の粒子・電波観測器群により、地球周辺の宇宙環境を明らかにするための世界最高峰のクオリティーのデータを取得しています。今回、わたしたちは、「あらせ」衛星で得られる高品質のデータを最大限に活用し、プラズマ波動の一種である「コーラス」と電子の間で起きると予測されていた、非常に短いスケールでの電子加速過程が宇宙空間で作用していることを明らかにしました。

2.研究手法・成果

コーラスによる短時間での電子加速は、ある限られた条件の電子のみが選択的に大幅に加速されるという性質を持ち、条件を満たさなかった電子のエネルギー変化はそれに比べて小さいと理論的に考えられています。この短時間電子加速の条件は常に満たされているわけではないため、短時間電子加速の発生に伴い、電子数の急増が間欠的に発生すると考えられます。電子の加速に要する時間スケールは1秒以下であると考えられており、高い時間分解能で電子数を計測した結果を解析する必要があります。わたしたちは、「あらせ」衛星に搭載された中間エネルギー電子分析器(MEP-e)で取得された250ミリ秒ごとの観測データと、波動受信器(PWE)、磁場観測器(MGF)のデータを用いて、コーラスの出現に伴い、電子数が1秒以下の時間スケールで変動していることを捉えることに成功しました。
図1は、2017年4月8日19:20UTC頃に観測された電波の周波数スペクトル(図1a)と、MEP-eで観測された電子数(図1b)を示しています。図1bでは、250ミリ秒ごとの電子数(青点)と、一般的に解析で用いられる、衛星のスピン周期(~8秒)で平均した値(黒線)を示しています。コーラスの出現が観測されると同時に、電子数が増加していることがわかります。ここで、250ミリ秒分解能の電子数は、コーラスの発生前・消滅後と比べ、コーラス発生中には大きな時間変動を示し、8秒の平均値を大きく上回るものが存在しています。この観測結果は、コーラスによる短時間での電子加速から予想される電子数変化と整合する結果です。
図1bには、8秒間のうちに、250ミリ秒ごとの電子数が8秒平均値に対してどれくらいばらついているかを示す指標(標準偏差)σGを縦線で示してあります。コーラスの発生に伴って、8秒間のうちのデータのばらつきが大きくなっていることが伺えます。ここで、粒子計測の場合、計測の不確定性を定量的に評価する指標として、σGとは別に、粒子数の平方根が標準偏差σPとして用いられます。この場合、粒子数が多く計測されるほど、その不確定性は粒子数の平方根に比例して大きくなります。また、σPは、粒子数が多い場合にはσGと良い一致を示す性質があります。MEP-eの観測結果が示すばらつきが、計測の不確定性に由来するか、それともコーラスが短時間に電子を加速したことによるものかを区別するために、変動係数と呼ばれる、粒子数の標準偏差を粒子数で除算した値で評価を行いました。σPから計算される変動係数は、粒子数の平方根の逆数に比例することから、粒子数が増えると、σPから計算される変動係数は減少します。また、σPの性質から、粒子数の増加に伴い、σGから計算される変動係数に近づくことが予想されます。一方、σPから計算される変動係数が、σGから計算される変動係数に対して異なる変化を示す場合には、コーラスが短時間で電子を加速したことにより、250ミリ秒の計測にばらつきがあるといえます。
図1. あらせ衛星によって観測されたコーラスに伴う短時間での電子加速の様子。(a)波の強さの時間・周波数に対する変化を示したダイナミックスペクトル。(b) 24.5キロ電子ボルトの電子数変動。250ミリ秒ごとの電子数が青点、スピン周期(~8秒)平均が黒線、1スピンの間のデータのばらつき(標準偏差σG)が縦線で示してある。
図2. コーラスによる電子加速発生に伴う変動係数の変化。(a) 24.5キロ電子ボルトの電子数のスピン周期平均値と標準偏差σG。(b)24.5キロ電子ボルトの電子数の変動係数の時間変化。マゼンタと青色はそれぞれ、異なる手法で評価された標準偏差をもとに計算された変動係数を示している。
コーラスによる電子加速に伴う変動係数の変化を図2に示しています。σGとσPから求めた変動係数は、コーラスによる電子加速が発生した前後の時間帯には概ね似たような時間変化を示すのに対し、電子数が増加している時には、σPをもとに計算した変動係数が減少するのに対し、σGをもとにした変動係数は増加しています。また、電子数の急増が見られるときに、電子のエネルギーと磁力線に対する到来方向の分布上で変動係数を計算すると、σGをもとにした変動係数は、σPをもとにしたものと比べ、特定の領域で増加していることが明らかになりました。この領域は、コーラスによる短時間電子加速が発生した場合に、電子数増加が想定される領域とよく一致します。以上のことは、「あらせ」衛星の観測が、コーラスによる短時間電子加速の痕跡を捉えたことを示す結果です。

3.波及効果、今後の予定

今回、わたしたちの研究によって、コーラスによる短時間の電子加速が宇宙空間で確かに作用し、1秒以下の時間スケールで高エネルギー電子数の増加を引き起こしていることが明らかになりました。この加速過程は、MEP-eが計測する数キロ電子ボルトから数十キロ電子ボルトの間の電子だけでなく、バン・アレン帯を構成するメガ電子ボルト級のエネルギーを持つ電子の生成にも寄与していることが理論的に予測されています。また、コーラスは、地球周辺の宇宙空間だけでなく、木星や土星といった外惑星の周辺でも観測されています。これらの惑星の周辺にも、メガ電子ボルトを超えるエネルギーを持つ電子が存在していることがわかっており、コーラスがこれらの高エネルギー電子の生成に寄与している可能性が十分に考えられます。
また、今回わたしたちがおこなった変動係数に注目した新しい解析手法は、MEP-eだけでなく、これまで宇宙空間で観測を実施してきた衛星に搭載されている粒子計測器にも適用可能で、汎用性が非常に高い解析手法です。過去の衛星観測データにまで遡り、本手法を適用してデータを解析することにより、プラズマ波動による電子・イオンによる変動現象の解明に貢献することが期待されます。「あらせ」衛星搭載MEP-eでは、コーラスに伴う電子数変動が8秒の時間分解能で複数例見つかっており、コーラスによる短時間電子加速過程をより理解するために、この解析手法を適用していく予定です。

4.研究プロジェクトについて

本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金(20H01959、22K03699、23K25925、23H01229、23H05429)の助成を受けて実施されました。

共同研究グループ

栗田 怜 京都大学 生存圏研究所 准教授
三好 由純 名古屋大学 宇宙地球環境研究所 教授
齊藤 慎司 国立研究開発法人情報通信研究機構 主任研究員
笠原 慧 東京大学大学院理学系研究科 准教授
加藤 雄人 東北大学大学院理学研究科 教授
松田 昇也 金沢大学理工研究域 電子情報通信学系 准教授
横田 勝一郎 大阪大学大学院理学研究科 准教授
笠原 禎也 金沢大学 学術メディア創成センター 教授
松岡 彩子 京都大学大学院理学研究科 附属地磁気世界資料解析センター 教授
堀 智昭 名古屋大学 宇宙地球環境研究所 特任准教授
桂華 邦裕 東京大学大学院理学系研究科 助教
寺本 万里子 九州工業大学大学院工学研究院 准教授
篠原 育 国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所 教授

論文タイトルと著者

タイトル:Detection of ultrafast electron energization by whistler-mode chorus waves in the magnetosphere of Earth(地球磁気圏におけるホイッスラーモード・コーラス波動による超高速電子加速の検出)
著者:S. Kurita, Y. Miyoshi, S. Saito, S. Kasahara, Y. Katoh, S. Matsuda, S. Yokota, Y. Kasahara, A.Matsuoka, T. Hori, K. Keika, M. Teramoto & I. Shinohara
掲載誌:Scientific Reports
DOI:10.1038/s41598-024-80693-8

研究に関する問合せ先

栗田 怜(くりた さとし)
京都大学生存圏研究所・准教授

Tel: 0774-38-3805

三好 由純(みよし よしずみ)
名古屋大学 宇宙地球環境研究所・教授

Tel: 052-747-6340

報道に関する問合せ先

京都大学渉外・産官学連携部広報課国際広報室

Tel: 075-753-5729 Fax: 075-753-2094


名古屋大学 総務部広報課

Tel: 052-558-9735 Fax: 052-788-6272


情報通信研究機構 広報部報道室


東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室

Tel: 03-5841-8856

東北大学大学院理学研究科 広報・アウトリーチ支援室

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金沢大学 理工系事務部総務課総務係

Tel: 076-234-6821


大阪大学理学研究科 庶務係

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