日本各地でオーロラを起こした太陽嵐の観測に成功

磁気嵐・インフラへの影響予測に寄与
2024年9月30日

名古屋大学
国立研究開発法人情報通信研究機構

本研究のポイント

  • 2024年5月11日に活発な地磁気の乱れが発生し、日本各地でオーロラが観測された。
  • 本研究では、その前日の5月10日に、太陽嵐が電波を散乱しやすい性質を利用した電波観測によって太陽嵐の検出に成功した。
  • 本研究を応用することで、将来的に今回のような活発なオーロラ現象を引き起こしうる大規模な太陽嵐を事前に予測できることが期待される。

研究概要

名古屋大学宇宙地球環境研究所の岩井一正准教授及び国立研究開発法人情報通信研究機構(NICTエヌアイシーティー)の塩田大幸研究マネージャーらの研究グループは、2024年5月11日に日本各地でオーロラを起こしたと考えられる太陽嵐の電波観測に成功しました
当研究グループは、名古屋大学が運用する大型電波望遠鏡を用いた連続観測を行い、太陽嵐が地球に到達する直前となる5月10日に多数の電波天体からの地球に到来する電波の顕著な散乱を検出しました。名古屋大学とNICTが共同で開発した磁気流体シミュレーションを用いた解析から、散乱が検出された方向と観測時間中に太陽嵐が通過した方向が概ね一致していることがわかりました。特にこの期間は複数の太陽嵐が連続発生し、それらが近接することで電波を散乱しやすい高密度な領域が宇宙空間の至る所に形成されていた可能性が高く、この強い電波散乱が観測されたことと一致します。
複数の太陽嵐が複合することで大規模に発達すると地球への影響も大きくなる可能性があり、その現象を電波観測で地球到来の前に捉えたことの意義は大きく、本観測を応用することで、将来的には今回のような活発なオーロラ現象を引き起こしうる大規模な太陽嵐を事前に予測できることが期待されます。
本研究成果は、2024年9月11日に日本天文学会秋季年会で発表されました。
左:名古屋大学で運用する大型電波望遠鏡(愛知県豊川市)。
右上:5月10日の電波の散乱現象の観測結果。
右下:電波天体の地上観測により、地球に迫り来る太陽嵐を検出する模式図。

研究背景

多くの通信衛星に代表されるように私たちの社会基盤は、近年急速に宇宙空間に進出しています。宇宙空間は真空と思われがちですが、実際は真空ではありません。100万度を超える高温の太陽大気コロナでは、フレアに代表される爆発現象が頻発し、大気の一部が超音速の爆風となって放出され太陽嵐となります。この太陽嵐は地球に到来すると、地球周辺環境に大きな擾乱を与え、社会インフラが甚大な被害を被ることがあります。一方、その到来予測は未だ困難な課題です。
2024年5月上旬には太陽活動が非常に活発な状態にあり、複数回の大規模な太陽フレアが発生しました。一連の太陽活動に伴う太陽嵐は地球に到来し、地球周辺環境に大規模な擾乱現象(磁気嵐)を発生させました。その結果、日本時間の5月11日には、普段はオーロラが観測されない日本のような地域も含め、世界各地でオーロラが観測されました。また、この期間には人工衛星を用いた測位での誤差増大や短波通信に障害があったことも報告されており、太陽嵐による擾乱との関連が調べられています。本研究では、5月11日の大規模な地磁気擾乱を起こした太陽嵐をその前日である10日に電波観測した結果を報告します。

研究手法

太陽嵐は電離した大気(プラズマ)の塊であり、電波を散乱する性質があります。太陽系外の天体を電波観測中に、地球と電波天体の間を太陽嵐が通過すると、天体からの電波が散乱され、電波強度が激しく揺らぐことを用いて太陽嵐を検出することができます(図1)。

図1 電波天体の地上観測により、地球に迫り来る太陽嵐を検出する模式図。
名古屋大学宇宙地球環境研究所では、国内3か所に設置された大型電波望遠鏡群を用いて太陽嵐を検出するための地上電波観測を連続的に行っています。本研究では愛知県豊川市に設置された約4000m2の面積がある国内最大級の電波望遠鏡で観測されたデータの解析をしました。
図2 名古屋大学で運用する大型電波望遠鏡(愛知県豊川市)

結果

図3は観測した天体の方向を+印で、その天体から得られた散乱現象の振幅を色で表示したもので、中心が太陽の位置に対応し、中心から離れるにつれて太陽から遠い方角に対応します。色は青から緑、赤になるにつれて散乱の振幅が大きくなることを示します。左の図は一連の活発な太陽活動が始まる前の4月29日の電波の散乱現象の分布です。宇宙空間には常に太陽から噴き出た太陽風が流れており、天体からの電波はこの太陽風によっても散乱を受けます。そのため、天体からの散乱現象は程度の差はありますが毎日検出されています。一方、右図は太陽嵐が地球に到達する直前の5月10日の観測結果です。この日は非常に多くの天体から大振幅の散乱反応(赤色)が得られていたことがわかりました。

図3 電波の散乱現象の変化。(左)4月29日の観測結果(右)5月10日の観測結果。+印が観測天体の方角を表し、散乱現象が検出された天体は菱形で囲まれている。菱形の色は青、緑、赤になるにつれて大きな振幅の散乱現象が検出されたことを意味する。

次に、今回観測された太陽嵐の伝搬を、磁気流体シミュレーションを用いて再現しました。このシミュレーションは太陽系を模した3次元空間の中心(太陽)から、太陽観測や地球周辺の人工衛星による観測から予想される太陽嵐に近いパラメータを入力し、その伝搬を磁気流体の方程式を用いて解くことができます。このシミュレーションの結果、電波の散乱が検出された方向は観測時間中に太陽嵐が通過していたと考えられる領域と概ね一致しました。またこの期間は複数の太陽嵐が発生し、それらが隣接・合体することで高密度な領域が宇宙空間の至る所に形成されていた可能性が示唆されました(図4)。この高密度な領域は特に電波を散乱しやすく、強い電波散乱が様々な方角で観測されたことを説明できます。

図4 磁気流体シミュレーションによって再現された5月11日にオーロラを引き起こした太陽嵐の伝搬。太陽系を北から見た図。色が太陽風速度を表し、青から赤になるにつれて早い速度に対応。中心が太陽、右の白丸が地球の位置、太陽嵐の速度を色で表す。地球から伸びる白の直線はこの時間の電波の観測方向に対応。

成果の意義

5月10日に観測された顕著な電波の散乱現象はオーロラの原因となった可能性がある太陽嵐群によるものと考えられます。特に複数の太陽嵐が複合することで大規模に発達する現象は地球への影響も大きくなる可能性があり、そのような現象を電波観測で事前に捉えたことには大きな意義があります。今後は太陽嵐の電波観測結果をリアルタイムに解析し、その結果を再現できるようなシミュレーションを行うことで、同様の現象を地球への到来前に予測できる可能性があります。
一方で、今回観測された顕著な電波の散乱現象の方角はシミュレーションから予想される太陽嵐の方角と完全には一致していませんでした。この違いの解消には、より多くの観測データが必要となることに加えて、シミュレーションに使ったモデルの改良も必要と考えられ、今後の研究が期待されます。
太陽嵐による電波の散乱現象をより高性能に検出するために「次世代太陽風観測装置」の開発計画が名古屋大学を中心に進められています。この計画は最先端のデジタル信号処理技術を搭載した国内最大級の電波望遠鏡を開発し、現在の10倍の太陽嵐観測性能を実現するという計画で、太陽嵐の予報精度を飛躍的に向上させることが期待されます。

本研究は文部科学省の科学研究費補助金『24H00022』、『22K18869』『21H04517』『21H04492』『19K22028』および大幸財団自然科学研助成の支援のもとで行われたものです。

各機関の役割分担

  • 名古屋大学: 太陽嵐の電波観測、データ解析
  • NICT: 磁気流体シミュレーションの実施

発表情報

学会名:日本天文学会秋季年会
発表タイトル:「2024年5月上旬に発生したCME群の惑星間空間シンチレーション観測」
発表者:岩井一正*1, 塩田大幸*2,1, 藤木謙一*1, 磯貝拓史*1
*1:名古屋大学 *2:情報通信研究機構

研究者連絡先

名古屋大学宇宙地球環境研究所

准教授 岩井 一正(いわい かずまさ)
Tel: 052-747-6324


国立研究開発法人情報通信研究機構
電磁波研究所
電磁波伝搬研究センター
宇宙環境研究室

研究マネージャー 塩田 大幸(しおた だいこう)

報道連絡先

名古屋大学
総務部広報課

Tel: 052-558-9735 Fax: 052-788-6272


国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)
広報部 報道室