国立大学法人東京農工大学大学院のPrutphongs Ponrapee氏(博士前期課程2年)、伊藤遼成氏(博士前期課程1年)、青木活真氏(2024年3月博士前期課程修了)、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)の原基揚主任研究員、早稲田大学理工学術院の池沢聡研究院講師、東京農工大学大学院の岩見健太郎准教授は、メタサーフェスを利用して、レンズ・プリズム・波長板の3種類の光学素子を1枚の超薄型素子に統合することを実現しました。この成果は、スマートフォンに搭載可能な超小型原子時計への応用が期待されます。
本研究成果は、Optica(旧米国光学会 OSA)発行の Optics Express(IF=3.2, 電子版 2024年7月24日付)に掲載されました。
論文タイトル:Highly efficient multifunctional metasurface integrating lens, prism, and wave plate
DOI:10.1364/OE.524027
研究背景
従来のRb原子時計には、レンズ・回折格子・波長板が用いられますが、組み合わせて利用するとかさばってしまうため、極めて高い時間精度を有するものの小型化が困難でした。現在、数cmの厚さをもつ原子時計を、数mm程度まで小型化することができれば、スマートフォンへの搭載の可能性が見えてきます。レンズやプリズムといった光学素子は、光を集めたり光の進行方向を変えるために使われます。また、波長板という光学素子は、光の偏光状態(振動方向)を変える働きがあり、液晶ディスプレイや光通信に利用されます。光を高度に利用するためにはこれらの光学素子を多数利用する必要がありますが、1つ1つがガラスや結晶材料で作られるため、大型かつ高価になるという問題点がありました。今回我々は、メタレンズに関する研究を発展させ、プリズムと波長板の機能を追加することで、レンズ・プリズム・波長板の3種類の光学素子を1枚の超薄型素子に集積化する技術を開発しました。メタアトムと呼ばれる光の波長より小さいサイズの構造体を配列して光を制御するメタサーフェスは、数ミクロン程度の薄さで様々な光学的機能を実現できることから、次世代の光学デバイスとして注目されています。今回開発された集積化素子は基板上に半導体の製造プロセスを用いてメタアトムを配列したものであり、非常に薄型であるだけでなく大量生産も可能な特徴を持っています。
研究体制
本研究は、東京農工大学大学院 生物システム応用科学府のPrutphongs Ponrapee氏(博士前期課程2年)、伊藤遼成氏(博士前期課程1年)、青木活真氏(2024年3月博士前期課程修了)、情報通信研究機構の原基揚主任研究員、早稲田大学理工学術院の池沢聡研究院講師、東京農工大学大学院工学研究院先端機械システム部門の岩見健太郎准教授により行われました。また、本研究の一部は日本学術振興会 科学研究費補助金 基盤研究(C)(22K04894)、挑戦的研究(萌芽)(23K17858)の支援により行われました。また、本研究の試料作成には、文部科学省「マテリアル先端リサーチインフラ」事業(課題番号 JPMXP1223TU0167、JPMXP1223UT1006、JPMXP1224UT1019)の支援を受け、東北大学および東京大学微細加工拠点の共用設備を利用させていただきました。解析の一部は、東京工業大学のスーパーコンピュータ TSUBAME 3.0 を利用して行われました。
各機関の役割分担
- 東京農工大学:光学素子の設計・試作・評価
- 早稲田大学:光学素子の設計・試作支援
- 情報通信研究機構:原子時計応用に向けた設計・製造支援
研究成果
今回、ルビジウム(Rb)小型原子時計に用いられる波長795 nmで動作するメタサーフェスを開発しました。図1のようにレンズ・プリズム・波長板の3機能を1枚に統合した多機能集積化メタサーフェスになります。これは、光源から入射する拡散直線偏光を、円偏光の平行光に変換して、角度を変えて出射することができます。設計ではまず初めに、図2のように長方形断面をもつ水素化アモルファスシリコン柱構造(メタアトム)の電磁場解析を行い、偏光のx方向成分とy方向成分との間に1/4波長(90度)の位相差を生成できる寸法を抽出しました。そして、偏光間の位相差を保ちつつ、全体の位相遅延を0~360度の間で自在に制御できるよう設計し、縦298 nm×横2,384 nmの範囲に8本の異なる寸法の柱を並べることで、プリズムと波長板の2機能の統合ができることを確認しました。詳細な誤差解析をおこなって、寸法誤差が回折効率・集光効率に与える影響を調査しました(図3)。
今後の展開
情報化社会の進展に伴い、高速かつ大容量で安全な通信技術への需要が高まっています。そのためには高精度かつ安価なタイミングデバイスの開発が必要であり、スマートフォンに搭載可能な超小型原子時計はその有力な候補です。本研究で提案された多機能集積化メタサーフェスは1枚の超薄型素子で光の伝搬方向・集束性・偏光状態を高効率に同時精密制御する技術を提供するものであり、大量生産に対応することも可能であるため、図6のような次世代の超小型原子時計開発のための重要技術となることが期待されます。