発表のポイント
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バイオナノマシン・キネシンの一方向力発生の根源となる運動性の計測に成功しました。
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DNAナノテクノロジーを用い、キネシンのモータードメイン内のループ領域に運動支点を自在にデザインする手法を開発しました。
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生体高分子の運動の基幹機構を理解することで、人工マシンとは異なる原理で動作する生体素材からつくるバイオナノロボットの設計指針を得られることが期待されます。
概要
東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻の住吉里英子大学院生、山岸雅彦助教、矢島潤一郎教授、学習院大学の西坂崇之教授、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)未来ICT研究所の古田茜研究員、古田健也研究マネージャーらは、バイオナノマシンの一種、キネシンのモータードメインを構成するループ領域に微小なDNAオリゴマーを結合させ、自在に運動支点をデザインする方法を開発し、どのような運動支点であってもキネシンは、細胞骨格・微小管に作用して一方向に力を発生できることを明らかにしました。従来は、モータードメインとテイルドメインを繋ぐリンカードメインの構造変化が力発生の起源と考えられていましたが、本研究により従来モデルを大きく修正する必要が生じました(図1)。バイオナノマシンは、人間が作るマシンとどことなく似ているように捉えることもできますが、運動する仕組みは似て非なるものです。本研究成果は、生体高分子から構成されるミクロなバイオナノロボットを設計するための指針を与えるものとして期待できます。
発表内容
我々の体を構成する細胞の中では、所狭しと10ナノメートル(1ミリメートルの十万分の1)程の大きさのタンパク質からなるバイオナノマシンが働いています。染色体分配、細胞質分裂、細胞内小胞輸送等において力仕事を担うバイオナノマシン・キネシンやダイニンは、細胞骨格の一種である微小管上を運動することがよく知られています。キネシンの運動モデルとして、「ネックリンカードッキングモデル」が世界で流布しています。このモデルでは、ネックリンカーと呼ばれるモータードメインの末端の15アミノ酸程度の領域が大きく構造を変え、このネックリンカーの構造変化が運動発生の実体であり、ちょうど人間が足首を曲げることで前方に移動することと類似するため直観的にわかりやすい運動モデルでした。しかしながら、これまでの先行研究では、ネックリンカーが運動に直接関わらない条件下でキネシンの運動を計測した報告はなく、ネックリンカーの構造変化とキネシンの運動の関係性は明確ではありませんでした。
この度、本研究グループはキネシンの運動を生じる最小構成単位であるモータードメインのあらゆる部位に対して微小な二重鎖DNAを結合させる手法を開発し、結合したDNAの逆末端を基板に固定することでモータードメインの運動支点を自在に設定し、このモータードメインによって駆動される微小管の運動を計測しました(図2)。モータードメイン内の運動支点となるアミノ酸に点変異を導入するだけでDNAオリゴマーを結合できるため、キネシンの運動能への影響を最小限に抑えられるうえ、DNAの塩基長を調節することで固定基板とモータードメインの間隔を確保してモータードメインの自由度を保ち、従来では困難であったネックリンカーが物理的に運動にかかわらない状態で運動計測を可能としました。
それぞれの運動支点で固定したキネシンに駆動される微小管のイメージング画像から、運動方向や運動速度を定量した結果(図3)、どのループ位置に運動支点を設定したとしても、モータードメインによって駆動される運動が計測され、ネックリンカーの動きが物理的に運動に直接関与していなくてもキネシンが運動できること、すなわち、運動を生じさせる実体がネックリンカーの構造変化とは別に存在することが示されました。さらに、その運動方向は、これまで報告されていた順行性方向だけではなく、逆行性方向の運動性を示す支点位置が幾つか検出され、キネシンのモータードメインは元来一方向運動性を有していたわけではなく、両方向性を保持し、進化の過程で一方向運動性を獲得した可能性が示唆されました。
さらに構造データの解析から、ATP結合に伴うループ領域の微小管の長軸に沿った方向の構造変化は僅か数Å程度で、ネックリンカーの構造変化距離(数十Å)に比して小さく、構造変化の方向も運動方向と一致しないことがわかりました(図4)。こうしたネックリンカーの構造変化が一方向性運動発生の主体であるとする従来モデルでは説明できないような本研究の結果に基づき、ブラウニアンラチェット理論も踏まえ、モータードメインが微小管の前・後方向に対して結合、及び、解離する度合いが、モータードメイン内の支点部位にかかる負荷方向によって運動方向を制御するという運動モデルを提唱しました(図1)。
今後の展開
本研究では、キネシンのモータードメイン内のループ位置を運動支点とし、ネックリンカーの構造変化自体が直接動きに変換されない条件でもキネシンが運動できるという、従来の定説を覆しうる新たな知見を提供しました。さらに、モータードメインが両方向運動性を有すことを見出し、モータードメインにかかる外部負荷状況に応じて運動方向が決定されている可能性も示しました。しかしながら、モータードメインと微小管との結合と解離の両方、もしくは、どちらか一方のみが変調されて一方向運動性が生じているのかどうかといった運動が創発される実体が実験的に示されていないため、運動の基幹機構の解明に迫るさらなる研究が必要です。バイオナノマシンに特徴的な確率過程が含まれる運動機構を解明することによって、人工マシンとは異なる原理で動作するバイオミメティック(生体模倣的)な発動分子マシンの創製の設計指針になることが期待されます。
関連情報
- 「プレスリリース①バイオナノマシンチームの螺旋運動の分子機構に迫る——バイオナノロボの設計に向けて——」(2022/12/20)
https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/press/z0109_00071.html - 「プレスリリース②バイオナノマシンの運動の左右対称性を破る分子機構に迫る~ミクロな発動分子マシンの設計に向けて~」(2021/2/10)
https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/press/z0109_00008.html
発表者・研究者等情報
東京大学大学院総合文化研究科 広域科学専攻
住吉 里英子 博士課程/日本学術振興会特別研究員
山岸 雅彦 助教
矢島 潤一郎 教授
国立研究開発法人情報通信研究機構
未来ICT研究所 神戸フロンティア研究センター バイオICT研究室
古田 茜 研究員
古田 健也 研究マネージャー
学習院大学理学部
西坂 崇之 教授
University of Warwick, Warwick Medical School
Robert A. Cross(ロバート・クロス) 教授
論文情報
雑誌名:Proceedings of the National Academy of Sciences
題名:Tether-scanning the kinesin motor domain reveals a core mechanical action
著者名:Rieko Sumiyoshi*, Masahiko Yamagishi*, Akane Furuta, Takayuki Nishizaka, Ken'ya Furuta, Robert A. Cross, Junichiro Yajima
DOI: 10.1073/pnas.2403739121
研究助成
本研究は、科研費「基盤C(課題番号:JP15K07022)」、「挑戦的萌芽(課題番号:JP23K18135)」、「若手研究(課題番号:JP23K14177)」「学術変革(課題番号:JP21H00386)」「学術変革(課題番号:JP23H04401)」、「特別研究員奨励費(課題番号:JP23KJ0813)」、及びWellcome Investigator Award (220387/Z/20/Z)の支援により実施されました。深く感謝いたします。