国立極地研究所の片岡龍峰准教授、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)の中溝葵主任研究員、統計数理研究所の中野慎也教授、藤田茂特任教授の研究グループは、南北両半球のオーロラの広がりや電流の強さを瞬時に予測する新しい手法を開発しました。オーロラの輪を再現する物理シミュレーション結果の膨大な計算データを用い、物理シミュレーション結果を模倣する機械学習エミュレータSMRAI2(サムライ2)を開発することで、オリジナルの物理シミュレーションの約100万倍の高速化に成功し、これまで30日かかっていたものを数秒で出力できるようになりました。高速なエミュレータを用いることで多数のシナリオを生成することができ、それに基づく現況分析や確率的な予測など、高度な宇宙天気予報への発展が期待できます。
なお、本成果は、2024年1月2日に、米国地球物理学会誌「Space Weather」に掲載されました。
研究の背景
オーロラは、地球の北極域と南極域にそれぞれ巨大な輪のように広がりをもって光っています。このオーロラの輪は、オーロラオーバルと呼ばれます。オーロラは太陽風と呼ばれる太陽からのプラズマの風が地球の磁場にぶつかり、電流が流れることで発生します。そのため、オーロラオーバルは太陽風の状況に応じてダイナミックに変化します。地球近傍では探査機「DSCOVR」が太陽風を観測しており、そのデータを用いたオーロラ予報が可能で、観光にも有用な情報になります。
一方、オーロラの急激な変動は、地上のインフラや人工衛星に影響を及ぼし、障害リスクを増大させることがあります。例えば、ダイナミックに変化するオーロラの電流は、地上の高圧電線ネットワークに誘導電流を引き起こし、大規模な停電を引き起こすことがあります。また、オーロラの電力の一部は大気を加熱して、大気摩擦によって人工衛星の大気再突入を引き起こすこともあります(参考:プレスリリース「磁気嵐の発生メカニズムと大気シミュレーションから多数の低軌道衛星が喪失に至った原因を解明」 )。このように、オーロラオーバルの広がりや電流の強さを迅速に予測することは、太陽活動に由来する宇宙環境の変動とその社会インフラへの影響を予測する宇宙天気予報において極めて重要です。
オーロラオーバルの広がりや電流の強さを予測する方法には、主に二種類ありますが、それぞれに限界があります。ひとつは経験モデルと呼ばれる、過去の観測データに基づいて、ある太陽風データに対応するオーロラの広がり・強度のパターンを予測するものです。経験モデルは瞬時に結果を出せますが、経験した範囲内での平均的なパターンしか出せないことが最大の欠点です。
もうひとつは、吹き付ける太陽風によって乱される、磁気圏と電離圏のプラズマの流れや電流を計算する物理シミュレーションです。大量の計算機リソースを必要とすることが唯一の欠点ですが、経験したことのない太陽風の変化に対しても結果を出すことが可能であり、オーロラ爆発のようなダイナミックな変化も再現します。
本研究では、これまでに得ることが困難だった大量の物理シミュレーション結果に、機械学習モデルを組み合わせるという新たな発想で、両者の欠点を解消する第三の方法を世界に先駆けて実現することに成功しました。
研究の内容
本研究では、NICTが宇宙天気予報の一環として運用しているオーロラ電流系の物理シミュレーションREPPU改良版で計算された、数年分の入出力データを機械学習の学習データとしました。Echo State Network(ESN)という時系列機械学習モデルを訓練することで(図1)、REPPU改良版のオーロラ電流系の計算結果を高度に再現するエミュレータSMRAI2(サムライ2)を開発しました。
SMRAI2は、任意の太陽風時系列データを入力として与えることで、南北両半球のオーロラオーバルの広がり、その時間変化、オーロラ電流の強さを表すAE指数などを瞬時に出力できます。オリジナルの物理シミュレーションREPPUと良く似た計算結果を得るために、約100万倍の高速化に成功し、これまで30日かかっていたものを数秒で出力できることが、SMRAI2の最大のメリットです。
今後の展望
今後、SMRAI2のメリットである高速性を活かして、わずかに異なる様々な太陽風データの入力によって結果にどれほどばらつきがでるのか、という評価をリアルタイムで行うアンサンブル予測や、リアルタイム観測データとエミュレータの結果をデータ同化手法によって補正を行うことで現実により近い予測を選び出すなど、高度な宇宙天気予報の発展が期待できます。
各機関の役割分担
国立極地研究所:エミュレータ開発
情報通信研究機構:REPPU改良版の開発、REPPU改良版による実時間シミュレーションの実施、データ資源管理
統計数理研究所:エミュレータ開発
発表論文
掲載誌:Space Weather
タイトル:Machine learning-based emulator for the physics-based simulation of auroral current system
著者:片岡龍峰(国立極地研究所 宙空圏研究グループ 准教授)
中溝葵(情報通信研究機構 電磁波研究所 電磁波伝搬研究センター 宇宙環境研究室 主任研究員)
中野慎也(統計数理研究所 モデリング研究系/データサイエンス共同利用基盤施設 データ同化研究支援センター 教授)
藤田茂(データサイエンス共同利用基盤施設 データ同化研究支援センター/統計数理研究所 モデリング研究系 特任教授)
中溝葵(情報通信研究機構 電磁波研究所 電磁波伝搬研究センター 宇宙環境研究室 主任研究員)
中野慎也(統計数理研究所 モデリング研究系/データサイエンス共同利用基盤施設 データ同化研究支援センター 教授)
藤田茂(データサイエンス共同利用基盤施設 データ同化研究支援センター/統計数理研究所 モデリング研究系 特任教授)
DOI:10.1029/2023SW003720
論文公開日:2024年1月2日
研究サポート
本研究は、大学共同利用機関法人情報・システム研究機構 データサイエンス共同利用基盤施設のROIS-DS-JOINT 012RP2023の助成を受けて実施されました。また、本研究は、国立極地研究所が中心となって策定した南極地域観測第Ⅹ期6か年計画の重点研究観測の一課題である「極冠域から探る宇宙環境変動と地球大気への影響(AJ1007)」の一環として行われました。本研究の一部は、文部科学省科学研究費補助金(20H01961、22K03707)の助成を受けて行われました。