高周波電波の究極的低損失伝送回路を実現

~超伝導体でBeyond 5G/6G通信システム実現に寄与~
2023年10月10日

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学
国立研究開発法人情報通信研究機構

本研究のポイント

  • 超伝導金属であるニオブを用いてミリ波帯の導波管回路を開発した。
  • 難削材である純ニオブ材を高い精度で機械加工することに成功した。
  • 超伝導状態の矩形導波管はミリ波の伝送損失が非常に小さいことを明らかにした。

研究概要

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学宇宙地球環境研究所の中島 拓 助教、鈴木 和司 技術補佐員(研究支援推進員)、自然科学研究機構国立天文台、株式会社川島製作所、及び国立研究開発法人情報通信研究機構(NICTエヌアイシーティー)は、共同で、超伝導金属であるニオブを材料に用いたミリ波電波用の導波管を開発し、超伝導状態にある導波管の伝送損失が他の一般的な金属材料の導波管に比べて、桁違いに小さいことを発見しました。
超伝導体を材料とする電波の伝送路は、同軸ケーブルや平面ストリップ線路などでは実用化されていますが、これらは比較的周波数の低い電波の伝送に限られています。次世代の通信規格であるBeyond 5G/6Gで利用が見込まれる100 GHzを超えるようなミリ波・サブミリ波・テラヘルツ波帯では、導波管と呼ばれる金属管による立体伝送路が使われますが、「超伝導導波管」の研究はこれまでほとんど行われていませんでした。理論的な先行研究では、超伝導による効果が逆に伝送損失を大きくしてしまい、実用的なものにはならないという予想もありましたが、本研究において実際に超伝導導波管を製作して伝送損失を測定した結果は、その予想を大きく覆すものでした。
本研究の成果を応用すると、既に導波管回路が利用されている宇宙観測用の電波望遠鏡や地球大気の環境計測装置などで、これまでにない超高感度な受信システムが実現できます。さらに、100 GHzを超える周波数帯を用いるBeyond 5G/6G通信システムでも導波管が使用される可能性が高く、高効率な高周波情報通信の実現が期待されます。
本研究成果は、2023年8月8日付Journal of Physics誌「Conference Series Volume 2545」に掲載されました。

研究背景と内容

超伝導体を材料とする電波の伝送路は低損失なのが特徴で、同軸ケーブルや平面ストリップ線路などが既に実用化されていますが、しかしこれらは、周波数の低い電波の伝送に限られています。次世代の通信規格であるBeyond 5G/6Gで利用が見込まれる周波数100 GHz以上(波長3 mm以下)のミリ波・サブミリ波・テラヘルツ波帯では、一般的に導波管と呼ばれる金属管による立体伝送路が使われますが、このような高周波の電波が伝送可能な「超伝導導波管」の研究は、これまでほとんど行われていませんでした。
これまでの先行研究は、超伝導状態にある導波管の内部で、どのように電波が伝搬するのかを計算した理論的な研究が大部分で、実際に高周波用の超伝導導波管を製作し、その伝送特性を実測した研究はほとんどありません。さらに、これらの理論計算では、導波管壁面で起こる超伝導現象による効果が逆に伝送損失を大きくしてしまい、実用的な伝送路にはならないという予想もあり、その有用性すら良く分かっていませんでした。
そこで本研究では、超伝導材料としてよく知られているニオブを用いて実際に超伝導導波管を製作し、これにミリ波の電波を通過させて伝送時の損失を測定してみたところ、その結果は理論的な予想を大きく覆すものでした。
 
本研究では、超伝導金属として良く知られているニオブを利用して導波管を製作しました。純ニオブ材をマシニングセンタという加工機で切削し、ブロックの表面に導波管回路を加工しますが、ニオブは難削材として知られ、当初は全く精度の良い加工ができませんでした。切削に用いる刃物(エンドミル)について、金属用や樹脂用など複数の種類を用意してそれらの切削精度を比較し、さらに溶着が少ない最適な加工条件を探索することで、安定した加工ができました。最終的に、1 mm径のエンドミルを使って、表面の粗さが0.3 μmという高い精度での加工に成功し、ミリ波帯の導波管として十分な精度を持つことが、NICTが構築した高周波計測装置での特性評価結果から明らかになりました。
この加工方法で、100 GHz帯の電波が伝送できるサイズの矩形導波管を製作しましたが、短い導波管の伝送損失を測定器で測るのは簡単ではありません。そこで研究グループは、「共振器法」と呼ばれる方法を応用しました。これは、共振回路の共振特性がその回路の損失で決まることを利用したもので、導波管回路の共振特性を測れば、そこから伝送損失を見積もることができます。今回は、100 GHz付近に急峻な共振特性を持つ導波管共振器をニオブ材で作り、さらに比較のために、一般的な導波管材料である金メッキされたテルル銅とアルミニウム合金でも、同じ設計の共振器を作りました(図1・上写真)。
次に、名古屋大学の実験室において、常温(室温)に置かれた共振器と、これを極低温の4.8 Kに冷却した場合の伝送特性を測定しました。その結果、いずれの金属でも冷却することによって共振特性が変わり、共振の深さがより深くなっていることが観測されました(図1・下グラフ)。これは、金属の温度が下がることで導電率が良くなり、回路の損失が減少していることを表しています。特に、極低温で超伝導状態になったニオブの導波管回路は、常温時と比べて10,000倍以上も共振が深くなっていることが分かりました。
図1 (上写真)左からアルミ合金、金メッキされたテルル銅、純ニオブ材による導波管共振器の外観。(下グラフ)共振器の常温および極低温冷却時の共振特性(Alはアルミニウム合金、Auは金、Nbはニオブを表す)。
この共振特性を電磁界シミュレーションによって再現することにより、それぞれの金属の導電率と伝送損失を算出しました。その結果、超伝導状態にあるニオブの導電率は1.8×1011 S/mと計算され、この値はアルミニウム合金や金と比べると1,000倍から10,000倍も高い値でした。さらに超伝導状態のニオブの伝送損失は1 mあたり 0.05 dBと計算され、これは他の金属と比べると数10分の1という非常に小さな損失となることも分かりました。
本研究で得られた結果は、先行研究で予想されていた、導波管壁面での超伝導現象による伝送損失の増加の影響が非常に小さいことを示唆しており、さらに超伝導金属を材料に用いた矩形導波管は、ミリ波のような高周波電波の伝送損失の低減に非常に有効であることを初めて示したものです。

成果の意義

伝送路内での電波のエネルギー損失を低減することは、例えば情報通信システムにおいては、送信部での発振電力の低減、受信部での高感度な検出に繋がり、高品質・高精度な通信環境の実現に貢献します。従って、伝送路での損失低減は、伝送システム開発において最も基本的な課題です。
本研究の成果を応用すると、既に導波管回路が広く利用されている天体観測用の宇宙電波望遠鏡受信機や、地球大気の環境計測装置などで、これまでにない超高感度な受信システムが実現できます。これにより、非常に微弱な電波しか放射していない宇宙誕生から間もない時代の超遠方銀河の観測や、地球の超高層大気に含まれる微量大気成分変動のモニタリング観測が可能になるなど、高周波電波を用いた科学観測における新しい観測領域の開拓が考えられます。さらに、近年研究が進みつつある未開拓の電磁波領域「テラヘルツ波帯」における天文学研究の本格的な実現にも貢献することが期待されます。また、100 GHzを超える周波数帯を用いるBeyond 5G/6G通信システムでは導波管が使用される可能性が高く、高効率な高周波情報通信の実現にも貢献することが期待されます。
 
本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金・挑戦的研究(萌芽)『電波望遠鏡用テラヘルツ帯検出器の高感度化に向けた超低損失立体伝送路の実現(代表 中島 拓・2020-2021年度)』の支援のもとで行われたものです。

各機関の役割分担

  • 名古屋大学: 研究総括。導波管共振回路の設計、室温及び極低温での伝送特性評価
  • 国立天文台: 先端技術センターにて伝送特性評価方法の提案および評価結果の解釈
  • 川島製作所: 難削材ニオブの高精度機械加工条件の探索、導波管回路の作製、加工精度の測定
  • NICT: 室温での伝送特性評価のため高周波計測装置を産官学オープンイノベーション拠点(先端ICTデバイスラボ)にて構築、測定法を確立

論文情報

雑誌名: Journal of Physics: Conference Series
論文タイトル: Propagation in Superconducting Niobium Rectangular Waveguide in the 100 GHz band
著者: Taku Nakajima, Kazuji Suzuki, Takafumi Kojima, Yoshinori Uzawa, Masayuki Ishino and Issei Watanabe
DOI: 10.1088/1742-6596/2545/1/012021

用語説明

ニオブ

あらゆる金属元素の中で、最も高い温度(9.2 K=摂氏-263.8度)で超伝導性を示すため、超伝導薄膜や化合物として超伝導コイルの材料などに用いられる。機械特性としては難削材として分類され、加工が難しい。


矩形導波管

断面が長方形をした導波管。本研究で開発した導波管断面のサイズは1.27 mm × 2.54 mmで、100 GHz帯の電波の伝送に適している。


超伝導体

ある温度以下で電気抵抗がゼロになる物質。ただし、直流成分はゼロ抵抗であるが、交流成分はある有限の電気抵抗を持つため、電磁波の伝搬に対しては無損失の伝送路にはならない。


Beyond 5G/6G

2030年代に導入される次世代の情報通信インフラ。現行の5Gの特長である高速・大容量通信などの機能を更に高度化し、テラヘルツ波の実用化が期待されている。


K

絶対温度の単位(ケルビン)。0 K(絶対零度)は、摂氏-273度。


テラヘルツ波帯

一般的に、周波数0.1 THz(100 GHz)から10 THzの電磁波を指す。波長では3 mmから30 μmとなるため、ミリ波・サブミリ波とも呼ばれる。電波と赤外線の遷移領域に位置しているため、発振・検出・伝送などの取り扱いが難しく、電磁波最後のフロンティアとも呼ばれる。

研究者連絡先

東海国立大学機構
名古屋大学宇宙地球環境研究所

助教 中島 拓(なかじま たく)
Tel: 052-747-6318  Fax: 052-747-6315


国立研究開発法人情報通信研究機構
Beyond5G研究開発推進ユニット テラヘルツ研究センター テラヘルツ連携研究室/
未来ICT研究所 小金井フロンティア研究センター 超高周波ICT研究室/ ネットワーク研究所 先端ICTデバイスラボ

主任研究員/室長/エキスパート
渡邊 一世(わたなべ いっせい)
Tel: 042-327-7944  Fax: 042-327-6669

報道連絡先

東海国立大学機構
名古屋大学 広報課

Tel: 052-558-9735  Fax: 052-788-6272


国立研究開発法人情報通信研究機構
広報部 報道室