ポイント
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テラヘルツ波を用いる次世代移動通信では、これまで利用されてきた電気的手法が技術的限界(周波数上限)に達する可能性がある。
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マイクロ光コムの超高周波光電気周波数信号(近赤外光)を光/電気変換したテラヘルツ波を用いて、560 GHz帯でのテラヘルツ通信を実現した。
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マイクロ光コム特有の低位相ノイズ性をテラヘルツ波に付与することにより、振幅・位相の高度変復調を用いた超高速・大容量な通信が可能になる。
報道概要
移動通信は、無線キャリア周波数を高周波化することにより、高速・大容量化を進めてきました。これまでの移動通信における無線キャリア発生は電気的手法を用いてきましたが、2030年にサービス開始予定の次世代移動通信(6G)では、300 GHz以上のテラヘルツ波を使うことが予定されており、電気的手法の技術的限界(周波数上限)に達する可能性があります。
徳島大学ポストLEDフォトニクス研究所の時実 悠講師・久世直也准教授・岸川博紀准教授・安井武史教授らと、徳島大学大学院社会産業理工学研究部の岡村康弘元助教(令和5年3月退職)、岐阜大学工学部の久武信太郎教授および国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)・名古屋工業大学大学院工学研究科の菅野敦史教授の研究グループは、上記の課題を解決するため、マイクロ光コムを用いてテラヘルツ波を発生させ、無線通信に応用しました。本研究では、マイクロ光コムの光周波数モード間隔が6Gキャリア周波数と等しい特徴に着目し、これを超高周波光電気周波数信号(近赤外光)として光/電気変換で発生させたテラヘルツ波を用いた無線通信システムを開発しました。本手法により、電気的手法の技術的限界(周波数上限)を越えるだけでなく、振幅・位相の高度変復調による超高速・大容量化や、光通信との高い親和性を有する6Gが期待されます。
研究の背景と経緯
これまでの移動(無線)通信(2G/3G/4G/5G)では、主に電気的手法(エレクトロニクス)の技術革新(高周波化)が、世代進化を牽引してきました。しかし、6Gで扱う周波数帯(テラヘルツ帯、周波数300 GHz以上)は、電気的手法の技術的限界(周波数上限)に達する可能性があり、実際、超高周波信号の低出力化や低品質化、信号伝送損失の増大といった本質的問題が顕在化し始めています(図1①)。このような現状を打破するためには、「エレクトロニクスの周波数上限を超えたパラダイムシフト」が強く求められています。一方、6Gは、光通信と無線通信の伝送速度ギャップを大きく緩和する可能性を有しますが、両者間には光技術と電気技術の相違に起因する技術ギャップが存在し、光信号と電気信号の変換に伴う時間遅延が生じます(図1②)。6Gの超高速性を活かしながら汎用性を担保するためには、「光通信と無線通信のシームレス接続」が強く求められます。
これら2つの技術課題は、無線通信においてエレクトロニクスを利用していることに起因していますので、もしエレクトロニクスの代わりに光学的手法(フォトニクス)を利用した6Gが実現できれば、本質的に解消できると考えられます。このような考えに基づき、本研究グループは、マイクロ光コムをコア技術としたオール光型テラヘルツ通信(Photonic 6G)に関する研究を行っています。
研究の内容と成果
本研究では、6Gキャリア周波数と同等な超高周波光電気周波数信号(近赤外光)を生成可能なマイクロ光コムを用いて、テラヘルツ波を発生させました(図2)。等間隔で複数の光周波数モード列が立ち並んだマイクロ光コムから、隣接した2モードを光フィルターで抽出すると、時間領域では光ビート信号が生成され、そのビート周波数は、マイクロ光コムのモード間隔(=frep)に一致します。この光ビート信号を、光/電気変換素子(今回は単一走行キャリア・フォトダイード)に入射すると、ビート周波数に厳密に等しい周波数を有するテラヘルツ波を発生させることができます。マイクロ光コムのモード間隔(=frep)は周波数および位相が極めて安定であり、単一走行キャリア・フォトダイードはマイクロ光コムの高安定性を損ねることなく光/電気変換を行うので、極めて高品質なテラヘルツ波を得ることができます。ここで、抽出した隣接2モード光の一方に対して、伝送情報を光変調器で重畳させると、発生したテラヘルツ波が変調されることになります。今回は、毎秒2ギガビットで On-Off-Keying(OOK)振幅変調されたテラヘルツ波(周波数560 GHz)を用いて無線通信実験を行いました。
図3(a)は、マイクロ光コムを用いて生成した超高周波光電気周波数信号の光スペクトルを示しており、近赤外の波長1550 nm帯においてモード間隔560GHzで複数の光モード列が立ち並んでいる様子が確認できます。ここで、マイクロ光コムの個々のモード列の周波数間隔は一定であり、かつ位相も完全に同期しています。図3(b)は、発生したテラヘルツ波のスペクトルを示しており、その周波数はマイクロ光コムのモード間隔と厳密に一致しています。次に、OOK振幅変調されたテラヘルツ波を、空間伝播させた後、テラヘルツ検出器で受信することにより、データ伝送実験を行いました。図3(c)は、受信した信号の時間波形(アイ・パターン)を示しており、時間波形信号の中央部分にeye状の空間が観測できることから、データ伝送実験に成功したことを確認しました。
役割分担
- 徳島大学: デバイス基本設計、システム構築、実証実験
- 岐阜大学: テラヘルツ設計、実験補佐
- 情報通信研究機構・名古屋工業大学: 概念設計、実験補佐
今後の展望
今回は非制御状態のマイクロ光コムを用いてテラヘルツ波を発生させましたが、この手法の最大の特徴は低位相ノイズ性ですので、今後は安定化制御されたマイクロ光コムを用いて超低位相ノイズのテラヘルツ波を発生させ、その優位性を活かしたテラヘルツ通信(例えば、位相変調と振幅変調を組み合わせた直交振幅変調など)の実現を目指す予定です。