15モード光ファイバで毎秒273.6テラビット、1,001 km伝送実験成功

~大容量・多モード数のモード多重信号の増幅中継伝送技術を確立~
2023年5月23日

国立研究開発法人情報通信研究機構

ポイント

  • 15モード光ファイバ初の増幅中継により、大容量(毎秒273.6テラビット)かつ1,000 km超の伝送に成功
  • モード乗換えを行う増幅中継により、モード多重光信号の経路間の時間差を抑制
  • 中継伝送技術の確立により、Beyond 5G後の大容量かつ長距離の光伝送システムの開発を加速
国立研究開発法人情報通信研究機構(NICTエヌアイシーティー、理事長: 徳田 英幸)フォトニックネットワーク研究室を中心とした国際共同研究グループは、15モード光ファイバで初の増幅中継による、毎秒273.6テラビット、1,000 km超の伝送実験に成功しました。これにより、陸上通信インフラにおける活用の道が大きく広がりました。
マルチモード光ファイバ伝送波長多重技術との組合せにより大容量を実現できますが、長距離の伝送は困難でした。本研究でNICTは、C帯(商用の波長帯域)全域に対応する15並列の増幅中継システムを含む周回伝送実験系を構築し、さらに、増幅中継の際に光信号ごとにモードの乗換えを行う方式を15モード用に発展させることにより、伝送後の各光信号の経路間の時間差を抑制し、1,001 kmの伝送距離を実現しました。また、本実験の増幅中継伝送システムは、より長距離に適した結合型マルチコア光ファイバにも適用可能であり、今後も更なる大容量化・長距離化の実現が期待されます。
本実験結果の論文は、第46回光ファイバ通信国際会議(OFC 2023)にて非常に高い評価を得て、最優秀ホットトピック論文(Postdeadline Paper)として採択され、現地時間2023年3月9日(木)に発表しました。

背景

増大し続ける通信量に対応するため、長距離光通信システムの大容量化に適したマルチコアや、将来的に更に大きな容量を達成し得るマルチモード光ファイバの研究が進められています。NICTは、15~55モード光ファイバを用いた大容量伝送や、実環境のテストベッドを用いた48.8 kmの15モード光ファイバ伝送を実証しています(表1参照)。これらは1区間の伝送でしたが、より区間の長い陸上通信インフラで光ファイバを利用するためには、伝搬中の信号減衰を途中で補償するための増幅中継が必要です。
現状では、モード数の多い多重信号は、多重状態のまま増幅して中継することはできず、まず、モードごとの信号の分離と従来型の光増幅器による並列増幅を行った後に、再度、モード多重をして中継する増幅中継伝送システムが必要です。加えて、大容量伝送のためには、広い波長帯域の利用と、波長チャネルごとの信号強度調整も必要となります。そして、増幅中継を行った場合でも、マルチモード光ファイバは、モードごとの光信号の伝搬時間が異なり、距離やモード数に応じてその差が蓄積するため、長距離の伝送は困難でした。
結果として、これまでに報告されたモード多重増幅中継伝送のモード数は、他研究機関による10モード(伝送距離1,300 km)が最大で、周波数帯域は約0.14テラヘルツまでであり、伝送容量は毎秒4.13テラビットでした。

今回の成果

図1 (a) 15モード増幅中継とモード乗換えのイメージ
(b) 15モード増幅中継伝送システム

図2 伝送距離と、モード多重信号間の伝搬時間差との関係
NICTは、15モード増幅中継伝送システムと送受信システムを構築し、国際共同研究グループの製作した15モード光ファイバとモード合波器/分波器を利用して、合計毎秒273.6テラビット光信号の1,001 km伝送に成功しました。15モード増幅中継伝送システム(図1参照)は、モード合波器/分波器と、従来型の光増幅器、波長チャネル制御装置、周回制御スイッチを用いた15個の周回伝送系から成ります(詳細は補足資料 図5参照)。
伝送ファイバで生じるモードごとの伝搬時間差の蓄積を抑制するため、モード多重伝送技術で研究されている方式の一つである拡張巡回モード群置換技術を15モード用に発展させ、中継点ごとにモードの乗換えを行いました。遅延の少ないモードを経由してきた信号と多いモードを経由してきた信号を中継点で載せ替えることにより、受信端に到達したときのタイミングのずれ(図2の各シンボル)を従来伝送方式の場合(図2の破線)に比べて抑えました。
今回の実験ではC波長帯における184波長の偏波多重16QAM信号を15モード多重し、1区間当たり58.9 kmの15モード光ファイバを17回周回させた後に、高速な並列信号受信によって全モードの信号を一括で受信し、MIMOデジタル信号処理によってモード間の信号干渉除去に成功しました。総伝送距離は、おおよそ東京-札幌間に相当する1,001 kmとなり、過去の15モード多重伝送と比較すると、伝送距離が20倍以上、伝送容量・距離積が10倍以上となりました(表1参照)。
今回開発した増幅中継伝送システムは、より長距離に適した結合型マルチコア光ファイバにも利用可能であり、また、並列数を増やしてコア数やモード数を拡大することや波長帯域を拡張することによって、一層の大容量化が期待できます。
Beyond 5G以降の社会では、あらゆる人があらゆる場所で活躍できるように、大容量の通信インフラに支えられたサイバーフィジカルシステムを実現していくことが望まれます。本研究の増幅中継技術や、同時期に開発した結合型19コア光ファイバ等により、将来の大容量・長距離光通信インフラの実現へ向けた技術開発が大きく進展しました。

今後の展望

増幅中継システムの並列数をより増やし、コア数の大きい結合型マルチコア光ファイバやモード数の大きいマルチモード光ファイバでの中継伝送を可能としていきます。また、マルチモード伝送実証にとどまらず、結合型光ファイバによる長距離化や、波長帯域の拡張による大容量化を実証し、実用化の可能性を探求していきます。
なお、本実験の結果の論文は、光ファイバ通信関係最大の国際会議の一つである第46回光ファイバ通信国際会議(OFC 2023、3月5日(日)~3月9日(木))で非常に高い評価を得て、最優秀ホットトピック論文(Postdeadline Paper)として採択され、現地時間3月9日(木)に発表しました。

採択論文

国際会議: OFC 2023 最優秀ホットトピック論文(Postdeadline Paper)
論文名: 273.6 Tb/s Transmission Over 1001 km of 15-Mode Fiber Using 16-QAM C-Band Signals
著者名: Menno van den Hout, Giammarco Di Sciullo, Georg Rademacher, Ruben S. Luís, Benjamin J. Puttnam, Nicolas K. Fontaine, Roland Ryf, Haoshuo Chen, Mikael Mazur, David T. Neilson, Pierre Sillard, Frank Achten, Jun Sakaguchi, Cristian Antonelli, Chigo Okonkwo, Hideaki Furukawa

関連する過去のNICTの報道発表

補足資料

1. 15モード光ファイバ増幅中継伝送システム

図5 15モード光ファイバ増幅中継伝送システムの概略図
図5は、今回開発した増幅中継伝送システムの概略図を表している。
① C帯光源: 波長1,528~1,564.5 nmまで、184波長の広帯域光を生成する。
② 信号変調回路: 広帯域光に偏波多重16QAM変調を行う。
③ 送信信号生成回路: 信号を各モード用に分岐し、遅延差を付けて擬似的に異なる信号系列とする。
④ 周回制御スイッチ: 周回前の送信信号と、周回してきた光信号とを切り替える。
⑤ モード多重器: 各信号系列は内部で異なる空間モードに変換され、15モード光ファイバに入射する。
⑥ 15モード光ファイバ: 58.9 km長の15モード光ファイバを伝搬する。
⑦ モード分離器: 受信側で空間モードごとに信号を分離し、単一モードに変換する。
⑧ 増幅中継部: 従来型の光増幅器を用いて、信号光を増幅する。波長チャネル間の信号強度ばらつきを、波長チャネル制御装置(プログラム可能なフィルター)によって抑制する。モードの乗換えを行う。伝送光ファイバの入力側に帰還させることで周回伝送を行う。
⑨ 高速・並列受信回路: 各コアの信号を波長分離し、コヒーレント受信器で電気信号に変換し、オシロスコープで記録する。
⑩ オフライン信号処理: MIMO処理により、ファイバ伝搬中の信号干渉を除去する。

2. 今回の実験結果

上記図5の実験系において、送受信時に誤り訂正処理などの様々な符号化を適用し、波長チャネルごとにデータレートの最大化を行った。図6のグラフの赤シンボルは、伝送距離1,001 kmでの各波長チャネルにおける誤り訂正適用後の全モード合計データレートを示し、C帯で毎秒約1.1~1.7テラビットのデータレートが得られた。全波長合計の伝送容量は毎秒273.6テラビットであった。

図6 伝送距離1,001 kmでの波長ごとの全モード合計データレート

用語解説

国際共同研究グループ

本研究に参加している研究グループは以下のとおりである。
プリズミアン(Prysmian Group、フランス・オランダ): 15モード光ファイバの設計、製造
ベル研究所(Nokia Bell Labs、米国): モード合波器/分波器の設計、製造
アイントホーフェン工科大学(Eindhoven University of Technology、オランダ): 伝送実験に研修生が参加
ラクイラ大学(University of L’Aquila and CNIT、イタリア): 伝送実験に研修生が参加


テラビット、ペタビット

1ペタビットは1,000兆ビット、1テラビットは1兆ビット、1ギガビットは10億ビット。毎秒100テラビットは、1秒間に8K放送の100万チャンネル相当である。


陸上通信インフラ

現在、日本国内の主要なネットワークノードは多数の中継ビルを介した基幹系の陸上光通信網によってつながっており、ノード間の代表的な距離は500~1,000 kmである。

図3 マルチモード光ファイバ伝送方式

マルチモード光ファイバ伝送

現在普及している標準シングルコア・シングルモード光ファイバによる伝送は、毎秒250テラビット程度が容量の限界と考えられている。その問題を解決するために、コア(光の通り道)を増やしたマルチコア光ファイバや、複数のモードを信号経路として用いるマルチモード光ファイバの研究が進められてきた。
光ファイバのコアの中を光信号が伝搬する時は、コアとクラッドの境界で全反射を繰り返しながら、様々な振動状態で進行する(図3参照)。この振動状態の違いが伝搬モードである。マルチモード光ファイバはコア径が大きく、一つのコア内に複数のモードが存在する。マルチモード光ファイバの伝搬中や、入出力、接続時に、モード間での信号干渉が発生するため、MIMOデジタル信号処理による干渉の除去が必要となる。
NICTが行った15モード以上のマルチモード光ファイバ伝送実験の結果を表1に要約する。

表1  15モード以上のマルチモード光ファイバに関するNICTの成果

波長多重技術

異なる波長の光信号を1本の光ファイバで伝送する方式で、波長数に比例し伝送容量を上げることが可能であるが、光伝送に適した波長帯域は限られており、現在の光伝送システムで利用されている波長数は90程度である。

波長帯域

通信用途で主として用いられている波長帯域は、C帯(波長1,530~1,565 nm)とL帯(1,565~1,625 nm)で、その他にO帯(1,260~1,360 nm)、E帯(1,360~1,460 nm)、S帯(1,460~1,530 nm)、U帯(1,625~1,675 nm)がある。今回はC帯を使用した。

モードの乗換え

通常のマルチモード光ファイバ伝送では特定のモードごとに信号を割り当てる。各モードの信号は、ファイバ中を異なる速度で伝搬し、ファイバ長に比例して伝搬時間差が蓄積されていく(図4(a)参照)。モード多重信号の復調に使われるMIMOデジタル信号処理の負荷(消費電力)は、ファイバ中の信号伝搬の影響を逆再生するためのフィルター関数の長さに比例し、蓄積された伝搬時間差に依存するため、マルチモード光ファイバの長距離伝送は、信号処理の負荷が大きくなる課題があった。
この問題の影響を緩和する技術として、中継点でモードの乗換えを行う方式が研究されている。遅延の少ないモードを経由した信号と多いモードを経由した信号を中継点で載せ替えることにより、受信端に到達したときのタイミングのずれが緩和される(図4(b)参照)。本研究では拡張巡回モード群置換と呼ばれる方式を採用し、15モード用に発展させた。

図4 マルチモード光ファイバ中継伝送のイメージ
(a)通常の場合、(b)モード乗換えを行った場合

結合型マルチコア光ファイバ

結合型マルチコア光ファイバは、コア間の信号干渉を受信器のMIMOデジタル信号処理により除去する前提で、コアを密に配置している。結合型マルチコア光ファイバのコアは、マルチモード光ファイバのモードに比べて伝搬時間差が極めて少なく、長距離伝送に適している。標準外径で最大19コアの結合型マルチコア光ファイバが報告されている。


ファイバ伝搬中の信号減衰

ファイバ伝搬中の光信号は、伝搬距離に応じて強度が減衰するため、一定の区間(一般的には100 km以下)ごとに中継増幅が必要となる。本実験のマルチモード光ファイバでは、モードに応じて0.21~0.24 dB/kmの減衰率を示した。


モード合波器/分波器

光源や変調器など、原信号を生成する機器類は、現状、全てシングルモード光ファイバの出力である。生成された変調信号を用いてマルチモード多重を行うためには、基本横モードから高次横モードへの変換と多重化を行う必要がある。また、中継増幅のための光増幅器も、モード数の大きいマルチモード光ファイバ用の物はまだ実現されていないため、モード分離/多重化と従来型光増幅器による増幅を行う必要がある。
今回の実験で用いた多重器は、多重反射位相板を用いたものである。多重反射位相板は、横モードの変換を行う複数の位相板を並べた位相板面とミラーとの間でビームが複数回反射することでモード変換が生じ、複数のビームを用いて高次モードを多重化することができ、小型・低損失・高精度を実現可能である。

16QAM

QAMとは、光の位相と振幅を併用し複数のビットを表現する方式(多値変調)の一種である。16QAMは、1シンボルが取り得る位相空間上の点が16個で、1シンボルで4ビットの情報(24=16通り)が伝送でき、同じ時間でOOK(On-Off Keying)の4倍の情報が伝送できる。


MIMOデジタル信号処理

マルチモード光ファイバや結合型マルチコア光ファイバを用いた伝送では、モード分離(モード/コアごとの個別の信号チャネルへの分離)を行う際に、ほぼ必ずMIMO(Multi-Input-Multi-Output)処理が必要となる。MIMOは、無線通信でマルチパス干渉を除去するために用いられる信号処理技術である。光通信においては、同一の光ファイバ内を伝搬する異なる光信号同士の干渉を除去するために使用される。


サイバーフィジカルシステム

Beyond 5G時代では、フィジカル空間とサイバー空間の双方において、時間、空間が更に高度に制御されることにより、双方の空間は統合され、これまでのフィジカル空間だけでは実現でき得なかった未来をもたらすことが可能となる。詳細は、Beyond 5Gについて(https://b5g-rd.nict.go.jp/about/)参照。

本件に関する問合せ先

ネットワーク研究所 フォトニックICT研究センター
フォトニックネットワーク研究室

坂口 淳、古川 英昭

広報(取材受付)

広報部 報道室