短距離光通信向け光コヒーレント伝送方式を開発し、高速光信号伝送に成功

〜データセンター内ネットワーク等の大容量化に向けた革新的技術〜
2022年10月31日

国立研究開発法人情報通信研究機構

ポイント

  • 短距離光通信の大容量化のため、簡易な装置構成の光コヒーレント伝送方式を開発
  • NICTの独自技術により光送受信器を高度化し、毎秒400ギガビット級の高速光信号伝送に成功
  • データセンター内ネットワーク等の大容量化に向けた革新的技術として期待
国立研究開発法人情報通信研究機構(NICTエヌアイシーティー、理事長: 徳田 英幸)ネットワーク研究所のボリブーン・ブッサラ研究員とソアレス・ルイス・ルーベン主任研究員らのグループは、短距離光通信の大容量化のため、簡易な装置構成の光コヒーレント伝送方式を開発し、高速光信号伝送に成功しました。
急激な通信量の増加に対応するため、近年はデータセンター内ネットワーク等の短距離光通信においても基幹系光通信で実用化されている光コヒーレント伝送方式による大容量化が期待されています。今回、短距離光通信に光コヒーレント伝送方式を適用するため、簡易な装置構成により信号再生可能な自己ホモダイン検波方式を採用しました。NICTの独自技術により本方式の光送受信器を高度化し、毎秒360ギガビット(シンボルレート 90ギガBaud)の16QAM信号の高速光コヒーレント伝送に成功しました。
本成果は、次世代基幹系光通信で研究中のシンボルレートが高い光コヒーレント伝送方式が、簡易な送受信器構成で安価に導入できる可能性を示しており、将来のデータセンター内ネットワーク等に要求されるテラビット級の大容量短距離光通信に向けた革新的技術になることが期待されます。
なお、本実験結果の論文は、第48回欧州光通信国際会議(ECOC 2022)にて非常に高い評価を得て、最優秀ホットトピック論文(Postdeadline Paper)として採択され、現地時間2022年9月22日(木)に発表しました。

背景

近年の急激な通信量の増加により、低コスト化や低消費電力化が要求される短距離光通信においても毎秒400ギガビットを超える通信速度が要求されてきています。現在の短距離光通信では強度変調・直接検波方式が採用されていますが、更なる大容量化には、光コヒーレント伝送方式が有効です。しかし、光送受信器の複雑さやデジタル信号処理の負荷等によるコスト面や消費電力に課題があり、短距離光通信では実用化されていません。
NICTはこれまで、簡易な装置構成により光コヒーレント伝送を実現できる自己ホモダイン検波方式の光送受信器の高度化の研究を進めており、独自技術を特許登録していましたが、原理検証に留まっていました。

今回の成果

図1
図1 光コヒーレント伝送実験システム

今回NICTは、短距離光通信に光コヒーレント伝送方式を適用するため、簡易な装置構成によりコヒーレント信号を再生可能な自己ホモダイン検波方式の光送受信器を開発し、高速伝送実験を行いました(図1参照)。光送信器は、短距離光通信で一般的な(線幅が太い)レーザと100ギガBaud以上で動作する高速光変調器を用いました。光受信器は、NICT独自の高速光検出器の機能的な組合せとデジタル信号処理を持ち、高度化(高速化と偏波無依存化)を実現しています(図2参照)。
伝送実験では、光送信器からコヒーレント信号(毎秒360ギガビット(90ギガBaud)16QAM)とパイロットキャリアを同時に送信し、光受信器においてホモダイン検波することにより、高速光コヒーレント伝送を実証しました。従来の自己ホモダイン検波方式の光受信器では、時間的に変化するパイロットキャリアの入射偏波状態により、受信信号品質が変化することが問題でしたが、開発した偏波無依存型の光受信器では、安定した信号再生に成功しました。また、実用化されている検波方式は高精度な狭線幅レーザが必要ですが、本実験では一般的なレーザでも受信信号品質が大きく変わらないことも確認しました。
本実験により、簡易な光送受信器構成(光送信器の高精度レーザと光受信器の信号再生用レーザが不要)によるシンボルレートが高い(毎秒100ギガBaud級)高速光コヒーレント伝送を実証しました。本成果は、将来のデータセンター内ネットワーク等の超大容量短距離光通信に向けた革新的技術になることが期待されます。

図2
図2 実用化されている検波方式とNICTが提案する自己ホモダイン検波方式の構成比較
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今後の展望

今後、今回開発した高速光コヒーレント伝送方式と波長多重技術空間多重技術を組み合わせることにより、毎秒10テラビットを超えるテラビット級短距離光通信技術を確立していきたいと考えています。
なお、本実験の結果の論文は、スイス・バーゼルで開催された光ファイバ通信関係最大の国際会議の一つである第48回欧州光通信国際会議(ECOC 2022、9月18日(日)〜9月22日(木))で非常に高い評価を得て、最優秀ホットトピック論文(Postdeadline Paper)として採択され、現地時間9月22日(木)に発表しました。

採択論文

国際会議: ECOC 2022 最優秀ホットトピック論文(Postdeadline Paper)
論文名: Polarization Insensitive Self-Homodyne Detection Receiver for 360 Gb/s Data Center Links
著者名: Budsara Boriboon, Ruben S. Luís, Georg Rademacher, Benjamin J. Puttnam, Satoshi Shinada, and Hideaki Furukawa
参考: 「欧州光通信国際会議(ECOC 2022)の最難関セッションに、NICT筆頭の論文4編が選出」(2022年10月4日)
https://www.nict.go.jp/publicity/topics/2022/10/04-1.html

関連特許

  • R. S. Luis, B. J. Puttnam, J. M. D. Mendinueta, Y. Awaji, and N. Wada, "POLARIZATION INSENSITIVE SELF-HOMODYNE DETECTION RECEIVER FOR SPATIAL-DIVISION MULTIPLEXING SYSTEMS," 欧州特許第3281314号, Dec. 2021.
  • R. S. Luis, B. J. Puttnam, J. M. D. Mendinueta, Y. Awaji, and N. Wada, "POLARIZATION INSENSITIVE SELF-HOMODYNE DETECTION RECEIVER," 欧州特許3281313号, Sep. 2021.

補足資料

1. 今回開発した偏波無依存型自己ホモダイン検波器

今回開発した偏波多重パイロットキャリアを生成する光送信器と、偏波無依存型自己ホモダイン検波方式の光受信器の構成を図5に示す。

図5
図5 今回の実験構成
送信器: レーザ出力は2つに分けられ、一方は変調器を通して、毎秒360ギガビット(毎秒96ギガBaud)の16QAM信号が生成される。もう一方は、そのまま無変調のパイロットキャリアとして用いられ、偏波合波器を通して、16QAM信号と偏波多重され、送信される。
受信器: 偏波分波器を通して、16QAM信号とパイロットキャリアはそれぞれ混ざった状態で2つに分けられるが、3台の光検出器と1台のバランス光検出器からの出力信号をデジタル信号処理解析することにより、16QAM信号の復調が可能である。
 
自己ホモダイン検波方式は、受信器に入る信号光及びパイロットキャリアの偏波状態が時間的に変化するため、理想的な分離が困難であり、これが受信信号品質に影響を及ぼすことが問題となる。本研究では、上述の構成により、入射偏波状態に依存しない検波方式を実証した。さらに、広帯域な変調器及び光検出器を用いることにより、毎秒360ギガビット(毎秒96ギガBaud)の高速16QAM信号の伝送に成功している。

2. 今回の実験結果

図6
図6 伝送距離と受信信号品質の関係
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上記図5の構成で、2種類の送信器(レーザ線幅100 kHz、30 MHz)を用意し、それぞれ毎秒360ギガビット・16QAM信号とパイロットキャリアを送信し、伝送後の受信信号の品質を測定した。図6のグラフは、伝送距離による受信信号品質の変化を示している。データセンター内ネットワークは一般的に10 km未満であるが、両送信器とも142 km伝送しても復調可能な品質2.5 dB以上で、高速光コヒーレント伝送に成功した。
本実験では、従来の光コヒーレント伝送には向かない線幅が30 MHzの一般的なレーザを用いた場合でも、100 kHzの狭線幅レーザを用いた場合と受信信号品質に大きな違いが生じないことも示している。本自己ホモダイン検波方式を用いると、光送信器の狭線幅レーザと光受信器の信号再生用レーザが不要となり、簡易な構成で高速光コヒーレント伝送を実現できる。

用語解説

図3 光の強度と位相にビット情報を乗せる光コヒーレント伝送

光コヒーレント伝送方式

光の強さ(強度)と位相(波としてのずれ)の両方に情報を乗せる多値変調を利用し、効率的に大容量伝送を可能とする伝送方式である。実用化されている光コヒーレント伝送方式の光受信器では、信号再生用レーザ(局部発振光源)が置かれ、そのレーザ光(局発光)と伝送された信号光とを干渉させ、その後、電気的な高速デジタル信号処理を用いて位相情報を再生する。




基幹系光通信

大陸間をつなぐ数1,000 km級の光海底ケーブルや大都市間をつなぐ数100 km級の陸上系ケーブルなどを対象とした大容量長距離光ファイバ通信である。通信量が集中するバックボーンネットワークであり、通信量の増加から、シンボルレート波長多重数の拡大により大容量化が図られてきた。近年では、新しい光コヒーレント伝送技術が導入され、1波長当たり毎秒200ギガビットを超える高性能な送受信器を用いて、毎秒100テラビットを超える光網が構築されている。


自己ホモダイン検波方式

光コヒーレント伝送の検波方式は、一般に表1のように分類される。自己ホモダイン検波は光ホモダイン検波の一種である。光送信器から送るパイロットキャリアを局発光の代わりに使用するため、光受信器における信号再生用レーザ(局部発振光源)が不要となるが、伝送時に時間的に変化するパイロットキャリアの偏波制御が課題となる。今回、NICT独自の偏波無依存型の自己ホモダイン検波方式を用いて高速伝送実験を行った。


表1 光コヒーレント伝送の検波方式の比較


シンボルレート(ボーレート(Baud))

デジタル変調における単位時間当たりの変調回数であり、ボーレート(Baud)や変調レートなどとも呼ばれる。ビットレートは、1回の変調で割り当てるビット数とシンボルレートを掛けることにより求められる。今回の実験では、16QAM変調方式を用いて、シンボルレート毎秒96ギガBaudで変調しているため、ビットレートは毎秒384(96×4)ギガビット(誤り訂正用の冗長ビットを除いて毎秒360ギガビット)となる。

図4
図4 16QAM信号(4ビット/シンボル)
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16QAM
直角位相振幅変調QAM(Quadrature Amplitude Modulation)は、光の位相と振幅を併用し複数のビットを表現する方式(多値変調)の一種である。16QAMは、1シンボルが取り得る位相空間上の点が16個で、1シンボルで4ビットの情報(24=16通り)が伝送でき、同じ時間でOOK(On-Off Keying)の4倍の情報が伝送できる。






次世代基幹系光通信で研究中のシンボルレート

次世代の基幹系光通信(長距離光通信)に向け、シンボルレート(ボーレート)が毎秒100ギガBaudを超える光コヒーレント伝送技術の研究開発が進められている。短距離光通信においては、これより低速な毎秒25〜50ギガBaudの強度変調・直接検波方式の研究開発が中心である。


強度変調・直接検波方式(IM-DD: Intensity Modulation-Direct Detection)

光の強度に情報を乗せ、その強度を受光素子で直接検出する伝送方式である。光の点灯・消灯を切り替えることでデジタル情報を伝送させる方式であり、制御方法がシンプルなことから、毎秒数10ギガBaud程度までの伝送に広く使われている。強度を多値化した変調方式であるPAM4やPAM8も本方式に分類される。


(レーザ)線幅、狭線幅レーザ

レーザの発振スペクトルの波長又は周波数広がりの幅である。光コヒーレント信号の検波では、光の周波数や位相を検出するため、信号光や局発光として用いるレーザは、狭線幅のものが必要となる。
狭線幅レーザは、一般のレーザよりも高価であるが、自己ホモダイン検波方式では、局発光のレーザが不要となるほか、送信器のレーザも狭線幅のものが必ずしも必要でなくなるため、送受信器を安価に構成できるメリットがある。


パイロットキャリア

本自己ホモダイン検波方式では、送信器において、コヒーレント信号(変調信号)と無変調のパイロットキャリアを同時に送信する。パイロットキャリアは、コヒーレント信号と偏波状態が直交するように制御され、重ね合わされて(多重化されて)おり、これを偏波多重パイロットキャリアと呼ぶ。


多値変調

1回の変調(1シンボル)で複数のビットを表現する変調方式。光の位相を利用するPSK(Phase Shift Keying)と位相と振幅を利用するQAM(Quadrature Amplitude Modulation)などがある。QPSK(Quadrature Phase Shift Keying)は、2ビット情報を1シンボルで表現する。


波長多重技術

異なる波長の光信号を1本の光ファイバで伝送する方式で、波長数に比例し伝送容量を上げることが可能であるが、光伝送に適した波長帯域は限られており、現在の光伝送システムで利用されている波長数は90程度である。


空間分割多重技術

光ファイバ通信において、空間的に伝送路を増やし伝送容量の拡大を図る多重化技術である。従来のケーブルに収容する光ファイバの芯線数を増やす方法も本多重化に含まれるが、光ファイバ1本当たりの伝送容量の物理限界から、近年では、光ファイバ中のコア数を増やしたマルチコア光ファイバや複数の伝搬モードを多重化するためのマルチモード光ファイバを用いた空間分割多重技術の研究が進められている。

本件に関する問合せ先

ネットワーク研究所
フォトニックICT研究センター
フォトニックネットワーク研究室

品田 聡、古川 英昭

広報(取材受付)

広報部 報道室