世界初、実環境テストベッドにおいて15モード多重信号の光スイッチング実験に成功

~Beyond 5G後の様々な情報通信サービスをサポートする技術開発~
2022年9月22日

国立研究開発法人情報通信研究機構

ポイント

  • 実環境テストベッドに敷設されたマルチモード光ファイバを用いてモード多重光ファイバネットワークを構築
  • 世界で初めて、15モードに対応した光スイッチを試作し、波長ごとの光スイッチング実験に成功
  • Beyond 5G後の様々な情報通信サービスをサポートするバックボーン通信システムの実現につながる一歩
国立研究開発法人情報通信研究機構(NICTエヌアイシーティー、理事長: 徳田 英幸)ネットワーク研究所のソアレス・ルイス・ルーベン主任研究員らのグループは、ラクイラ大学(University of L'Aquila、イタリア)、フラウンホーファー研究所、ハインリッヒ・ヘルツ研究所(HHI)(Fraunhofer Institute for Telecommunications, Heinrich-Hertz-Institute、ドイツ)、フィニサー(Finisar Australia、オーストラリア)、プリズミアン(Prysmian Group、イタリア・オランダ・フランス)、ベル研究所(NOKIA Bell Labs、米国)と共同で、15モード多重信号に対応した光スイッチを試作し、イタリア・ラクイラ市内の実環境テストベッドに敷設された標準外径15モード光ファイバを主体に構成される光ネットワークを構築、世界で初めて実環境下における15モード多重信号の波長ごとの光スイッチング実験に成功しました。
これまで、モード多重通信における光スイッチング研究では、実験室環境において10モード以下の多重信号の光スイッチング実証にとどまっていましたが、今回は実環境テストベッドにおいて、15モード多重信号のモードごとの伝搬特性を評価し、48.8 km伝送を実証するとともに、15モード多重信号の光スイッチングを初めて実証しました。
本実証は、製造が容易な標準外径マルチモード光ファイバを用いたモード多重信号の伝送及び光スイッチングが、実環境下においても安定して行えることを示しており、モード多重通信の研究を加速させ、Beyond 5G後の様々な情報通信サービスをサポートするバックボーン通信システムの実現につながる重要な一歩です。
なお、本実験結果の論文は、第48回欧州光通信国際会議(ECOC 2022)にて非常に高い評価を得て、最優秀ホットトピック論文(Postdeadline Paper)として採択され、現地時間2022年9月22日(木)に発表します。

背景

増大し続ける通信量に対応するため、新型光ファイバを用いた大容量な空間分割多重通信の研究が進められていますが、実際の光ネットワークには、空間多重に対応した伝送技術に加え、光スイッチング技術が不可欠です。これまでNICTは、マルチコア光ファイバと大規模光スイッチを用いた実験に成功していますが、マルチモード光ファイバでは大容量伝送の実証まででした。また、実験室環境では10モード以下の多重信号光スイッチングの報告はあるものの、更なるモード数の拡大や実環境下での実証が課題でした。

今回の成果

図1 イタリア・ラクイラ市内の実環境テストベッドに構築した
15モード多重光ネットワーク
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今回、NICTは共同で、実環境下において15モード多重信号のモードごとの伝搬特性を評価し、48.8 km(8周回)までの伝送を実証するとともに、15モード多重信号の波長ごとの光スイッチング実験に世界で初めて成功しました。本実験ネットワークは、15モード多重通信用に試作した光スイッチ(市販の波長選択スイッチを複数組み合わせることにより、15モード多重信号に対応)、送受信器、ラクイラ市内の実環境テストベッドに敷設された一周6.1 kmの標準外径15モード光ファイバから構成されます。
光スイッチング実験では、6波長・15モード多重信号(毎秒30テラビット)を生成し、実環境テストベッドを一周した後、光スイッチでモード多重信号の経路を波長ごとに切り替えました。一般的な3つの光スイッチングパターン(全波長の挿入・分岐、全波長の通過、一部波長の通過・挿入・分岐)を評価し、いずれも光スイッチング後にモード多重信号が正しく受信できることを確認しました。
モード多重通信は、受信器においてモード間干渉を補償するディジタル信号処理が必要となるものの、標準外径で既存のケーブル技術と互換性があり製造が容易なマルチモード光ファイバを用いるため、拡張性が高く、高密度な大容量ネットワークを安価に導入できる可能性があります。今回の実環境テストベッドにおけるモード多重信号の光スイッチング実証は、モード多重通信の研究を加速させ、Beyond 5G後の様々な情報通信サービスをサポートするバックボーン通信システムの実現につながる重要な一歩です。

今後の展望

今後、大容量マルチモード光ファイバ伝送の長距離化や光スイッチング規模の拡大を図り、さらに、マルチコア技術との融合の可能性を追求しながら、将来の大容量光伝送技術の基盤を確立していきたいと考えています。
なお、本実験の結果の論文は、スイス・バーゼルで開催された光ファイバ通信関係最大の国際会議の一つである第48回欧州光通信国際会議(ECOC 2022、9月18日(日)~9月22日(木))で非常に高い評価を得て、最優秀ホットトピック論文(Postdeadline Paper)として採択され、現地時間9月22日(木)に発表します。

各機関の担当

  • NICT: 光スイッチング実証実験、15モード光スイッチの試作、実験データ解析
  • ラクイラ大学: 15モード光ファイバ実環境テストベッドの構築
  • HHI: 15モード送受信部の構築
  • フィニサー: 15モード光スイッチ用波長選択スイッチの制御プログラム開発
  • プリズミアン: 15モード光ファイバ・ケーブルの提供
  • ベル研究所: 15モード光ファイバ接続部の構築

採択論文

国際会議: 第48回欧州光通信国際会議(ECOC 2022) 最優秀ホットトピック論文(Postdeadline Paper)
論文名: Demonstration of a Spatial Super Channel Switching SDM Network Node on a Field Deployed 15-Mode Fiber Network
著者名: Ruben S. Luis, Georg Rademacher, Benjamin J. Puttnam, Giammarco Di Sciullo, Andrea Marotta, Robert Emmerich, Nicolas Braig-Christophersen, Ralf Stolte, Fabio Graziosi, Antonio Mecozzi, Colja Schubert, Frank Achten, Pierre Sillard, Roland Ryf, Lauren Dallachiesa, Satoshi Shinada, Cristian Antonelli, Hideaki Furukawa
論文名: Characterization of the First Field-Deployed 15-Mode Fiber Cable for High Density Space-Division Multiplexing
著者名: Georg Rademacher, Ruben S. Luis, Benjamin J. Puttnam, Giammarco Di Sciullo, Robert Emmerich, Nicolas Braig-Christophersen, Andrea Marotta, Lauren Dallachiesa, Roland Ryf, Antonio Mecozzi, Colja Schubert, Pierre Sillard, Frank Achten, Giuseppe Ferri, Jun Sakaguchi, Cristian Antonelli, Hideaki Furukawa

過去のNICTの報道発表

・2020年12月17日 「世界初、マルチモード光ファイバで毎秒1ペタビット伝送成功」
・2019年10月8日 「世界初、毎秒1ペタビットスイッチング実験に成功」

補足資料

1. 今回開発した15モード光ファイバネットワーク

図5 実環境テストベッドに構築した15モード光ファイバネットワークの構成
図5は、今回実環境テストベッドに構築した15モード光ファイバネットワークの構成を示している。送信器、光スイッチ、及び受信器が、ラクイラ市内に敷設された15モード光ファイバに接続されている。
 
15モード送信器
6台の外部共振器レーザを使用し、偏波多重IQ変調器により、6波長多重の偏波多重16QAM信号(50 Gbaud)を生成する。これを15分岐し、15モード多重(分離)器(MPLC: Multi Plane Light Converter)に通すことにより、15モード多重信号(30 Tbit/s = 5 Tbit/s x 6波長)を生成する。
 
15モード光スイッチ
6波長・15モード多重信号は、入力部の15モード分離器により、モード分離される。各信号(波長多重信号)は、2x2の波長クロスコネクト(WXC)により、経路を隣接ノード(通過)又は自ノード(分岐)に切り替えられる。通過する波長は、出力部の15モード多重器により、再び15モード多重信号に変換され、15モード光ファイバを通して隣接ノードへ送信される。分岐する波長は、モード多重信号に変換されることなく、自ノードで処理される。今回、市販の4x16波長選択スイッチを3台使用し、制御プログラムを改良することにより、効率的に15台の2x2 WXCとして構成している。
 
15モード受信器
入力部に15モード分離器を持ち、モード分離をされた3モード(群)ごとに処理される。波長選択フィルタにより処理する波長を選択し、コヒーレント受信器で受信後、ディジタル信号処理(MIMO)により信号を復調する。

2. 今回の実験結果

図6 15モード光スイッチの動作実証パターン
図6は、今回の15モード光スイッチの動作実証パターンを示している。
パターン1: (ノードAからネットワークへの)15モードの全波長挿入
(ネットワークからノードBへの)15モードの全波長分岐
パターン2: (ノードAからノードCへの)15モードの全波長通過
パターン3: (ノードAからノードCへの)15モードの一部波長通過
(ノードAからノードBへの)15モードの一部波長分岐
(ノードBからノードCへの)15モードの一部波長挿入

図7 各光スイッチング後の受信信号品質

図7は、光スイッチング後の受信信号品質(品質係数Q値)で、それぞれのパターンで各波長の15モードの平均値を示している。いずれも、光スイッチング後の受信信号品質が最低受信可能レベル(FEC閾値)を上回っており、15モード多重信号を復調できることを示している。

用語解説

実環境テストベッド

通信ネットワークやサーバー群などから構成され、実際に運用されているシステムとは独立しながら、実環境に近い状況を再現し、様々なテストができる実証実験用環境である。今回は、ラクイラ市内の共同構内に敷設された6.1 kmの15モード光ファイバを用い、ラクイラ大学内の実験室に設置した送受信器及び光スイッチを接続することにより、モード多重通信の光ネットワークを構築し、フィールド試験を行っている。

図2 広く利用されている
標準外径光ファイバのイメージ図

標準外径(光ファイバ)

国際規格で、光ファイバのガラス(クラッド)の外径は0.125±0.0007 mm、被覆層の外径が0.235〜0.265 mmと定められている。現在の光通信で広く使用されている光ファイバは、外径0.125 mmのシングルコア・シングルモード光ファイバで、毎秒250テラビットが伝送容量の限界と考えられており、マルチコア光ファイバやマルチモード光ファイバを用いた伝送容量を拡大する研究開発が盛んに行われている。



15モード光ファイバ(マルチモード光ファイバ)

光ファイバのコアの中を光信号が伝搬するとき、コアとクラッドの境界で全反射を繰り返しながら、様々な振動状態で進行する。この振動状態の違いが伝搬モードであり、伝搬モードが一つ存在する光ファイバをシングルモード光ファイバ、複数存在する光ファイバをマルチモード光ファイバと呼ぶ。伝搬モードごとに伝搬速度が異なるため、一般に、長距離伝送には、シングルモード光ファイバが使われる。
今回の実験で使用した15モード光ファイバは、最低次から15次までのモードが伝搬し、それ以上のモードは制限するとともに、モード間の遅延差を最適化した設計を行っており、コア径は0.028 mmである。

図3 15モード光ファイバの断面と15モード伝搬のイメージ図


光スイッチング

光ファイバネットワークの交差点や分岐点にはスイッチが置かれ、光信号に付けられた宛先に応じて光信号が通る経路を切り替えるスイッチングが行われる。波長多重信号においては、波長ごとに宛先が決められており、波長選択スイッチを用いることにより、光信号のまま経路を切り替えることができる。


モード多重通信

マルチモード光ファイバを用いて、複数の伝搬モードに異なる信号を乗せて送る多重化通信方式であり、空間分割多重通信の一つである。一般に、伝搬中に起こるモード間の干渉(結合)を補償するため、受信時にディジタル信号処理が必要となる。モード多重数やモード間の伝搬遅延差により、ディジタル信号処理の負荷が大きくなるため、これらがモード多重通信の容量を制限する一因となっている。

図4 モードごとの伝搬特性の違い
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モードごとの伝搬特性

マルチモード光ファイバでは一般的に、モードによって伝送損失や伝搬時間が異なる。モード間の伝送損失差が大きいと信号の品質が劣化し、伝搬時間の差が大きいと、MIMO処理に必要な回路の規模が大きくなる。


新型光ファイバ

現在普及している既存の光ファイバは、1本当たり1つの光の通り道(コア)を持つ構造である。マルチコア光ファイバは、1本当たり複数のコアを持ち、同時並列に通信可能である。マルチモード光ファイバは、異なる伝搬モードを利用し並列通信を行う。これらの光ファイバは、既存の光ファイバを束ねるよりもはるかに小さい断面積で大容量通信を可能とするため、次世代の光ファイバとして期待されている。


空間分割多重(SDM: Spatial Division Multiplexing)

光ファイバ通信において、空間的に伝送路を増やし伝送容量の拡大を図る多重化技術である。従来のケーブルに収容する光ファイバの芯線数を増やす方法も本多重化に含まれるが、光ファイバ1本当たりの伝送容量の物理限界から、近年では、光ファイバ中のコア数を増やしたマルチコア光ファイバや複数の伝搬モードを多重化するためのマルチモード光ファイバを用いた空間分割多重技術の研究が進められている。

本件に関する問合せ先

ネットワーク研究所
フォトニックICT研究センター
フォトニックネットワーク研究室

品田 聡、古川 英昭

広報(取材受付)

広報部 報道室