ポイント
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世界で初めて、光格子時計を参照した国家標準時を生成
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標準時システムに光格子時計を加えることで、協定世界時に対して10億分の5秒以内の時刻維持が可能
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標準時を光格子時計に基づいて運用することは秒の再定義のために望まれる条件の一つ
国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT、理事長: 徳田 英幸)は、間欠運転をする光格子時計を参照して標準時を生成することに世界で初めて成功しました。光格子時計が発生する1秒を基準として標準時が刻む1秒の長さ(刻み幅)を調整することで、標準時の協定世界時(UTC)に対する時刻差を従来の10億分の20秒から10億分の5秒以内へと4分の1以下に抑制可能です。
これにより、開発した光格子時計をこれまでの標準時生成で培ってきた複数時計の合成時刻生成技術と組み合わせることで、UTCやGPS時刻等他国の時計に頼ることなく、長期にわたり正確な時刻を刻むことが可能となります。また、本成果は、2030年に想定されている国際単位系の秒の再定義の実現を大きく後押しします。
背景
近年、第5世代移動通信システム(5G)や衛星測位、さらには超高速取引等、マイクロ秒を超えてナノ秒領域での時刻精度が求められる分野が増えており、国際的な基準時刻であるUTCにリンクした正確な時刻を維持することの重要性が高まっています。
UTCは国際度量衡局(BIPM)によって提供されており、各国の標準時はUTCを参照し、時差(日本の場合+9時間)を付けて同期する形で生成・維持されています。しかし、UTCは世界中の原子時計のデータを集めてその重み付き平均を取り、半月以上遅れて数値データとして決定される時刻です。したがって、UTCに完全に同期した時刻を社会に供給することは不可能であり、NICT等の標準時を生成する機関は自ら原子時計を運用し、できるだけUTCと近い時刻を生成した上で、必要に応じて後からUTCとの時刻差を把握できる形で時刻を供給しています。
NICTで生成・供給する時刻は、一般に日本標準時と呼ばれ、これまでは原子のマイクロ波領域の遷移周波数を基にした水素メーザ原子時計やセシウム原子時計を利用して生成し、標準電波、NTPなど多彩な手段で社会に供給してきました。また、NICTでは、この標準時の生成・供給業務を遂行するとともに、光領域の遷移周波数を利用することで、より高い精度を期待できるストロンチウム光格子時計を開発してきました。近年では、光格子時計によってUTCが刻む1秒の長さを校正する役割を果たすなど、世界の時刻維持に大きく貢献しています。
今回の成果
この度、NICTでは光格子時計を参照して日本標準時の刻み幅を調整することで、より高精度な時刻を生成することに成功し、日本標準時のUTCに対する時刻差を従来の4分の1以下に抑えることが可能であることを実証しました。これは、国家標準時に光格子時計を利用する取組として世界で初めてです。
日本標準時は2006年以来、水素メーザ原子時計と約18台のセシウム原子時計を組み合わせることで、安定な時刻を発生してきましたが、これらのマイクロ波領域の商用原子時計は、多数台の平均を取っても発振周波数が15桁目で変動し、その結果、数か月という期間でUTCとの時刻差が10ナノ秒以上に広がってしまうことが起こり、そのたびにBIPMから半月以上遅れて公表される時刻差データを参照してマニュアルで日本標準時の周波数を調整する必要がありました。
一方、NICTが開発したストロンチウム光格子時計は、ストロンチウム原子の光学遷移に安定化された光を生成します。この遷移の固有周波数は、過去10年近くの間、NICTを含む世界中の多数の機関で測定されてきた結果、相対不確かさ1.9×10-16の範囲内で、429 228 004 229 872.99 Hzであることが分かっています。そして、この極めて小さい周波数不確かさを持つ光は、光周波数コムを利用して精度を劣化させずにマイクロ波の電気信号に変換することができ、これを日本標準時のマイクロ波出力周波数と比べることで、日本標準時の刻み幅がどの程度ずれているかを16桁の精度で正確に計測することができます。
NICTでは、2021年6月から週1回以上の頻度でこのストロンチウム光格子時計による標準時の刻み幅の妥当性評価を行い、2021年8月から週1、2回、標準時の周波数調整を継続的に実施することにより、標準時のUTCに対する変動を抑えることができました(図2参照)。
近年、光時計の進展は目覚ましく、2030年を目途に、秒の定義を現在のセシウム原子のマイクロ波領域の遷移から原子の光領域にある遷移周波数によるものに変更するという「秒の再定義」が、時刻・周波数標準を扱う国際的な委員会で検討されています。光時計によって標準時の精度を維持することは、秒の再定義に向けて満たされることが望ましい条件の一つであり、今回の成果は、これを満たす初の実証例となります。
今後の展望
NICTでは、日本標準時として常時生成することが期待されるこの高い精度の時刻や周波数を、次世代の通信技術(Beyond 5G/6G)や相対論による測地技術等に活用する方法を開発し、提案していきます。
現在、カーナビや無線通信網の基地局等はGPSから時刻を取得していますが、近年、過度なGPSへの依存に対して世界的に注意が喚起され、米国ではGPSへの依存度を下げる方策を検討することが大統領令として出されるに至っています。今回の成果は、我が国がUTCやGPS等他国によって生成された時刻に依存せず、自らが持つ原子時計群で正確な時刻を刻むことができるという経済安全保障にもつながるものです。
今後は、耐災害性の観点から、NICT本部(東京都小金井市)の原子時計のみによる標準時生成をNICT神戸副局等を利用して分散化することにも取り組み、精度と耐災害性のバランスの取れた強靱な標準時を目指していきます。