世界初、4コア光ファイバで毎秒1ペタビット伝送に成功

~広帯域波長多重技術により伝送容量を大幅に拡大~
2022年5月19日

国立研究開発法人情報通信研究機構

ポイント

  • 世界で初めて、標準外径の4コア光ファイバで毎秒1ペタビットを超える大容量伝送実験に成功
  • 利用する波長帯域を大幅に拡大し、合計801波長による広帯域波長多重技術を実現
  • 既存送受信技術をベースに大容量化、情報通信サービスの進化を支える基幹系通信システム実現に向け前進
国立研究開発法人情報通信研究機構(NICTエヌアイシーティー、理事長: 徳田 英幸)ネットワーク研究所のベンジャミン パットナム主任研究員らのグループは、研究開発用の標準外径(0.125 mm)4コア光ファイバにおいて広帯域波長多重技術を駆使し、世界で初めて同ファイバでの毎秒1ペタビットを超える大容量伝送実験に成功しました。
今回の実験では、一般的に商用化されていない波長帯域(S帯)をほぼ完全に活用し、商用の帯域(C帯、L帯)と合わせて20テラHzの周波数帯域で801波長を使用し、大容量を実現しました。今回、早期実用化が期待できる4コア光ファイバを用い、かつ、複雑な受信処理の使用を避けることで、大規模専用回路の開発に依存することなく大容量化を達成し、Beyond 5G以降の情報通信サービスの進化を支える基幹系通信システムの実現に向けて大きく前進しました。
なお、本実験結果の論文は、レーザー・エレクトロオプティクスに関する国際会議(CLEO2022)にて非常に高い評価を得て、最優秀ホットトピック論文(Postdeadline Paper)として採択され、現地時間2022年5月19日(木)に発表します。

背景

増大し続ける通信量に対応するための新型光ファイバ研究が進み、近年は、既存製造設備でケーブル化が可能な標準外径の新型光ファイバが研究開発用に市販されています。NICTは、新型光ファイバにより多様な伝送システムを構築して、多くの世界記録を達成してきました。2020年12月には、信号収容密度が高い15モード光ファイバで毎秒1ペタビットの伝送実験に成功していますが、受信側で複雑なモード分離処理が必要であり、実用化には長期にわたる大規模な専用集積回路の開発が求められます。また、4コア光ファイバでは各コアで従来の光通信システム向けの光送受信技術を利用できますが、2020年3月の4コア光ファイバを用いた実験では、伝送容量が毎秒610テラビットでした。

今回の成果

図1
図1 今回の伝送システム
NICTは、標準外径の4コア光ファイバを用い、波長多重技術と複数の光増幅方式を駆使した伝送システムを構築し、毎秒1.02ペタビット、51.7 km伝送実験に成功しました。これまでもNICTはS帯の一部を使用していましたが、本実験では、S帯用のラマン増幅を広帯域化することで20テラHzの周波数帯域を利用可能とし、計801波長を使用しました。さらに、全周波数帯域で情報密度の高い256QAM変調方式を使用し、毎秒1.02ペタビット伝送を実現しました。


表1 今回の成果と過去のNICTの成果との比較


 
伝送容量
(ビット/秒)
波長数 周波数帯域
合計
変調方式
S帯 C帯 L帯 合計
2020年3月 0.61ペタ 161 192 208 561 14テラHz S帯: 64QAM
C,L帯: 256QAM
今回の成果 1.02ペタ 335 200 266 801 20テラHz 256QAM


標準外径光ファイバは、実際に敷設するケーブル化の際に、既存製造設備を使用することが可能です。また、マルチコア方式の光ファイバ通信では、従来の光通信システム用の光送受信技術を利用でき、モード分離用の大規模専用集積回路の完成を待たずに、大容量基幹系通信システムの早期実用化が期待できます。
Beyond 5G以降の社会では、臨場感あふれる先端的なコミュニケーション技術が普及し、一般的に活用されるようになります。情報通信サービスの進化に伴い、通信システムが支える通信量も爆発的な増加が予想されます。本成果は、Beyond 5G以降における多くの新サービス普及を支える基幹系通信システムの早期実現に貢献するものです。

今後の展望

今後も引き続き、継続的な光通信システムの向上を実現すべく、早期、長期両面で実用可能な標準外径光ファイバの研究開発を推進し、更なる性能向上の可能性を探求していきます。

なお、本実験の結果の論文は、光デバイス関係最大の国際会議の一つであるレーザー・エレクトロオプティクスに関する国際会議(CLEO2022、5月15日(日)~5月20日(金))で非常に高い評価を得て、最優秀ホットトピック論文(Postdeadline Paper)として採択され、現地時間5月19日(木)に発表します。

採択論文

国際会議: CLEO2022 最優秀ホットトピック論文(Postdeadline Paper)
論文名: 1 Pb/s Transmission in a 125μm diameter 4-core MCF
著者名: Benjamin J. Puttnam, Ruben S. Luís, Georg Rademacher, Yoshinari Awaji, and Hideaki Furukawa
 

過去のNICTの報道発表

補足資料

1. 今回開発した伝送システム

図6
図6 今回開発した伝送システムの概略図

図6は、今回開発した伝送システムの概略図を表している。

① 光コム光源を使用し、801波の異なる波長を持つレーザ光を一括して生成する。
② 多波長光に偏波多重256QAM変調を行い、遅延差を付けて擬似的に異なる信号系列とする。
③ 各信号系列は4コア光ファイバの各コアに入射する。
④ 51.7 km長の4コア光ファイバを伝搬する。信号の伝送損失をラマン増幅によって補償するため、結合器を用いて必要な励起光を4コア光ファイバに入射する。
⑤ 各コアの信号をそれぞれ受信し、伝送誤りを測定する。

2. 今回の実験結果

図7
図7 今回の実験結果

上記図6の実験系において、送受信時に誤り訂正処理などの様々な符号化を適用し、システムの伝送能力(データレート)を最大化するための検証を行った。理想的誤り訂正の使用により、4コア、全波長の合計データレート(図7赤丸の合計)が毎秒1ペタビットに達した。
図7青色点線内の4色のプロットは、コアごとの各波長のデータレートで、コア依存性が少ないため重なっている。最大で毎秒340ギガビット程度であり、全波長合計で1コア当たり毎秒250テラビット程度になる。

用語解説

図2 広く利用されている標準外径光ファイバのイメージ図

標準外径光ファイバ

国際規格で、光ファイバのガラス(クラッド)の外径は0.125±0.0007 mm、被覆層の外径が0.235〜0.265 mmと定められている。現在の光通信で広く使用されている光ファイバは、外径0.125 mmのシングルコア・シングルモードファイバで、毎秒250テラビットが伝送容量の限界と考えられており、新型光ファイバの研究開発が盛んに行われている。


波長多重技術

異なる波長の光信号を1本の光ファイバで伝送する方式で、波長数に比例し伝送容量を上げることが可能であるが、光伝送に適した波長帯域は限られており、現在の光伝送システムで利用されている波長数は90程度である。

ペタビット、テラビット

1ペタビットは1,000兆ビット、1テラビットは1兆ビット、1ギガビットは10億ビット。毎秒1ペタビットは、1秒間に8K放送の1,000万チャンネル相当である。

波長帯域

通信用途で主として用いられている、C帯(波長1,530〜1,565 nm)とL帯(1,565〜1,625 nm)、その他に、O帯(1,260〜1,360 nm)、E帯(1,360〜1,460 nm)、S帯(1,460〜1,530 nm)、U帯(1,625〜1,675 nm)がある。今回は、S帯の中でも短い波長(1,460〜1,490 nm)も加えて使用した。

図3
図3 光通信波長帯域

新型光ファイバ

現在、中・長距離通信用に普及している標準シングルコア・シングルモードファイバは、毎秒250テラビット程度が容量の限界と考えられている。その問題を解決するために、コア(光の通り道)を増やしたマルチコアファイバや、マルチモード・マルチコアファイバの研究が進められてきた。

図4
図4 これまでNICTが伝送実験を実施した主な標準外径光ファイバとその実験結果
図5
図5 これまでNICTが標準外径光ファイバを用いて実証した伝送容量

モード分離処理

モードにより光信号の到着時間が異なるマルチモード伝送では、モード分離を行う際に、ほぼ必ずMIMO(Multi-input-multi-output)処理が必要となる。MIMOは、無線通信でマルチパス干渉を除去するために用いられる信号処理技術で、光通信においては、同一の光ファイバ内を伝搬する異なる光信号同士の干渉を除去するために使用される。各モードの伝搬速度差に応じてMIMO処理の負荷が高くなり、伝送距離が伸びるに従ってモード分離が困難になる。

光増幅方式

光ファイバは、同軸ケーブル等と比較して伝送損失が非常に小さいが、数10 kmを超える伝送では光信号が減衰していく。そのため、長距離伝送システムでは、光増幅器を用い伝送損失を補償する必要がある。光増幅方式は、希土類添加ファイバを使った増幅、ラマン増幅、半導体による光増幅がある。今回は、希土類添加ファイバを使った増幅とラマン増幅を使用した。

ラマン増幅

光ファイバの材料であるガラス素材における誘導ラマン散乱を利用した光信号増幅方式。希土類添加ファイバ光増幅器と同様に、大パワーの励起光の照射によって、より長波長の信号光の増幅現象が生じる。

256QAM
QAMとは、光の位相と振幅を併用し複数のビットを表現する方式(多値変調)の一種である。256QAMは1シンボルが取り得る位相空間上の点が256個で、1シンボルで8ビットの情報(28=256通り)が伝送でき、同じ時間でOOK(On-Off keying)の8倍の情報が伝送できる。

本件に関する問合せ先

ネットワーク研究所
フォトニックICT研究センター
フォトニックネットワーク研究室

坂口 淳、古川 英昭

広報(取材受付)

広報部 報道室