NICTの光格子時計が史上最高精度で協定世界時の1秒の正確さを評価

秒の再定義に向けて光時計の優位性を示す大きな一歩
2022年4月22日


国立研究開発法人情報通信研究機構

国立研究開発法人情報通信研究機構N I C T(エヌアイシーティー)、理事長:徳田 英幸)は、NICTが開発したストロンチウム光格子時計(*1)を用いて、『現行の「秒の定義」を実現するセシウム一次周波数標準(*2)よりも光時計(*3)の方が協定世界時の1秒の長さをより正確に評価できる』ことを実証しました。本成果は、協定世界時の堅牢化や高精度化に留まらず、現在検討されている「秒の再定義」実現に向けた大きな一歩となりました。

研究の背景

国際的な標準時刻として広く使われている協定世界時(UTC)の1秒の長さを「秒の定義」に基づくように正確に保つには、UTCの歩度(時刻の刻み幅)を世界中の高精度な原子時計で校正することが必要です。これまで長らくこの重要な役割を果たしてきたのは、現在の「秒の定義」を実現する(実際の信号として利用可能にする)セシウム一次周波数標準でした。一方、近年、原子の光学遷移を利用した原子時計(光時計)が目覚ましい発展を遂げており、セシウムのマイクロ波遷移を基にした「秒」から原子の光学遷移に基づいた「秒」への「秒の再定義」が議論され始めています。「秒の再定義」を実行可能にする条件のひとつとして、「ひと月当たり少なくとも3台の光時計が、2 × 10-16以下の不確かさで定期的にUTCの歩度校正に貢献すること」、つまり、「光時計がセシウム一次周波数標準に代わって、UTCの歩度を正確に維持すること」が求められています。

研究成果の概要

1.NICTが開発したストロンチウム光格子時計(NICT-Sr1)は、2018年11月にパリ天文台(SYRTE)に続いて光時計としては世界で二例目となる二次周波数標準(*4)の認定を受け、以来、断続的ではありますが昨年の初夏までの約2年半にわたり、光時計として実質唯一、UTCの歩度を遅延なく校正(無遅延校正(*5))してきました。
2.2021年11月には、各国のマイクロ波標準(*6)とNICT-Sr1を含む3台の光時計を合わせてこれまでで最多の16台の原子時計がUTCの歩度を校正しました。これはUTCが世界各国の協力により堅牢に維持されることにつながるだけでなく、「秒の再定義」実現の条件も満たしています。この成果についてはUTCを決定する国際度量衡局(BIPM)により記事としてまとめられ、同局のホームページ(*)に取り上げられました。
3.NICTでは、原子時計の国際相互比較結果を大きく左右する衛星仲介高精度周波数比較の不確かさ等を可能な限り抑制した結果、NICT-Sr1が他の一次及び二次周波数標準を含めて、歴代最小の計測不確かさ1.9 × 10-16でUTCの歩度を校正しました。この高精度校正は『「秒」が原子の光学遷移に再定義された暁には、光時計によるUTCの校正精度が現行の精度を上回る』ことを初めて実証したものです。

今後の展開

時空標準研究室では、今後も光時計のUTCへの貢献において世界を牽引し、UTCの維持および高精度化に努めるとともに、「秒の再定義」実現において重要な役割を果たしていきます。

リンク先

(*)”Record number of frequency standards contribute to International Atomic Time”, https://www.bipm.org/en/-/2021-12-21-record-tai

用語解説

(*1)ストロンチウム光格子時計:
光格子時計は東京大学の香取秀俊教授が考案、動作原理実証した光時計の方式です。特定の波長のレーザーを干渉させて作った光格子に閉じ込めた原子を分光することで正確な周波数を取り出します。ストロンチウム原子やイッテルビウム原子、水銀原子が主に利用されています。
(*2)セシウム一次周波数標準:
セシウムのマイクロ波遷移で定義されている国際単位系の1秒をセシウム原子を利用して実際の信号として利用できるようにしたものがセシウム原子時計です。その中で、時間周波数標準分野の専門家で構成される国際作業部会(WG-PSFS)によって、UTC校正に資すると認められた原子時計をセシウム一次周波数標準と呼びます。
(*3)光時計:
原子の光学遷移を利用した原子時計です。主な方式に光格子時計(*1)とイオン光時計があります。イオン光時計は適切な周波数で切り替えた交流電場に閉じ込めたイオンを分光することで正確な周波数を取り出します。
(*4)二次周波数標準:
秒の定義であるセシウムのマイクロ波遷移以外の特定の原子遷移を使った原子時計の中で、WG-PSFSにUTC校正に資すると認められた原子時計を二次周波数標準と呼びます。光時計ではSYRTEとNICTのストロンチウム光格子時計に続き、アメリカのNIST、イタリアのINRiM、産総研、韓国のKRISSのイッテルビウム光格子時計が認定を受けて現在に至っています。
(*5)無遅延校正:
BIPMは一次及び二次周波数標準による校正値を参照してUTCの歩度校正値を毎月決定しています。過去のデータから推定することもできますが、高い精度で決定するには各周波数標準がその月(校正対象の月)の最新のUTCの歩度校正データを提供することが必要です。これをここでは無遅延校正と呼んでいます。
 
(*6)マイクロ波標準:
マイクロ波遷移を用いた原子時計にはセシウム原子時計やルビジウム原子時計があり、総称してマイクロ波標準と呼びます。

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蜂須 英和