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情報安全性の確保はネットワーク社会の緊急課題です。従来の計算量的安全性保証に基づく数論暗号は、発明当 時、最強といわれた方式も予想外の破られ方をしてきました。したがって、遅かれ早かれいずれ破られるものと考えるべきです。これに対して、量子暗号は将来 の技術的進展に対しても無条件に安全な質的に新しい暗号技術を提供できます。ただし、無条件安全性はBB84などごく限られた方式の鍵長無限大の理想極限 でしか証明されていません。現実の系では必ず有限の情報漏洩が避けられず、安全性レベルと実装のし易さは一般にトレードオフの関係にあります。無条件安全 性証明付の方式では、2015年頃までに100km圏の政府・特定機関専用線で毎秒1~100Mビットの鍵生成速度の実現が目標となるでしょう。
一方、コヒーレント信号とダイン型検波技術を用いた暗号方式は、無条件安全性証明に課題を残しますが、高速化がしやすく現在の光通信技術との親和性が高い ものです。従来の数論暗号と量子効果の相乗効果をうまく使うことで、格段に安全性を増強することも可能で、Y00方式など開発が進んでいます。民生応用も 含めた実用的ネットワーク展開では、BB84より先にこれらの光波型量子暗号の実用化が始まる可能性が高いと思われます。
2015年頃からは、このような各種の量子暗号の長所をうまく融合した新しい方式が開発され、さらに量子効果を用いた認証や決済のプロトコルの実用化も 始まると予想されます。2020年頃からは、量子もつれを広域ネットワークへ展開するための量子中継技術が量子暗号の長距離化に利用され始めるでしょう。 その中核となる量子メディア変換、量子メモリ、量子ゲートは2015年頃には基盤が整うと期待されます。
光波制御による多値変調多重化や新型光ファイバの開発で大容量化に対応してきた光通信技術も、2025年頃には毎秒エクサ(1018)ビットトラフィッ クの手前で原理的限界(シャノン限界)に直面すると予想されます。その先のネットワーク構築には、いよいよ重ね合わせの原理の利用が必要になります。最新 の量子情報理論は、与えられたエネルギー・帯域のもとで最大通信容量(ホレボー限界)を達成する方法を明らかにしています。それは、送信側ではコヒーレン ト信号の稠密変調で古典符号化を行って伝送し、受信側では量子計算によってコヒーレントパルス列を復号するというもの(量子符号化技術)です。つまり、基 幹回線などの伝送は光波技術で構成され、量子技術は受信端やネットワークノードで利用されることになるでしょう。特に、増幅器の使えない深宇宙通信には必 須の技術となります。そのための光万能量子ゲートと小規模量子符号化回路の開発は、量子コンピュータの開発と一体で進めるべき研究課題で、2025年頃ま でに基盤が整うと期待されます。量子コンピュータを量子もつれでつなぐ純粋な量子ネットワークは、現実環境のデコヒーレンス対策のコストを考えると、おの ずと量子技術の高付加価値が意味を持つ限定用途での使用となるでしょう。
量子情報技術がどんなに進歩しても、これまで構築されてきた通信技術に全て取ってかわることはありえません。マイクロ波やミリ波、テラヘルツ波による無 線通信網、光波通信による基幹網は、いつの時代でも社会生活を支える基盤であり続けます。量子情報通信は、行政や産業、医療など社会の生命線を担う機関の ネットワークや人類が宇宙圏に生活の場を移す時代のグローバルネットワークにおいて、極限的通信容量・安全性・精度を実現するハイエンド技術として利用さ れてゆくでしょう。