国立研究開発法人情報通信研究機構
2017年11月15日
ポイント
- 窒化ニオブを用いて、低損失で、より冷却が容易な磁性ジョセフソン素子を開発
- 外部から電流や磁場を加えずに、巨視的位相が自ら180°ねじれた状態を発現
- 開発した磁性ジョセフソン素子をデバイスに組み込むことで大幅な消費電力の削減
ジョセフソン素子を用いた超伝導デバイスの動作には、外部から電流や磁場を加えて巨視的位相のねじれを発生させることが必要不可欠です。今回開発した磁性ジョセフソン素子では、巨視的位相が自らねじれた状態を実現することができるため、従来必要であった電流や磁場を大幅に削減することができ、超伝導量子コンピュータをはじめとする様々な超伝導デバイスの高性能化に向けて大きなブレークスルーとなるものです。
本研究成果は、11月14日付け(現地時間)の米国科学誌Physical Review Appliedに掲載されました。なお、本成果の一部は、JSTさきがけ(JPMJPR1669)の一環として得られたものです。
背景
次世代のデバイスとして超伝導量子コンピュータや低消費電力回路が注目されており、超伝導デバイスの開発が進められています。通常、ジョセフソン素子を利用した超伝導デバイスでは、ジョセフソン素子の「巨視的位相」にねじれを発生させるために、外部から電流や磁場を加える必要があり、消費電力の増加や外来ノイズの原因となっていました。それに対し、磁性ジョセフソン素子は、巨視的位相が自ら180°ねじれた「パイ状態」を発現します。そのため、磁性ジョセフソン素子を超伝導回路に組み込むことで、巨視的位相にねじれを生じさせるのに必要な電流や磁場を大幅に削減でき、超伝導デバイスの大規模化が容易になります。
これまで磁性ジョセフソン素子として、超伝導体にニオブを用いた素子が報告されていました。しかし、より超伝導転移温度の高い窒化ニオブを用いることで、冷却に必要な電力を削減することができます。また、窒化ニオブや窒化チタン等の窒化物超伝導体は、超伝導量子コンピュータの低損失な超伝導材料として注目されているため、これらを用いた磁性ジョセフソン素子の実現が期待されていました。
一方で、コヒーレンス長が短い窒化ニオブで磁性ジョセフソン素子を実現するには、接合界面のより精密な制御が必要なことから、その作製は困難でした。
今回の成果
今回、我々は酸化マグネシウム基板上に結晶配向成長し、表面平滑性に優れた窒化ニオブ薄膜を用いることで、接合界面の精密な制御を行い、窒化物超伝導体による「パイ状態」磁性ジョセフソン素子を世界で初めて実現しました。
厚さの異なる磁性層を持つ複数個の素子を作製し、ジョセフソン臨界電流を測定した結果、磁性層がある膜厚範囲にある素子で、図2に示すように、巨視的位相が180°ねじれるパイ状態を発現していることを実験的に確認しました。
通常のジョセフソン素子では、位相のねじれがない「0状態」が安定で、ジョセフソン臨界電流は温度上昇に対して単調に減少しますが、磁性ジョセフソン素子では、磁性層の厚さや動作温度に対して、0状態とパイ状態が変化します。状態が変わるポイント(転移点)では、ジョセフソン臨界電流の温度依存性に、磁性ジョセフソン素子に特有のディップ構造が現れます。我々は、ジョセフソン臨界電流の温度依存性において、明瞭なディップ構造の観測に成功しました(図3参照)。これにより、我々の作製した磁性ジョセフソン素子において、確かにパイ状態が生じていることを実証しました。
パイ状態では巨視的位相のねじれが生じているため、例えば、超伝導体のリングに磁性ジョセフソン素子を組み込むと、外部から電流や磁場を与えなくてもリング中に自ら電流が流れます。
将来的には開発した素子を超伝導量子コンピュータや超伝導集積回路に組み込むことにより、巨視的位相制御に必要な外部電流やミリテスラレベルの磁場の大幅な削減が可能になり、消費電力や外来ノイズの低減に大きく寄与することが期待できます。
今後の展望
今後は、超伝導量子コンピュータや超伝導集積回路における従来のジョセフソン素子を、今回開発した窒化物超伝導体を用いた磁性ジョセフソン素子で置き換えることで、より大規模化が容易な超伝導量子コンピュータや、更なる低消費電力動作が可能な超伝導集積回路の実現を目指します。
掲載誌:Physical Review Applied
DOI:10.1103/PhysRevApplied.8.054028
掲載論文名:NbN-Based Ferromagnetic 0 and π Josephson Junctions
著者名:Taro Yamashita, Akira Kawakami, and Hirotaka Terai
補足資料
今回開発した磁性ジョセフソン素子
酸化マグネシウム基板上に、窒化ニオブ/銅ニッケル(磁性体)/窒化ニオブ層から成る磁性ジョセフソン素子を作製しました。
現在の超伝導量子コンピューティング素子(左)は、超伝導体のリングに三つのジョセフソン素子が挿入された構造を持ちます。これを動作させるためには、外部から磁場をかけて巨視的位相のねじれを発生させることで、右回りと左回りの電流が流れる状態(”0”と”1”)にする必要があります。量子コンピューティング素子では、この向きの異なる電流状態の重ね合わせ状態(異なる状態が同時に存在する状態)を利用して計算します。
それに対し、今回開発したパイ状態の磁性ジョセフソン素子を用いた素子(右)では、磁性ジョセフソン素子において巨視的位相のねじれが生じるため、三つのジョセフソン素子のうち、一つを磁性ジョセフソン素子で置き換えることで、外部から磁場をかけることなく向きの異なる電流状態が発生します。この特長により、従来よりも低エネルギーで素子を動作することが可能となり、また量子状態を長く保持できる可能性も期待されています。
用語解説
超伝導転移温度以下の温度において、電気抵抗がゼロとなる超伝導状態を発現する材料。ニオブ(Nb)と窒化ニオブ(NbN)の超伝導転移温度は、それぞれ約9 K(摂氏-264度)と16 K(摂氏-257度)である。超伝導転移温度が高い窒化ニオブの方が、冷却に必要な電力が小さくて済むという利点がある。
二つの超伝導電極を極薄の絶縁体あるいは常伝導金属薄膜で隔てた構造を持つ素子をジョセフソン素子と呼び、超伝導電極間のトンネル効果によって電気抵抗ゼロ(ゼロ電圧)の電流(ジョセフソン電流)が流れる。このジョセフソン電流の大きさは、両超伝導電極の巨視的位相の差によって決まるため(直流ジョセフソン効果)、逆に、ジョセフソン素子にどれだけ電流を流すかで超伝導電極間の巨視的位相を制御することができる。超伝導量子ビットをはじめとする多くの超伝導デバイスは、このジョセフソン素子による巨視的位相制御を基本動作原理としている。
超伝導体にはクーパー対と呼ばれる電子のペアが存在し、電気抵抗を伴わない超伝導電流はこのクーパー対によって運ばれる。クーパー対は波の性質を持つが、超伝導体中では全てのクーパー対の位相がそろった状態にあり、この位相を「巨視的位相」と呼ぶ。
磁性ジョセフソン素子において、電流バイアスがゼロのときに両側の超伝導体における巨視的位相の差が180°(パイ)だけねじれている状態。磁性体の厚さや温度等によってパイ状態が生じるかどうかが決まる。これに対し、電流バイアスがゼロのときに位相差がゼロの状態を0状態と呼び、従来のジョセフソン素子は0状態にある。
超伝導状態(クーパー対)の空間的な広がりを表すパラメータ。コヒーレンス長が長いほど、ジョセフソン素子を作製する際に、異種材料との界面制御が容易となる。
電気抵抗が発生することなく、ジョセフソン素子や磁性ジョセフソン素子に流すことのできる最大の電流。
本件に関する問い合わせ先
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フロンティア創造総合研究室
フロンティア創造総合研究室
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