国立研究開発法人情報通信研究機構
2017年4月4日
ポイント
- シングルチップ・室温・連続駆動において、世界最高出力となる光出力150mW超を達成
- 深紫外LEDの光取出し特性と放熱特性を同時に向上させるナノ構造技術の開発に成功
- 深紫外265nm帯LEDで、世界初の実用域(100mW)超により、産業実用化に期待
NICT 未来ICT研究所において、深紫外光ICTデバイス先端開発センター 井上 振一郎 センター長らの研究グループは、光出力150mWを超える世界最高出力の深紫外LED(発光ダイオード)の開発に成功しました。波長200~300nmで発光する深紫外LEDは、塩素などの有害な薬剤を用いない光のみによるウィルスの殺菌・無害化や水銀ランプの代替などが期待されています。水銀フリーかつ小型で手軽に機器に取り付けることができるため、医療から環境、ICT分野まで幅広い分野の産業、生活、社会インフラに対して画期的な技術革新をもたらす可能性があります。しかし、これまでは、本格的に普及させるにはその光出力が十分ではありませんでした。
今回、本研究グループは、深紫外LEDの光取出し特性と放熱特性を同時に向上させる独自のナノ光・ナノフィン構造をナノインプリント技術を用いてチップ全面に形成することで、光出力飽和現象を大幅に抑制し、発光波長265nm、シングルチップ・室温・連続駆動において世界最高出力となる150mW超を達成しました。この結果は、殺菌性の最も高い265nm帯LEDにおいて実用域の100mWを超える初めての報告であり、深紫外LEDの今後の社会普及を一段と加速させる技術として期待されます。
本研究は、株式会社トクヤマと共同で行ったものです。また本成果の一部は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)A-STEP事業(課題番号: AS2525010J及びAS2715025R、研究責任者: 井上 振一郎)の支援の下に実施されました。なお、本成果は、米国応用物理学会誌 Applied Physics Letters(電子版: 日本時間2017年4月4日(火)13:00)に掲載されます。
背景
深紫外波長帯(200~300 nm)で発光する半導体発光ダイオード(LED)は、その高い光エネルギーにより、極めて強い殺菌作用を持ち、ウィルスの殺菌、飲料水・空気の浄化をはじめ、食品の安全・衛生分野や、院内感染の予防、光線外科治療といった医療分野などでその活用が期待されています。
また同時に、最も発光波長の短いLEDであることから、3Dプリンタやスキャナの高精細化、樹脂の硬化、印刷、環境汚染物質の分解、物質の光同定分析、ICT応用など、幅広い領域でその利用が期待されています。しかしながら、従来の深紫外LEDの光出力は高いものでも数十mW程度と低く、実用面で普及させるにはその出力が不十分な状況でした。
深紫外LEDは、窒化物系半導体(AlGaN: 窒化アルミニウムガリウム)を用いて作製されますが、近年の結晶成長技術の進展によって内部量子効率は大きく改善されている一方、光取出し効率が極めて低く、発熱や光出力飽和現象などの問題が顕在化することから高出力化が難しく、それらの課題を解決する新しい技術の開発が求められていました。
今回の成果
今回、新たに開発した窒化アルミニウム(AlN)基板上深紫外LEDに対するナノインプリント技術を用いて、LEDチップ全面に光取出し特性と放熱特性を同時に向上させる独自のナノ光・ナノフィン構造を形成することで、従来構造と比べ光出力を大幅に増大させることに成功しました。これにより、シングルチップ(チップサイズ: 1mm2、電極メサ面積: 0.35mm2)の深紫外LED、殺菌作用の最も高い発光波長265nm、室温・連続駆動下において、深紫外波長帯 世界最高出力となる光出力150mW超を達成しました。
従来のフラットな素子構造では、注入電流が増加するとともに、外部量子効率と光出力が大きく低下する現象が見られましたが、今回開発したナノ光・ナノフィン構造を形成した深紫外LEDでは、注入電流を増加(最大850mAまで)させても外部量子効率の低下は極めて少なく、光出力も増大を続けました。
この結果、従来構造に対し、最大注入電流時において、約20倍という大幅な光出力の向上を達成しました。また、スペクトル解析の結果、高注入電流時でのLEDのジャンクション温度の上昇が従来構造に対し抑制されていることを明らかにしました。
今後の展望
殺菌から医療、環境、工業、ICT分野に至るまで広範囲にわたる応用分野へ深紫外LEDの普及を加速させるためには、高出力化への取組と共に低コスト化も重要な要素の一つです。
本成果は、ナノ構造を駆使して光出力を大幅に向上させる技術でありながら、ナノインプリント技術を用いることで、従来の電子ビーム描画等の加工法を用いる場合と比較すると、圧倒的な製造時のコスト低減を可能にする手法です。
今回新たに開発した高スループット・低コストに作製可能、かつ小型・ポータブルで高出力な深紫外LEDは、水銀ランプなどの既存大型光源では難しかった様々な新しい組込み型アプリケーション実現の可能性を飛躍的に高めるものと期待されます。
掲載誌:Applied Physics Letters
DOI:10.1063/1.4978855
掲載論文名:150 mW deep-ultraviolet light-emitting diodes with large-area AlN nanophotonic light-extraction structure emitting at 265 nm
著者:Shin-ichiro Inoue, Naoki Tamari, Manabu Taniguchi
補足資料
今回開発した深紫外LED
ナノインプリント技術を用いた深紫外LED素子の開発
窒化アルミニウム(AlN)基板上深紫外LEDに対するナノインプリント技術を新たに開発することで、LEDチップ全面に光取出し特性と放熱特性を同時に向上させる独自のAlNナノ光・ナノフィン構造を高精度、高均一に形成することに成功しました。
室温・連続駆動下、シングルチップ(チップサイズ: 1mm2、電極メサ面積: 0.35mm2)、発光波長265nmの深紫外LEDにおいて、深紫外波長帯 世界最高出力となる光出力150mW超を達成しました。
従来型素子(フラット表面)(図4青線 参照)では、高注入電流領域において、光出力も外部量子効率も低下してしまう現象(ドループ)が見られていますが、今回新たに開発したナノ光・ナノフィン構造を形成した深紫外LED(図4赤線 参照)では、注入電流の増加(最大850mAまで)に対し、光出力が線形に近い状態で増加し、外部量子効率の低下も少なく抑えられています。
この結果、従来型素子(フラット表面)と今回の新型素子の光出力の比(エンハンスメント)(図4緑線 参照)において、最大注入電流時(@ 850mA)、約20倍という大幅な光出力の向上を達成しました。
深紫外LEDの発光ピーク波長の注入電流依存性を測定した結果、従来型素子(フラット表面)では高注入電流時に大きなレッドシフト(長波長側への発光ピーク波長のシフト)が観測されたのに対し、今回新たに開発した新型素子ではレッドシフト量が極めて小さく抑えられました。ここで、発光波長シフト量とLEDのジャンクション温度は、直接的な相関関係にあります。
この結果、高注入電流時でのLEDのジャンクション温度の上昇が従来構造に対し、新型LED素子では抑制されていることを明らかにしました。これは、今回チップ全体に形成したAlNナノ構造が、光取出し特性を大きく向上させるナノ光構造として作用しているだけではなく、熱放射特性を向上させるナノフィン構造としても有効に作用していることを示しています。
チップサイズ1×1mm2の深紫外LEDのニアフィールド(近視野)像において、従来型素子(フラット表面)では、電極メサ構造(アクティブ領域)の形状とほぼ同一の形状の放射パターンが観測された一方、今回新たに開発した新型素子では、LEDチップ全体の広い領域からの放射を観測しました。これは、LEDチップ全面にナノ構造が形成された新型素子において、光取出し角が大幅に拡大していることを示しています。
用語解説
深紫外(Deep Ultraviolet: DUV)波長とは、紫外線よりも更に短い波長領域を示し、ここでは200~300 nmの波長領域として定義している(より広く200~350 nm付近までの波長帯を含める場合もある)。現在のところ、半導体発光ダイオード(LED: light emitting diode)を用いて実現できる最も短い発光波長が、この深紫外波長領域に対応する。深紫外光の中でも、特にUV-C領域として分類される280nm以下の光は、オゾン層ですべて吸収されるため、280nm以下の太陽光は地球上には降り注がず、ソーラーブラインド領域と呼ばれる。そのため、太陽光のバックグラウンドノイズの影響を受けない光信号の送受信が可能となる。また、例えば生物のDNAやRNAは自然界には存在しない280nm以下の光に対して強い吸収を持つ。
この特性により、深紫外光を使えば、塩素などの有害な薬剤を用いずに、細菌やウィルスなどを効果的に殺菌・無害化できる。特に、265nm付近の波長は、DNAの吸収ピークと重なるため、応用上、最も重要なターゲット波長の一つとなる。よって、この波長領域で水銀フリーの小型光源が開発されれば、手軽に機器に取り付けることができ、殺菌から通信、医療など様々な分野で従来にない新しい技術革新が期待される。
水銀ガスを閉じ込めたガラス管内でアーク放電を起こし発光させる光源。254nmや365nmなどの輝線を発し、深紫外領域における最も代表的な光源で、様々な産業、用途において用いられている。しかし、2013年10月「水銀に関する水俣条約」が採択され、人体・環境に有害な水銀の削減・廃絶に向けた国際的な取組が加速しており、2020年以降、一部の適用除外品を除き、水銀を含む製品の製造、輸出入が原則禁止される見込みとなっている。
このような背景から、既存の水銀ランプを置き換える小型固体光源の実用化が強く期待されており、低環境負荷で高効率・長寿命な深紫外LEDの開発実現が強く望まれている。
半導体内の活性層で発光した光のうちでLED外部へ有効に取り出された光の割合。AlGaN(窒化アルミニウムガリウム)系深紫外LEDの高効率化・高出力化を阻んでいる最大の要因が、極めて低い光取出し効率の問題である。これは、透明な電極を形成することが困難であるという、発光エネルギーの高い深紫外LED特有の問題であり、p型GaN層やコンタクト層での内部吸収や基板界面・表面での全反射などによって、光を外部に取り出すことが難しく、活性層で発光した光の大部分が吸収され熱エネルギーに変換されてしまうことがその原因である。
特に、本研究で使用しているAlN基板は、サファイア基板などと比較し、屈折率が大きく(n=2.29 @265nm)、臨界角が小さくなり(25.9)、極めて僅かな光しか外部に取り出すことができない。3次元時間領域有限差分(3D-FDTD)法による理論計算の結果、p型GaN層の吸収なども考慮すると、AlN基板のフラット表面(光取出し面)側から取り出せる光の取出し効率は、4%未満と極めて低い値となる。
ナノメートルサイズの微細パターンが形成されたモールド(型)を用いて素子の基板上にパターンを転写する技術。ナノメートル(nm)とは、10億分の1メートルを表す単位。従来のナノサイズ加工では、電子ビーム描画装置や縮小投影型露光装置(ステッパー)が用いられ、大掛かりな設備と高いコストを要するが、ナノインプリント技術は、シンプルな工程で高スループット、大面積化が可能であることから、低コストでの量産が期待できる。
今回開発した深紫外LEDでは、AlN(窒化アルミニウム)基板を用いており、ナノインプリントプロセスでの高精度加工は極めて難易度の高い技術であったが、独自のプロセス技術を開発することで、大面積において高精度、高均一なAlNナノ加工を実現した。
窒化アルミニウム(AlN)と窒化ガリウム(GaN)の混晶材料。直接遷移型の半導体であり、AlNとGaNの混晶組成比を変えることで、その発光波長を深紫外領域のほぼ全域(210~365nm)で任意に制御することが可能である。
深紫外LEDを実現する上で、現在のところ最も適した材料であると考えられており、世界中の研究機関・企業が開発競争を繰り広げている。
本件に関する問い合わせ先
未来ICT研究所
深紫外光ICTデバイス先端開発センター
深紫外光ICTデバイス先端開発センター
井上 振一郎
Tel: 078-969-2148
E-mail:
広報
広報部 報道室
廣田 幸子
Tel: 042-327-6923
Fax: 042-327-7587
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