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「自分が何を見ているか」の判断は、その判断に対する行為の影響を受ける

~感じることと、行うことの非独立性~

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2017年2月22日

国立研究開発法人情報通信研究機構
ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン
ウェスタンユニバーシティ

ポイント

    • 知覚判断と、その判断に伴う運動行為は密接なかかわりがあることを証明
    • 「何を見たか」という判断は、視覚情報からのみ作られているわけではないことが明らかに
    • 知覚判断に影響する「行為の負荷」が少なくなる環境や製品のデザイン・開発の重要性を示唆

NICT、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)及びウェスタンユニバーシティは共同で、「どのようなものを見ているのか」という知覚判断は、見た内容だけでなく、見た内容に伴う運動行為にかかる負荷を反映していることを実験的に証明しました。
これまで、外部から脳への入力処理である知覚判断と、脳から外部への出力処理である運動行為はそれぞれ独立したものであり、運動行為は単に知覚判断の結果を反映するだけと考えられてきました。しかし、NICT脳情報通信融合研究センター(CiNet)の羽倉信宏研究員らのチームは、今回の実験により、両者は密接に関連しており、外界に働きかける運動行為が、実は、私たちが外界をどのように認識するのかの知覚にも役立てられていることを明らかにしました。
本研究の一部は、日本学術振興会の科学研究費補助金及び海外特別研究員制度の支援を受けて行いました。この成果は、神経科学の国際科学誌「eLife」オンライン版に2月21日掲載されました。

背景

イソップのキツネと葡萄の寓話では、キツネは跳び上がってもなかなか届かないところにある葡萄を「熟れていないんだ!」と判断します。寓話では、このキツネの判断は負け惜しみとして描かれます。しかし、果たしてキツネは本当に負け惜しみを言っているのでしょうか。それとも、跳び上がるという運動行為にかかる労力によって、実際に葡萄が「熟れていない」ように見えて、そのように判断したのではないでしょうか。
これまで、脳への入力情報の処理である知覚判断と、脳からの出力情報の処理である運動行為は、それぞれ独立なものであると考えられてきました。
つまり、一番熟れている葡萄を選び出すための入力処理(知覚判断)と、その葡萄を取ろうとする運動を作り出すための出力処理(運動行為)は独立であり、運動行為は単に知覚判断を反映するためだけのものと考えられてきました。本研究では、その定説が正しいかどうかを確かめる実験を行いました。

今回の成果

今回、羽倉研究員らのチームは、画面上の点の動きを判断するという見たものを判断する課題(例: 葡萄の熟れ具合を判断する課題)のパフォーマンスが、見た内容とは関係のないはずの、その判断を明示するための行為(例: 葡萄を取る運動)にかかる労力によって影響を受けることを実験で証明しました。
本研究によって、見ているものが一体何なのかを判断するとき、私たちは視覚情報のみを利用しているわけでなく、判断の報告に至るまでの処理すべてを利用して行っていることが明らかになりました。

実験の概要

被験者は、画面の中心に表示される多数の点の動きが、全体として右に動いているのか、左に動いているのかを判断する課題を行いました(補足資料図1参照)。両手にはそれぞれハンドルを握り、右に点が動いていると判断した場合には右手のハンドルを動かし、左に点が動いていると判断した場合には左手のハンドルを動かしてもらいました。
最初、右のハンドルと左のハンドルを動かすために必要な力(負荷)は同一に設定されていますが、途中から片方のハンドルを動かすための負荷が徐々に増大します。負荷は時間をかけて少しずつ増大し、最終的には両手間で2倍弱ハンドルを動かすのにかかる負荷をかけましたが、被験者は両手間の負荷の差に気が付きませんでした。両手間で負荷に差がない場合と、ある場合で、点の動きの判断のパフォーマンスを比較しました。すると、被験者は運動負荷の存在に気が付いていないにもかかわらず、運動負荷の大きな方向の視覚判断を避けるようになりました(補足資料図2参照)。これは、運動行為にかかる負荷が、「点の動き方向」という視覚入力の知覚判断に影響を与えたことを意味します。
では、この知覚判断に影響を与えた運動負荷は、「葡萄の熟れ具合」といった見たものの知覚判断そのものを変化させるのでしょうか。それとも、見たものの知覚判断は保ったまま、「つらい運動はやめる」というように運動行為の選択のみを変化させるのでしょうか。この問いに答えるために、被験者は上の実験と同様に、負荷に差のあるハンドルを使って、点の動きの判断を行いました。そして、運動負荷の高い判断を避けるようになった時に、今度は手を使わずに口答で判断を行ってもらいました。もし、点の動きそのものに対する判断が手の運動負荷によって変化したのであれば、口答で判断する際も、手を用いた判断の際に運動負荷の高かった方の判断を避けるはずです。しかし、もし「手」で行うつらい運動を避けているだけなら、口答での判断は変化しないはずです。
結果は、口答判断にも事前に経験した手の負荷の情報が反映されることが分かりました。つまり、片方の手に負荷のかかった判断を繰り返すことで、点の動きそのものに対する判断が変容したと考えられます(補足資料図3参照)。

今後の展望

運動行為にかかる負荷が想像以上に私たちの意思決定に反映されているという本研究の結果は、例えば、製品の見た目によるデザインと、使いやすさ(行為の負荷)は独立でないことを示唆しており、新しい製品デザインの開発等に役立てられることが期待されます。また、私たちの日常行為は、些細な癖が存在するなど、必ずしも適応的ではありません。そのような非適応的な行為の負荷を増やすような環境をデザインすることで、ヒトの情報処理・行為の適応性を高めるような研究にも着手する予定です。

掲載論文

掲載誌:eLife
DOI:10.7554/eLife.18422
掲載論文名:Perceptual decisions are biased by the cost to act
著者名:Hagura, N., Haggard, P., Diedrichsen, J.

共同研究グループ

‐ 国立研究開発法人情報通信研究機構 羽倉 信宏 研究員
‐ ウェスタンユニバーシティ Jörn Diedrichsen 教授

補足資料

今回の実験の概要
図1: 今回の実験状況
図1: 今回の実験状況

被験者は、図1に示すように、画面中央に呈示される点の集合が全体として右に動いているか、左に動いているかを判断しました。右に動いていると判断した場合には右手で、左に動いていると判断した場合には左手で、握っているハンドルを前方に動かしました。図1に示すように、ハンドルとそれを握る手は画面によって隠されており、被験者は画面の下でハンドルを動かします。

図2: 今回の実験結果
図2: 今回の実験結果

図2は被験者の判断の変化を示す図です。横軸は、動いている点の集合のうち、負荷がない方向(+方向)、もしくは負荷のある方向(-方向)に動く点の割合、縦軸は、被験者が点の集合が負荷のない方向へ動いていると判断する確率になります。各手を動かす負荷が同一である場合(青い線)に比べ、負荷がかかった場合(赤い線)には、点の集合が「負荷がない方へ動いている」と判断する確率が上昇していることが分かります。

図3: 実験概念図
図3: 実験概念図

点の方向の判断は、手にかかる負荷によって、負荷のかかる方向の判断を避けるようになります。また、この傾向は口答で判断する場合にも生じることから、点の方向判断と連合した負荷の経験が、点の方向判断そのものを変化させたと考えられます(図3参照)。
 

本件に関する問い合わせ先

国立研究開発法人情報通信研究機構
脳情報通信融合研究センター
脳情報通信融合研究室

羽倉 信宏
Tel: 080-9098-3223
E-mail:

広報

国立研究開発法人情報通信研究機構
広報部 報道室

廣田 幸子
Tel: 042-327-6923
Fax: 042-327-7587
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