●科学的意義
これまでは、「知覚」そのものを支える神経基盤と、「メタ認知」を支える神経基盤が同じなのか否かについて決着がついていませんでした。その理由は、従来の脳科学的手法ではこの二つの神経基盤の乖離を示すことが困難だったためです。本研究では、DecNefを用いて脳活動パターンを操作した結果、メタ認知(知覚を俯瞰した際に得られる確信度)は変容する一方で、知覚そのものは変容しないことを示すことができ、メタ認知と知覚の神経基盤の乖離を示すことができました。
●技術的な新規性
我々のグループでは、DecNefを用いて色の知覚を創り出すこと、恐怖記憶を消去すること、顔の好みを変えることなどに成功しています。しかしながらこれらの研究では、単一の脳領域をターゲットにしてその脳活動を変化させました。一方、今回の研究では、前頭前野および頭頂葉における計4箇所の脳領域の並列的な操作に成功しました。一般に、我々の知覚や行動には特定の脳領域のみが関与しているというより、ネットワークを生成する複数の領域の活動によって生じていると考えられています。そのため、今回のような複数の脳領域の活動を操作する方法は、今後、様々な行動や認知を改善させるためのDecNef実験において有効であると考えています。
●今後の展望
本研究は、知覚経験の確信度を上げ下げするというように、認知状態を両方向に変容することに成功しました。こうした結果は、DecNef訓練を多方面に応用していく上で非常に有益と考えられます。とりわけ、精神疾患の治療にDecNef訓練を応用する際には、そのときの患者の状態に応じて、必要な方向に脳活動を操作することが可能になり、操作方向を制御できるので、より適切な治療へと繋げることが期待できます。
メタ認知の異常は、依存症、統合失調症、強迫性障害など複数の精神疾患につながる可能性が指摘されています。本成果は、そうした精神疾患を、メタ認知の訓練を通して改善させる臨床応用に繋がる可能性が期待できます。また、メタ認知を鍛えることは、効果的な学習に繋がると考えられており、DecNef訓練の教育面への応用も期待できます。
●倫理面での懸念に対する対応
DecNefが基礎研究や臨床応用に広く浸透する過程で、倫理面に最大限の注意を払う必要があります。本研究では、DecNef訓練中、被験者はフィードバックである灰色の丸を大きくするよう教示されたのみで、脳活動パターンの変化の内容については無自覚でした。被験者が自分で行っている脳活動パターン誘導の内容に無自覚であることは、これまでのDecNef研究に共通して見られる特徴です。この特徴は、基礎研究として有用であり、精神疾患等の治療にとって福音となり得る一方で、今後研究が進展するに伴い、一歩間違えれば洗脳とみなされる可能性も考えられます。生命倫理の有識者とも協力し、慎重な検討を実施しております。また、医療応用としても新しい技術であるため、DecNef介入の副作用、あるいは症状が逆に悪化するなど有害事象の可能性を慎重に排除する必要があります。
このような懸念に対応するため、有害事象の有無を確認、倫理・安全委員による審議を実施し、常に安全性を確認しながら研究を継続しています。
今後、実験や臨床介入を通して得られた知見について随時検討・議論し、その過程において適切な時期に情報公開を実施しながら、新しい基盤技術であるDecNefが安全に社会に浸透するための道筋を整備します。