国立研究開発法人情報通信研究機構
2016年10月24日
ポイント
- 光子検出器の感度について、所望する波長特性を自由に設計可能な新手法を実証
- 広い波長帯域での高感度や究極的な低ノイズ性を有する光子検出器の実現が可能に
- 量子暗号通信、蛍光相関分光、リモートセンシングなど高精度な光検出技術として期待
NICTは、超伝導ナノワイヤ単一光子検出器(SSPD)の波長特性を自在に設計可能な新しい光学構造設計手法の開発に成功しました。
本技術により、広い波長帯域にわたる高い検出感度や、特定の波長領域をカットするフィルター機能を有するSSPDの設計・開発が可能となります。今回の成果は、検出する光波長に対して高感度を維持しつつ、不要な波長の光をカットすることで究極的な低ノイズを実現することが可能となり、量子暗号通信や蛍光相関分光をはじめとする幅広い分野での実用化に向けて大きなブレークスルーとなるものです。
本研究成果は、10月24日(月)付け(日本時間18:00)の英国科学誌Scientific Reportsに掲載されます。
なお、本成果の一部は、JST先端計測分析技術・機器開発プログラム及び平成27年度から日本医療研究開発機構(AMED)が実施する医療分野研究成果展開事業先端計測分析技術・機器開発プログラムの一環として得られたものです。
背景
現在、量子情報通信や量子光学、生命科学など幅広い分野で高精度な光子検出器に対するニーズが高まっています。高感度・低ノイズ・高時間分解能という優れた特長を持つ超伝導ナノワイヤ単一光子検出器(SSPD)は、従来用いられてきた半導体光子検出器(アバランシェ・フォトダイオード)の性能を大きく凌駕する光子検出器として、量子暗号通信をはじめとする様々な分野で注目を集めています。
これまでNICTは、2013年に通信波長帯(1,550 nm)でシステム検出効率80%を超えるSSPDの開発に成功し、量子暗号通信への応用を進めてきたほか、可視波長帯でもシステム検出効率70%を超えるSSPDを実現し、細胞生物学で広く利用されている蛍光相関分光法への応用を進めてきました。しかし、従来のデバイス構造では、最適化した波長以外における光吸収効率を制御することはできず、広い波長範囲にわたる高いシステム検出効率の実現や、不要な波長の光(主に、黒体輻射による光や迷光)の吸収による暗計数(ノイズ)の除去が困難でした。
そこで、今後、SSPDの応用分野を更に拡大するためには、検出する光波長に対して、より設計自由度の高い、新たな光学構造の設計手法の開発が強く求められていました。
今回の成果
今回、SSPDにNICTが独自に考案した誘電体多層膜を用いたデバイス構造を採用し、光学シミュレーションによる最適化を行うことで、所望する光吸収効率の波長特性、つまり、吸収する波長帯域とカットする波長帯域を自由に設計が可能な新手法の開発と実証に成功しました。
SSPDの検出感度は光吸収効率に比例するため、所望の波長における光吸収効率を最適化することが重要となります。従来SSPDで用いられていた光キャビティ構造では、キャビティ層の膜厚を調整することにより、ターゲットとなる波長に対して光吸収効率を最大化することはできましたが、周辺の波長に対する特性を制御することはできず、不要な波長をカットすることでノイズを低減することは困難でした。
今回、SSPDに新たに誘電体多層膜による光学構造を採用することにより、所望の波長特性の設計が可能になりました(補足資料 図1(a)参照)。シリコン基板上に2種類の誘電体(二酸化シリコン及び二酸化チタン)から構成される多層膜を積層し、その上に超伝導体である窒化ニオブのナノワイヤを配置した構造を採用しました。この構造において誘電体多層膜の層数や各レイヤーの膜厚を最適化することで、ナノワイヤの光吸収効率について所望の波長特性を実現することができます。最適化したデザインに基づいて実際にSSPDを作製し、検出効率の波長特性を評価した結果、光学シミュレーションによる計算値と極めてよく一致することが分かり、開発した手法の有効性が実証されました(補足資料 図1(c)参照)。これにより、広い波長範囲にわたる高検出効率化や、不要な波長のカットによる低ノイズ化が可能となります。
また、ナノワイヤにおける光吸収効率の波長特性を最適化するため、光学多層膜計算と有限要素解析の2段階で光学シミュレーションを行い、SSPDにおける検出効率の波長特性が効率的に設計できるようになりました(補足資料 図2参照)。
NICTが研究の立案から素子の設計・作製、評価・解析を行い、本成果に至りました。また、素子評価の一部に関しては、大阪大学及びNICTインターンシップ制度を通じたグラスゴー大学(英国)の協力を得ました。
今後の展望
今回開発した誘電体多層膜付きSSPDと波長特性設計手法は、紫外から中赤外の広い波長領域で適用可能であるため、高感度と低ノイズの両立が重要となる量子暗号通信や、生命科学分野における蛍光分光測定、微弱光によるリモートセンシング技術など、今後のSSPDの幅広い応用展開に向けた重要な基盤技術となります。また今後、多層膜に用いる誘電体の材料や組合せを検討することで、より広帯域に対応した素子や、複数の波長領域に最適化した素子等、応用ニーズに合わせて様々な波長特性を持つSSPDの実現が期待されます。
掲載誌:Scientific Reports(Nature Publishing Group), DOI: 10.1038/srep35240
掲載論文名:Superconducting nanowire single-photon detectors with non-periodic dielectric multilayers
著者名:Taro Yamashita, Kentaro Waki, Shigehito Miki, Robert A. Kirkwood, Robert H. Hadfield, and Hirotaka Terai
補足資料
今回開発したSSPD構造及び開発手法について
今回開発したSSPD構造では、基板の上に2種類の誘電体から成る多層膜を配置することで、一つの波長における光吸収効率の最適化だけでなく、波長特性を設計することが可能となりました(図1(a)参照)。誘電体多層膜における各層の材料や膜厚、全層数を制御することにより、図1(a)下に示したような、ある波長範囲で高い光吸収効率を示す特性や、ある波長以上は光を吸収しないフィルター特性などを実現することができます。
従来のSSPDでは、基板上にミラー層とキャビティ層を配置し、その上に超伝導ナノワイヤを配置していました(図1(b)参照)。高い検出効率を得たい波長に対して、キャビティ層の膜厚を4分の1(λ/4)近傍にすることで、入射した光子が効率よく閉じ込められ、超伝導ナノワイヤへの高い吸収効率を得ることができます。ところが、この構造では、最適化した波長にピークを持つ図1(b)下のような波長特性となり、所望の波長以外の光吸収効率を制御することはできませんでした。
図1(c)に、今回開発したSSPDの波長特性の例を示します。図1(c)上は、波長650~900 nmの範囲で高い光吸収効率を持つよう設計した素子の波長特性です。設計値(実線)に対し、実際に作製した素子を測定した検出効率(赤い丸印)がよく一致していることが分かりました。図1(c)下は、通信波長帯に光吸収効率を最適化すると同時に、ノイズの原因となる波長1,600 nm以上の長波長領域における光吸収効率を10%以下に設計した計算結果で、高検出効率と低ノイズの両立が期待されます。
今回、光学多層膜計算と有限要素解析の2段階で数値計算を行うことにより、超伝導ナノワイヤへの光吸収効率の波長特性に関して最適化を行いました(図2参照)。第1ステップでは、一般的な多層膜の光学特性最適化ソフトウェア等を用いて、超伝導薄膜への光吸収効率に関して、所望する波長特性を実現するための誘電体多層膜の層数や膜厚を最適化して求めました。この手法では、比較的短い計算時間で設計の最適化ができる一方、SSPDの検出部は超伝導薄膜ではなくナノワイヤ構造であるため、このままでは実際のSSPDが所望した波長特性を示すことが保証できません。
そこで、第2ステップにおいて、第1ステップの最適化により得られた誘電体多層膜の設計値を用い、ナノワイヤ構造を計算可能な有限要素解析を用いることにより、実際のSSPD構造における超伝導ナノワイヤへの光吸収効率を計算し、所望した波長特性が得られることを確認しました。
用語解説
厚さ10 nm以下、幅100 nm程度の超伝導細線(超伝導ナノワイヤ)を受光面全体にメアンダ状(ジグサグ上に曲がりくねった形状)に敷き詰めた構造の光子検出器。電流バイアスした超伝導細線が光子を吸収すると、光子のエネルギーにより超伝導状態が局所的に壊れ、スパイク状の電圧パルスが発生する。この電圧パルスをモニタすることにより、光子を検出する。光子検出原理として利用している超伝導現象は、ある温度以下で物質の電気抵抗が消失する現象で、物質により超伝導状態に転移する温度が異なる。多くの超伝導物質は、冷却に高価な液体ヘリウム(-269℃)を必要とする。
ワンタイムパッド(送信者と受信者で共有する伝送情報量と同じ長さの秘密鍵)を、光子を利用して安全に送信するシステム。現在広く使われている公開鍵暗号は、公開鍵(2つの素数の積)の解読に膨大な計算時間がかかることにより、安全性が保証されているが、技術の進歩(例えば量子コンピュータの実現)により、計算時間が短縮されると解読されてしまう。量子暗号システムは、安全性が計算量ではなく、量子力学という物理の基本法則に基づいていることが特徴である。
蛍光物質の分子運動を調べるために用いられる方法の一つ。共焦点光学系によって形成された微小な焦点領域を蛍光物質が出入りするときの蛍光強度の変化(ゆらぎ)を測定することによって、その蛍光物質の「動く速さ」と「数」を見積もる方法。動く速度から、その蛍光物質の「大きさ」を推定することもできる。細胞内の目的分子を蛍光色素で標識し同様の測定をすることで、目的分子の「動く速さ(大きさ)」と「数」を検出することができる。目的分子の挙動を連続的に観察することで、ダイナミックな「分子間相互作用」を単一分子レベルで検出することができる。
半導体のp-n接合に大きな逆バイアス(数10~200 V)を印加することにより、わずかなキャリアの移動によって次々にキャリアが生成され、加速度的に電流が増大するなだれ(アバランシェ)効果を利用した高感度のフォトダイオード
光ファイバーの光信号伝送損失が極小となる1,550 nm付近の波長帯
ある吸収体へ入射した光の強度に対して、吸収される割合
ある特定の波長の光に対して、空洞共振器のような働きをして内部の光電界強度を強める構造
数種類の異なる材料から構成される多層膜における反射率や吸収率等の光学特性を行列演算等により計算する手法。最適化するためのアルゴリズムと組み合わせることにより、所望する波長特性を得ることできる。
構造体における電磁界分布等、微分方程式を解析的に解くことが難しい問題に対して、数値的に近似的な解を得る解析手法。解析対象となる領域をメッシュ(要素)に分割して方程式を解く。
本件に関する問い合わせ先
未来ICT研究所
フロンティア創造総合研究室
フロンティア創造総合研究室
山下 太郎
Tel: 078-969-2124
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広報
広報部 報道室
廣田 幸子
Tel: 042-327-6923
Fax: 042-327-7587
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