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光子と人工原子から成る安定な分子状態を発見

~ 光と物質を操る量子技術に新たな可能性を拓く ~

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2016年10月11日

国立研究開発法人情報通信研究機構
日本電信電話株式会社
カタール環境エネルギー研究所

ポイント

    • 超伝導人工原子に光子がまとわり付いた全く新しい安定な分子状態を発見
    • 40年以上論争が続いてきた原子物理の問題に明快な答えを提供
    • より安全で省エネな通信や超高精度原子時計開発など、量子技術分野進展への貢献に期待

NICTは、日本電信電話株式会社(NTT、代表取締役社長: 鵜浦 博夫)、カタール環境エネルギー研究所(QEERI、常任理事: Dr. Marwan Khraisheh)と共同で、超伝導人工原子とマイクロ波光子の相互作用の強さを系統的に変え分光実験を行った結果、人工原子に光子がまとわり付いた分子のような新しい最低エネルギー状態(基底状態)が存在することを発見しました。
本研究により、原子(物質)と光の相互作用に新たな領域が存在することが明らかになりました。従来に比べて桁違いに広いエネルギー範囲で物質と光の相互作用を操る術を提供できるため、量子相転移の物理の解明や、シュレディンガー猫状態のような非古典光状態を使う量子技術への応用の道を拓き、量子通信、量子シミュレーション・計算、次世代超高精度原子時計の開発など、量子技術分野の研究に今後役立つと考えられます。
この成果は、「Nature Physics」 2016年10月11日号 (電子版: 日本時間10月11日(火)午前0時)に発表されます。

背景
図1 実験に用いた試料と回路素子
図1 実験に用いた試料と回路素子
(上)試料ホルダーに装填された測定チップ
(下)深強結合 超伝導人工原子(赤点箇所)
  - LC調和振動子回路、アルミニウム製

NICTが進める超高精度原子時計の研究開発や、NTTが目指す、より安全で省エネルギーな通信など、現代社会に不可欠な技術は、光と原子の振る舞いを光子1個という究極のレベルで解き明かすことから始まりました。物質が光を吸収・放出するのは、原子と光に相互作用が存在するからですが、「光と原子の相互作用はどこまで強くできるか?」という基本的な問題は、原子物理学において永く研究されてきたものの、非常に強い相互作用を実現する適切な方法が見つからず、未解決のままでした。
およそ40年前の1970年代から、原子と光の相互作用が極端に強い場合には、質的に全く新しい最低エネルギー状態(基底状態)が存在すると予言されていました。その後、現実的な条件の下でその状況を準備しても、この予言が適用できるか否かに関して論争が起こりました。共同研究者のS. Ashhab博士らは数年前に、超伝導回路を用いてこの新状態を形成するために必要な条件について理論的な検討を行いました。

今回の成果
図2 新たな深強結合状態の分光測定結果
図2 新たな深強結合状態の分光測定結果
横軸は人工原子のバイアスエネルギー、縦軸は入力マイクロ波周波数を示す。
ゼロバイアス付近の異常な透過スペクトルは、試料中に光子と人工原子から成る安定な分子状態の存在によって、初めて説明できる。

今回の実験では、微細加工技術を用いて作製された原子と同等の量子的性質を持つ超伝導人工原子と、超伝導回路に閉じ込めた光子が使われました。実際には、大きな零点ゆらぎ電流を持つLC共振回路と超伝導永久電流量子ビットが大きなジョセフソンインダクタンスを共有して非常に強く結合するよう回路を設計しました。この回路について分光実験を行い、得られたスペクトルの解析から、予言された新たな状態を発見しました。回路中の人工原子の全エネルギーは、光自身が持つエネルギー、原子自身のエネルギー、光と原子の相互作用のエネルギーの総和です。巨視的量子系の利点を生かして、光と原子の相互作用のエネルギーを、光自身のエネルギーや原子自身のエネルギーより大きくすること(「深強結合」実現)に成功しました。
さらに、「深強結合状態」では、光と原子の系に新たな対称性が生じ、量子遷移に選択則が観測されたり、基底状態を含む全状態で光と原子の量子もつれが実現されているなどの性質を示すことが観測されました(「深強結合」については、補足資料の図4参照)。
本研究における役割分担については、NICTは実験と解析、NTTは試料作製、QEERIは理論解釈をそれぞれ担当しました。

今後の展望

今回、1個の超伝導人工原子と光子の分子様状態(深強結合)を発見しましたが、今後は、複数の超伝導人工原子と光子の場合でも、同様な状態が観測されるのか研究を進めます。また、量子通信におけるノード技術への応用や、基底状態を含めた多体系の量子状態制御技術の向上を目指して、この分子様状態の人為操作、光子の吸収・発光過程のダイナミックスやこの状態を用いた新たなもつれ生成方法などの研究を展開する予定です。

掲載論文

掲載誌:Nature Physics (DOI: 10.1038/NPHYS3906)
掲載論文名:Superconducting qubit-oscillator circuit beyond the ultrastrong-coupling regime
著者名:Fumiki Yoshihara, Tomoko Fuse, Sahel Ashhab, Kosuke Kakuyanagi, Shiro Saito and Kouichi Semba

各著者の役割

本論文への吉原と布施の貢献は同等であり、両者は筆頭著者です。
また、仙場、Ashhabが本研究を設計企画し、吉原、布施、角柳、齊藤、仙場が測定装置を設計し、作製しました。吉原、布施、角柳、齊藤が試料を作成し、吉原、布施が実験を実施し、Ashhabが理論的な部分を担当しました。
得られたデータの解釈と論文執筆は著者全員で行いました。

研究グループ

NICT  仙場 浩一、吉原 文樹、布施 智子
NTT   齊藤 志郎、角柳 孝輔
QEERI  Sahel Ashhab

研究支援

本研究は、日本学術振興会 科学研究費補助金 基盤研究(S)「巨視的量子系を用いた量子物理」(研究課題番号: 25220601、研究代表者: 仙場 浩一)からの助成を受けて実施されたものです。



補足資料

今回の測定で使用した超伝導回路
今回の測定で使用した超伝導回路

図3 光子と人工原子から成る分子状態の測定で使用した電気回路
a. 等価回路(Xxはジョセフソン接合を表す。)
LC回路(青と黒)、超伝導人工原子回路(赤と黒)
b. 量子LC回路の一部に組み込まれた超伝導人工原子(赤枠内)
白い部分はアルミニウム、灰色の部分はシリコン基板
c. 超伝導人工原子回路(b. 赤枠内の拡大図)
量子LC回路との相互作用を増強するため、共有する辺には、ジョセフソン接合が4個直列に設置されています。SQUID構造が採用されているので、異なる外部磁場の使用で、可変インダクタンス(a. 等価回路の黒部分)として振る舞い、同一試料でありながら、複数の異なる相互作用強さでの結合が実現可能です。

これまでの研究成果と外部状況
これまでの研究成果と外部状況
[画像クリックで拡大表示]

図4 光子と超伝導人工原子の結合の強さは、この12年間で100倍以上増強されました。
今回初めて、深強結合(g/ωo>1)領域に到達し、質的に新しい基底状態(光と人工原子から成る安定な分子様状態)の発見につながりました(一番右側の「2016年 NICT-NTT-QEERI」参照)。

用語解説

超伝導人工原子

超伝導体を用いて作製された線スペクトルとみなせる原子のような離散エネルギー準位を有する量子回路。限定されたエネルギー範囲や温度範囲では、近似的に量子二準位系とみなすことができる場合には、量子ビットとも呼ばれる。ここでは、図1 赤枠内に示す超伝導磁束量子ビットを指す。実際には、ナノメートルオーダの極薄絶縁体をサンドイッチした構造のジョセフソン接合と呼ばれる素子を複数個含んだ超伝導電気回路。ループを貫く磁束を変化させることで、おおよそ数GHz程度の範囲で量子二準位のエネルギー分裂の大きさを制御できる。エネルギー分裂が数GHz程度の超伝導量子ビットの場合には、動作温度として、おおよそ0.1Kより低温が必要となる。

ジョセフソンインダクタンス

原子層レベルの非常に薄いバリア層を間に挟み、2つの超伝導体をサンドイッチした構造の素子(ジョセフソン接合)が超伝導状態で示すインダクタンス。この接合部分では、超伝導が弱められており、外部から電磁気的な信号を接合部分に加えると、超伝導状態特有の非線形応答が得られる。高感度な磁場センサーであるSQUID(Superconducting QUantum Interference Device: 超伝導量子干渉素子)は、超伝導ループに複数個のジョセフソン接合が配置され、ループを流れる超伝導電流がループを貫く磁場に非常に敏感であることが利用されている。今回の実験では、ジョセフソン接合が示す大きなインダクタンスを強い結合を得るために積極的に利用した。LC共振回路と超伝導人工原子とで共有された回路部分(補足資料の図3 a. 等価回路に黒で示す可変インダクタンス部分)に、ジョセフソン接合を配置して、両者の結合を増大させることにより、深強結合を実現することが可能となった。

巨視的量子系

超伝導状態では、おびただしい数の電子対が同一の量子状態を占めることにより、原子スケールに比べてはるかに大きな(巨視的な)スケールにわたり、位相のそろった(コヒーレントな)量子状態が出現する。このように、超伝導体を使えば、微細加工技術で人為的に作製された電気回路の電流状態があたかも一つの巨大な電子対のように振る舞う状況を作ることができる。このような状況にある量子系を巨視的量子系と呼ぶ。量子コヒーレンスを保ちながら、原子に比べてはるかに大きなスケールの物理量(電流、磁気モーメント、分極など)を具現することが可能である。超伝導のほかにも、超流動、レーザー状態中の光子、希薄原子ガスのボース・アインシュタイン凝縮などの例が知られている。

量子もつれ(entanglement: エンタングルメント)

複数の粒子間に量子力学的な相関がある状態。量子もつれ状態にある2つの光子(電子、量子ビットなど)では、片方の状態が決まるともう一方の状態もそれに応じて決まり、その関係は粒子間の距離に依存しないといった特異な性質である。量子暗号、量子計算の実現に欠かせない量子状態間の存在様式であり、現在では積極的に活用されている量子系のリソースである。



本件に関する問い合わせ先

情報通信研究機構
未来ICT研究所
フロンティア創造総合研究室

仙場 浩一
Tel: 042-327-7611
E-mail:

広報

情報通信研究機構 広報部 報道室

Tel: 042-327-6923
Fax: 042-327-7587
E-mail:

日本電信電話株式会社
先端技術総合研究所 広報担当

Tel: 046-240-5157
E-mail: