国立研究開発法人情報通信研究機構
2016年3月25日
ポイント
- プノンペンから100km先の農村までNICT開発のNerveNetで高速データ共有環境構築
- ルーラル地域では太陽光のみで動作、最高で毎秒約10メガビットの高速データ共有実現
- 世界中の無電化村落での遠隔教育、防災、遠隔健康診断等、課題解決への利用に期待
NICTは、カンボジア王国郵政・電気通信省傘下の国立郵政・電気通信・ICT研究所(NIPTICT、所長: セング・ソフィアップ)と共同で、首都プノンペンからおよそ100km先のネットワーク環境のない無電力の農村まで、災害に強いネットワーク技術としてNICTが研究開発したNerveNet(地域情報共有ネットワーク)を用いて高速データ共有環境を実現しました。電力のないルーラル地域では、オフグリッドシステムを用いて太陽光のみで動作させながらも、最高で毎秒10メガビット程度の高速なデータ送受信・共有を可能にしました。この環境が整備された結果、首都と農村との間でビデオ電話や大容量の動画ファイルの交換に成功しました。
従来、この農村には電力網と公衆電話網がなく、毎秒100キロビット程度の低速な携帯電話通信しかできない環境のため、インターネット接続はもちろんのこと、首都にある動画ファイルをオンラインで取得することも困難でした。今回構築した環境により、電力が利用できない場所でも、NerveNetのデータ送受信と共有機能を活かして、教育用動画ファイルや健康計測データを共有することができました。
背景
カンボジアでは、農村の貧困撲滅を目的に、農業技術を教えるビデオを視聴したり、生産品の売買計算をしたりするために、複数のパソコンが設置された通称TeleCenter(テレセンター)と呼ばれる施設がルーラル地域の主要道路沿いに点在しています。パソコンは、太陽光発電で蓄電した電力を使い動作させています。携帯電話が利用できても通信速度は毎秒100キロビット程度に過ぎず、インターネットに接続して様々な情報を検索したり、高速にダウンロードしたりすることは大変困難な状況です。そのため、新たなビデオ教材などのデータは人手によって運ばれています。
NICTは、NIPTICTとの間でルーラル地域の情報通信に関する研究協力協定を平成26年6月に締結し、今回のモデル実験の準備を進めてきました。
今回の成果
昨年12月にモデル実験の環境構築を完了し、運用を開始しました。今回のネットワークは、NICTが開発したNerveNetのデータ共有機能を利用して、インターネット不要でビデオや写真などの任意のデータの交換と共有を可能にしました。
次に、多様な回線を利用できる柔軟性を活かして、総延長約100㎞のネットワークを既設光回線と新設無線回線を併用して短時間・低コストで構築しました。
最後に、およそ20ワットの低消費電力を活かして、太陽光発電を利用した運用を実現しました。技術的な成果を整理すると、次のようになります。
- 首都とテレセンター間で任意データの送受信と共有ができる環境を実現、インターネット不要で動作し、一部が切れても全体は停止しない
- 通信速度は従来に比べておよそ100倍に高速化(現地測定値)
- 通信事業者の既設光伝送装置や長距離無線伝送装置を活用して、総延長100kmのネットワークを構成
- ルーラル地域において、太陽光のみでの自立運転を確認
今回の実験で、従来は人手で運んでいた教育コンテンツをネットワークで瞬時に伝送できるようになっただけでなく、テレセンター側の映像や写真、音声を首都へ伝送したり、それらを蓄積して共有したり、インターネットにアクセスして教育用コンテンツを検索したりダウンロードしたりすることが可能になったことを確認しました。
今後の展望
今後は、英語教育や農業教育などルーラル地域の課題解決アプリケーションをカンボジア側と連携して開発して実証していきます。さらに、世界には、電力網や公衆電話網が未整備で、第3世代以降の高速携帯電話も利用できない村落がまだまだ多く存在します。そのような地域においても、NerveNetを用いれば、自然エネルギーのみで高速な通信環境、データ共有環境が提供できることから、農業や外国語の教育、遠隔からの健康管理や健康診断、防災などルーラル地域の課題解決手段としての利用が期待されます。
補足資料
実証ネットワークの構成について (詳細)
NIPTICTのほか、カンボジア郵政・電気通信省、その傘下の通信規制庁やテレコムカンボジア等の協力も得て、地域情報共有ネットワークを構成する情報通信ステーション6局を首都プノンペンから北方約100km先のテレセンターにかけて設置した(図1参照)。
屋内型の情報通信ステーション3局をプノンペンのNIPTICTビル、テレコムカンボジアのデータセンター、プノンペンからおよそ80km先のSkun地区にある同社局舎内に設置し、同社の既設光ファイバ回線で接続した。
一方、屋外型の情報通信ステーション3局をSkun地区にある携帯通信事業者の鉄塔、そこから北方約15km先の同事業者の鉄塔、さらにそこから北方へ約1kmのテレセンターに設置した。これら3局には、それぞれオフグリッドシステムを併設して自立稼働する構成とした。2つの鉄塔間は商用の長距離無線伝送装置でつなぎ、鉄塔とテレセンター間はWi-Fiでつないだ。テレセンターに設置した情報通信ステーションには、テレセンター既設の複数のパソコンを有線接続するとともに、スマホ等を無線接続するためのWi-Fiアクセスポイント、ネットワークカメラ、気象センサも接続し、NIPTICTあるいはインターネット経由でカメラの実時間映像を受信できるようになっている(図2参照)。
実証実験開始を記念して現地で開催したワークショップと動態デモンストレーションについて
実証実験環境の構築完了と実証実験の開始に際し、2016年3月10日、首都プノンペンにおいて、NIPTICTとの共催で、Workshop on Rural ICT~The Implementation of NerveNet Pilot Project in Cambodia~と題するワークショップを開催した。NerveNetパイロット実験の成果紹介や教育・医療・農業から各分野におけるICTの重要性についての講演に続いて、実験環境を構築したテレセンターまで移動し、テレセンターとプノンペン間を結んだ遠隔医療、高速データ共有環境を用いた英語教育、農業教育の動態デモンストレーションを実施した。
NerveNetの耐災害性を活かした実証実験についての過去の報道発表・お知らせ
- 平成26年3月19日付 報道発表
「宮城県女川町で運用開始! 被災自治体での災害に強い無線ネットワークの実証実験」 - 平成27年4月23日付 報道発表
「南紀白浜で世界初の耐災害ネットワーク実証実験を開始」 - 平成27年10月28日付 お知らせ
「宮城県原子力防災訓練における耐災害ICTシステムの活用」
NerveNetの機動性を活かした実証実験についての過去の報道発表・お知らせ
- 平成23年10月17日付 報道発表
「平成23年度東京都・小平市・西東京市・武蔵野市・小金井市合同総合防災訓練において地域分散無線ネットワークを用いたデモを実施」 - 平成27年2月6日付 お知らせ
「災害時を想定した携帯電話の応急復旧に向けた公開実験を実施」
用語解説
(National Institute of Posts, Telecommunications and ICT : NIPTICT)カンボジア王国における、電気通信ネットワークやサービスに関する専門職のトレーニング及び研究を行う組織。
NICTが開発した強い耐災害性を持つ地域用情報共有ネットワーク、通称NerveNet(ナーブネット)。通信機能と情報処理機能を兼ね備えた情報通信ステーションを相互につないで構成する。網の目(メッシュ)状にも構成でき、特定箇所への通信集中を回避し、回線が切断されても迂回経路へ高速に切り替えて通信をなるべく維持する耐災害性がある。インターネットに依存せずに、データの送受信、蓄積と共有、音声通話とメッセージ交換を行う情報サービス機能を持っている。このほか、情報通信ステーション同士を接続する手段には、光回線、マイクロ波無線回線や衛星回線など各種伝送システムを用いることができる柔軟性がある。情報通信ステーション単体の消費電力は、およそ20ワット程度と小さく、伝送システムも含めて現実的な規模のオフグリッドシステムで動作させることができる。
オフグリッドとは、電力会社が電力を送電する電力網(グリッド)につながっていない電力システムを指す。今回は、750ワット級の太陽光発電パネルと2キロワット級の蓄電池で構成するオフグリッドシステムを合計3セット用いた。情報通信ステーション1箇所につきオフグリッドシステムを1セット用いると、たとえ無日照が継続しても32時間程度は電力供給が行われる。
本件に関する問い合わせ先
耐災害ICT研究センター
ワイヤレスメッシュネットワーク研究室
ワイヤレスメッシュネットワーク研究室
井上 真杉、大和田 泰伯
Tel: 042-327-7506, 090-6926-5640
E-mail:
広報
広報部 報道担当
廣田 幸子
Tel: 042-327-6923
Fax: 042-327-7587
E-mail: