国立研究開発法人情報通信研究機構
2015年7月28日
ポイント
- 患者の主観的意見に左右されない、脳画像データに基づく客観的な統合失調症解析手法を開発
- 統合失調症患者群と健常者群それぞれに特徴的な脳部位モジュールを推定することが可能
- 今後、医療の現場で使えるような、医者の診断を補完する自動診断システムの開発に期待
NICT脳情報通信融合研究センター(CiNet)の下川哲也主任研究員と大阪大学大学院連合小児発達学研究科の橋本亮太准教授のグループは、安静時の脳活動の脳画像データに対して脳内を活動の類似性で色分け(モジュール化)することにより、統合失調症患者群と健常者群それぞれに特徴的な脳部位モジュールを推定する安定的な手法を開発しました。
統合失調症のデータに基づく客観的な診断法は未だなく、患者の主観的な症状の申告により医者が診断しているのが現状です。今回開発した手法は、脳のデータに基づく客観的な診断法につながるもので、精神医学領域において注目される成果です。今後、医療の現場で使えるような、医者の診断を補完する自動診断システムの開発に発展することが期待されます。
背景
近年、脳研究の発達、脳計測技術の高精度化に伴い、精神疾患の診断に、高い空間分解能で脳活動を計測したfMRI(機能的磁気共鳴画像)データの利用が検討されてきました。
統合失調症は約100人に1人が発症する精神障害で、診断は医者が症状を診ることによってなされており、客観的な検査等による診断法は未だ確立していません。脳活動のfMRIデータの分析においては、従来は、「脳のどの部位が記憶にかかわるか」といった、主に、特定の部位を推定することに重きを置いていました。しかし、研究が進むにつれて、実際には、複数の脳部位の相互作用で、機能の発現や病気の発症に至っている可能性が見えてきました。
これまでの脳研究におけるモジュール解析は、個人の脳の解析には適用例があるものの、数十人の被験者を扱う集団解析の例はほとんどありませんでした。その最大の理由は、個人のモジュール構造のばらつきが大きすぎて、集団を特徴付けるモジュール構造を推定できないことにあります。健常者群と患者群を判別するためには、同一群のばらつきが少なく、両群を比較すると大きな差が出るような、適当な指標を選ぶ必要がありますが、集団のモジュール構造については、まだできていないのが現状でした。
今回の成果
今回、我々のグループは、統合失調症患者の安静時脳活動のfMRIデータに対して、被験者間の差を考慮しつつ、従前の各個人でモジュール分け(色分け)する方法ではなく、新しい試みとして、平均化せずに、全員を一度に色分けすることにより、モジュール解析する手法を開発しました。
この手法を使うことにより、結果のばらつきが少なくなり、安定的に、統合失調症患者群と健常者群それぞれに特徴的な脳部位モジュールを推定することが可能となりました。これは、患者の主観的意見に左右されない、脳画像のデータに基づく客観的な診断法につながり、精神医学領域において注目される成果です。
さらに、今回開発した手法により、今後、医療の現場で実際に使えるような、医者の診断を補完する自動診断システムの開発に発展することが期待されます。
今後の展望
本研究成果は、第38回日本神経科学大会において、初日の7月28日(火)11:15〜12:45に、神戸国際会議場4階403にて記者発表されます。
補足資料
ここでは、色自体の類似度ではなく、色の境界(塗り分け方)の類似度を見ます。具体例で説明します。
図1にも示したとおり、我々は、2つのデータセットそれぞれに患者群、健常者群を用意し、計4群についてモジュール解析を行い、その類似性を比較しました。1st data setの患者群をA、健常者群をB、2nd data setの患者群をC、健常者群をDとおいて、類似度を図2に示しました。類似度は、以下の手順に従って決めました。
- 2つの脳部位(境界を比較するため2つ必要)を選び、両群で色を比較します。
- どちらの群でも、2つの脳部位が同じ色ならば、類似しているとみなします。
(例: A群(黄、黄)、C群(黄、黄)) - どちらの群でも、2つの脳部位が違う色ならば、類似しているとみなします。
(例: A群(青、緑)、C群(黄、緑)) - 2つの脳部位が同じ色の群と違う色の群ならば、類似していないとみなします。
(例: A群(黄、黄)、B群(緑、青)) - 別の2つの脳部位を選び、手順2から4を繰り返し、すべての脳部位のペアの組合せを調べ、類似する割合を計算し、類似度とします。
図2のように、適当に選んだ2つの脳部位(白抜きの丸)について比較します。
例えば、A群は黄色と黄色、C群も黄色と黄色の場合、上記の手順2に該当するため、類似度に貢献します。一方、A群は黄色と黄色、B群は緑色と青色の場合、上記の手順4に当てはまり、類似していないとみなされます。こうして、すべての脳部位のペアを全部調べ、2つの群のモジュール構造(色の塗り分け)の類似度を決めました。
その結果、1st data setで患者群と健常者群で違いが出るだけでなく、2nd data setでも同様の違いが生まれ、しかも、患者群同士では類似し、健常者群同士でも類似していることがわかりました。このことから、今回の提案手法は、データセットを変えても、同様の結果を安定的に出すことのできる解析法と言うことができます。
用語解説
思春期青年期の発症が多く、幻覚・妄想などの陽性症状、意欲低下・感情鈍麻などの陰性症状、認知機能障害等が認められ、多くは慢性・再発性の経過をたどる。
「ネットワーク理論」とは、部分ではなく、全体の相互作用を表現する学問。例えば、「関西空港はハブ空港になり得るか?」という文章での「ハブ」はネットワーク理論用語である。1か所からたくさんの箇所への結合が多いことを意味する。
今回、統合失調症のデータを解析するに当たって、最も有効なネットワーク理論用語は「モジュール」と考えた。そもそも脳は膨大な要素が複雑に組み合わさった大規模複雑なシステムである。これを解析して理解するためには、中程度の大きさのグループ(すなわちモジュール)に分けて、少ない要素で構成される簡略化したシステムに落とし込む必要がある。例えば、最近の電気製品はモジュール化が進んでおり、故障した場合は、関連部分(例えば液晶部分)を丸ごと差し替えて処理することが多い。
脳研究でもモジュール構造の重要性は高く、特に、統合失調症のように特定部位に病気の原因があるとは言いづらいケースでは、こうしたモジュール構造の解析によるシステムの簡略化が、機能の理解においても、病気の治療においても有効と言える。
近年、脳研究においては各部位の関連を表現するために「ネットワーク」構造を推定する手法が注目を浴びるようになった。ネットワークとは、脳の各部位の間がつながっているかどうかを表現する一手法である。
fMRIデータの波形が似ていれば「つながっている」とみなし、脳ネットワークを推定することができる。次に、得られたネットワークを更に解析することにより、互いに波形の似た者同士を見分け、色として塗り分ける。これをモジュール解析と呼ぶ(上図参照)。
本件に関する問い合わせ先
脳情報通信融合研究センター(CiNet)
脳情報通信融合研究室
脳情報通信融合研究室
下川 哲也
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広報
広報部 報道担当
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