国立研究開発法人 情報通信研究機構
2015年6月3日
ポイント
- 1.5ミクロンレーザ光による低軌道地上間通信、50kg級超小型衛星に搭載し軌道上実証に成功
- 大気ゆらぎ影響下で光衛星通信の誤り訂正等通信方式を実現、正常に機能することを実証
- 周波数資源の制約を受けず、かつ、低コストで将来の光衛星通信の超大容量化を実現可能に
NICTは、1.5ミクロンレーザ光を用いた低軌道衛星と地上間の通信のための超小型光通信機器(小型光トランスポンダ、SOTA)の開発と宇宙空間における機能実証、さらに、独自に実装した誤り訂正機能を用いた伝送実験に世界で初めて成功しました。これらの実験は、2014年5月末に打ち上げられた50kg級の超小型衛星SOCRATESに搭載して実施してきました。超小型衛星に搭載可能な光通信端末の成功は、装置開発としても画期的な成果です。
背景
伝送するコンテンツの大容量化や観測衛星の高性能化により、衛星通信の超高速化、大容量化への要求が高まり、周波数資源の逼迫の制約を受けない宇宙光通信技術が将来の技術として期待されています。これまでの宇宙光通信ミッションでは、波長0.8ミクロンや1ミクロンのレーザ光が用いられてきました。地上光ファイバー網の通信において既に実用化されている1.5ミクロン帯のレーザ通信技術を宇宙光通信に適用できれば、宇宙通信の超高速化・大容量化が低コストで実現する可能性が期待されます。
NICTでは、世界に先駆けて1.5ミクロン帯の低軌道衛星と地上間の通信技術の基礎研究と装置技術の宇宙環境における実証を目指して、超小型光通信機器である小型光トランスポンダ(Small Optical TrAnsponder: SOTA)を開発してきました。SOTAは、SOCRATES衛星に搭載されて2014年5月に打ち上げられ、衛星バスのチェックアウトに続き、8月以降、軌道上試験と実験を実施してきました。
今回の成果
NICTは、1.5ミクロンの波長で通信をする光通信機器を、50センチ角の超小型衛星搭載用の通信装置として開発・実装してきました。このたび、光通信を用いて、衛星で撮影した地球の画像を地上に直接伝送することに成功しました。1.5ミクロン帯のレーザを用いた低軌道衛星と地上間通信の軌道上環境での実証としては世界で初めての成功です。また、50センチ角の超小型衛星に搭載可能な小型で低消費電力(質量5.9kg、消費電力15W)の装置開発を実現したことは、画期的な成果です。
大気ゆらぎによるデータ消失やデータ伝送エラーは光通信特有の問題で、これを解決しなければ、実用的な衛星と地上間通信システムの実現は困難です。
NICTでは、この問題を解決すべく、送信(衛星)側の演算負荷が小さく衛星搭載に適した誤り訂正符号(LDGM)をSOTAに実装しました。今回、衛星に搭載したカメラによる地球画像の伝送実験を行い、その結果、伝送路で発生した誤りを訂正し、正しい画像データに復号して受信できることを確認しました。
電波以外の手段による衛星通信の実現により、周波数資源の逼迫による制約を受けずに大容量化が可能になることが期待されます。
今後の展望
さらに、今後は、様々な応用実験の実施や実用システムの開発に取り組み、長期間にわたって軌道上で動作することを検証してまいります。
また、SOTAは海外の関連研究機関からも多大な関心と実験参加の要望が寄せられており、順次、実験参加機会を提供することにより、世界の研究開発をリードするとともに成果の拡大を図ります。
これらは、各機関との協力の下、研究成果として取りまとめられ、宇宙機関間のデータ通信方式に関する標準化組織である宇宙データシステム諮問委員会の勧告文書や技術標準に反映される予定です。
補足資料
低軌道衛星と地上間の光通信の実証について
衛星との通信に光を用いた場合、電波に比べて小さな直径のアンテナ(望遠鏡)でも高い利得が得られ、効率的にエネルギーを伝送できるため、搭載できる通信装置のサイズに制限のある衛星通信において伝送効率を飛躍的に向上させることが可能になります。1.5ミクロン光源を用いた光通信は、インターネットなど地上の基幹通信網の光ファイバー通信に用いられており、この波長帯の技術やデバイスを衛星通信に適応できれば、宇宙通信の超高速化を低コストで実現できると期待されます。
海外の宇宙機関の取組としては、これまで、米国のジェット推進研究所が2014年に国際宇宙ステーションと地上間で1.5ミクロン光源を用いた通信に成功していますが、搭載装置を宇宙環境には暴露させず、大型の与圧チャンバに装置を格納して、地上と同じ1気圧の環境の中で動作させたものです。今回のNICTの成果は、宇宙環境下における初めての技術実証となります。
十分なエネルギーをやり取りするために正確に相手を追尾して光を送り続ける必要がありますが、低軌道衛星は、静止衛星などと異なり、地上から見た場合の移動速度が非常に速く、お互いの捕捉追尾に高い精度が要求されます。また、地上との通信は、予測することのできない大気ゆらぎの影響を克服することが必要です。このため、低軌道衛星と地上間の光通信は、衛星間通信や地上と静止軌道間通信に比べ、難度の高い先進的な技術課題といえます。
超小型衛星への搭載について
今回開発したSOTAは、50kg級の超小型衛星に搭載して軌道上実証を行うために開発したものです。このような小さな衛星に搭載することを目標にした光通信実験機器の開発成功例は、世界で初めてです。
衛星通信を光で行うことのメリットの一つは、波長が短いため、装置を小型化できる可能性があることです。このような小さな衛星に搭載するための設計、開発、試験等でなされた工夫や得られたノウハウは、今後、高性能な実用システムを小型かつ軽量な装置で実現していくための貴重な技術的成果となります。一方、近年、大学や中小規模の企業で盛んに取り組まれている相乗り超小型衛星の通信システムに応用できる可能性もあります。シンプルかつ安価な装置として実現するためには、SOTAを用いた軌道上実験は貴重な実験機会を提供するとともに、実現可能性を実証する貴重な成功例となりました。
誤り訂正符号について
地上衛星間光通信を行う場合、通信光は長大な大気層を通過して相手方に到達します。その際、大気の屈折率変化により通信光の大気ゆらぎが発生し、通信品質が大きく劣化するという問題があります。大気中の光の屈折率は温度や気圧などにより変化しますが、大気は絶えず風などの影響により変化し続け、絶えず揺らいでいます。大気ゆらぎの大きさは様々な要因で決まると考えられており、その特性は時々刻々に変化し予測が困難です。そのため、大気ゆらぎによる通信品質の劣化は、地上衛星間光通信特有の解決すべき大きな課題の一つです。
通信品質劣化の解決方法の一つとして誤り訂正符号があります。大気ゆらぎにより通信データの欠損が発生すると、地上局で正常なデータを得ることができません。そこで、データを送信する際にあらかじめパリティと呼ばれる付加情報をデータに加え、それを用いて受信局側で誤りを訂正して正常なデータを復元しようとするものです。
SOTAは、大気ゆらぎと誤り率を計測するための基準信号を送信する機能に加え、実際に、誤り訂正符号の機能を搭載しており、電波通信でも広く用いられているリードソロモン(RS)符号に加え、LDGM (Low-Density Generator Matrix)符号を搭載しています。LDGM符号は、LDPC(Low-Density Parity Check)符号の一種であり、符号化する際に検査行列を用いて演算することができるという特徴があります。そのため、LDPC符号と比べて、符号化演算に必要な演算時間が少なくて済むという利点があります。衛星システムでは計算や信号処理に用いる処理装置等のリソース制限が厳しいため、演算負荷が少ないLDGM符号は、衛星搭載に適した符号方法であると考えています。
SOTAによる衛星実験では、LDGM符号を施した写真データを送信し、地上局で大気ゆらぎや実験装置に起因するデータの誤りを訂正し、エラーなしで写真データを復号できることを示しました。
LDGM符号の実装に当たっては、名古屋工業大学大学院工学研究科 岡本英二准教授にご協力をいただきました。
海外機関との協力について
SOTAは、1.5ミクロン光源を用いた衛星光通信について、国外の研究機関からも多大な関心と実験参加の要望が寄せられています。NICTでは、これら海外機関へも実験参加機会を提供することにより、国際的な研究開発をリードするとともに、NICTが保有する国内地上局だけでは得られない実験例やデータを取得していく予定です。例えば、欧州宇宙機関(ESA)が保有するカナリー諸島の地上局との実験では、大気が極めて安定した環境に設置された地上局との間の伝搬データを得ることができます。また、複数の地上局で送受信可能とすることによって、100パーセントの回線稼働率を目指すサイトダイバーシティ技術の基礎実証実験なども予定しています。今後、ESA宇宙技術研究センター、フランス国立宇宙研究センター、ドイツ航空宇宙センターなどと共同実験を実施する予定です。
これらは、各機関との協力の下、研究成果として取りまとめられ、宇宙機関間のデータ通信方式に関する標準化組織である宇宙データシステム諮問委員会(CCSDS)の勧告文書や技術標準に反映される予定です。
用語解説
通常は、地表から350~1400キロメートル程度の比較的低い高度の軌道で地球を周回する衛星、いわゆる地球観測や天文観測を目的とした衛星。静止衛星に比べ、地上から見た場合の移動速度が速く、捕捉追尾等光通信という視点からは静止衛星よりも技術的難度は高い。
SOTAは、超小型光通信機器で、望遠鏡直径は約5cm、質量は約6kgである。
地上の光ファイバー網と同じ1.5ミクロンの波長の光を用いた光通信実験を低軌道衛星と地上間で行い、将来の宇宙光通信技術開発に必要な基礎的な知見を得るとともに、要素技術について軌道上実証を行うために開発された。
株式会社エイ・イー・エス(代表取締役社長: 吉田 忠彦)が、小型衛星標準バス技術の実証と先進的なミッション/要素技術の軌道上実証機会の提供を目的として開発した50kg級超小型衛星。3軸姿勢制御やGPS受信機による軌道位置決定機能を有する。様々な目的のミッションに適用できる標準的な超小型衛星バス技術の確立を目指し、2014年5月24日にH-ⅡAロケット24号機の相乗り副衛星として打ち上げられた。打ち上げ後、衛星バスのチェックアウトにより正常に機能していることが確認され、同年8月以降、軌道上試験と実験を実施している。
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本件に関する問い合わせ先
ワイヤレスネットワーク研究所
企画室 秋岡 眞樹
宇宙通信システム研究室 竹中 秀樹
Tel: 042-327-7640
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広報部 報道担当
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