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外から来たDNAの細胞内侵入を感知するDNAセンサーを発見

~DNAセンサータンパク質BAFの働きで外来DNAはオートファジーから免れる~

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2015年5月19日

国立研究開発法人 情報通信研究機構

ポイント

    • 細胞内に侵入したDNAはBAFの働きでオートファジーからの攻撃を回避することを発見
    • これまでブラックボックスだった細胞内での反応を可視化することに成功
    • 細菌感染やウイルス感染過程の理解や遺伝子デリバリー・遺伝子治療法開発に貢献

NICTは、未来ICT研究所において、細胞の有用な仕組みを発見しました。その仕組みとは、DNAセンサー分子BAFの働きで、ウイルス感染や遺伝子導入の際に持ち込まれる外来DNAが細胞内に侵入した時にオートファジーの攻撃から免れるというものです。今回、これまでブラックボックスだった外来DNAが細胞内に入った時の生体反応を明らかにし、BAFというタンパク質が核膜に似た膜構造をDNA周辺に作ることによって、オートファジーを抑制することを発見しました。
この成果は、将来、埋め込み型の通信媒体を生体・細胞内に導入することを想定した新たな通信方法の創生に大きなブレークスルーとなります。また、DNAセンサー分子の発見が期待されていた免疫学の分野や、細菌感染やウイルス感染で起こる外来DNAの細胞内反応過程の解明が望まれている感染医学分野、遺伝子デリバリー・遺伝子治療分野などに貢献する成果です。
なお、本研究成果は、2015年5月18日15:00(米国Eastern Time)に国際的科学誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」オンライン速報版で公開されます。

背景

NICT 未来ICT研究所 バイオICT研究室では、ヒトを構成する約37兆個の細胞に働きかけを行う『究極のICT技術』の創出に向けて研究開発を行っています。様々な物質や情報が飛び交う細胞の仕組みや動作原理の解明についての研究はもとより、埋め込み型の通信媒体の開発を想定して、細胞内に生体-非生体ハイブリッドマテリアルを導入し、細胞内に人為的に制御可能な微小空間を創生する取組を行ってきました。免疫学の分野では、外来DNAの侵入を感知するDNAセンサー分子の発見が待たれております。また、細菌感染やウイルス感染などの感染症の治療分野では、感染した細菌やウイルスのDNAが細胞内で、どのように処理されるか、長年にわたって不明のままとなっています。さらに、遺伝子治療の分野では、安全かつ高効率なDNAの細胞核伝送技術の早期開発が待ち望まれている状況にありました。

今回の成果
細胞内に入ったDNAビーズの電子顕微鏡写真 赤は核膜に似た膜。緑はオートファジー関連の膜。
細胞内に入ったDNAビーズの電子顕微鏡写真
赤は核膜に似た膜。
緑はオートファジー関連の膜。

今回、研究グループは、細胞内に侵入した外来DNAを検出する新たなDNAセンサー分子を発見しました。このDNAセンサー分子は、バリアーツーオートインテグレーションファクター(通称、BAF)と呼ばれるタンパク質です。DNAを取り付けたビーズ(DNAビーズ)を細胞内に取り込ませることによって、DNA侵入時に起こる生体反応を観察し、今までブラックボックスだった細胞の内部を可視化することに成功しました。
これにより、我々は、BAFが外来DNAの周辺に核膜に類似した膜構造を集合させることで、オートファジーからの攻撃を回避するという仕組みを発見しました。
これらの発見は、今後、免疫学の分野や、感染医学分野、遺伝子治療分野などに貢献するものと期待されます。

今後の展望

今後、細胞内に制御可能な微小空間(「細胞核」を想定)を創る研究開発を行っていきます。BAFがオートファジーを抑制する仕組みを明らかにすることにより、安全かつ高効率な遺伝子デリバリーの実現を目指します。

掲載論文

米国科学アカデミー紀要(PNAS)
Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America
オンライン速報版:http://www.pnas.org/content/early/recent
掲載論文名:BAF is a cytosolic DNA sensor that leads to exogenous DNA avoiding autophagy
著者名:Shouhei Kobayashi, Takako Koujin, Tomoko Kojidani, Hiroko Osakada, Chie Mori,
Yasushi Hiraoka, and Tokuko Haraguchi



補足資料

今回の成果の概要

細胞が、細菌感染やウイルス感染を受けた場合には、外から入ってきたそれらの“異物”を迅速に捉えて、適切に処理することが、その生存に極めて重要なことです。一方、遺伝子治療を行いたい場合や、効率よく遺伝子改変を行いたい場合には、用意したDNAを何らかの方法で細胞内に入れる必要があります。これまで、DNAが、細胞の外から細胞の内に入ってきた時に、細胞がどのように応答するかについては、ほとんどわかっていませんでした。今回、我々は、数マイクロメートルの人工ビーズ(ポリスチレン)にDNAを結合させたDNAビーズ(図1参照)を細胞質内に入れ、そのDNAビーズが細胞内に入った瞬間を可視化することに成功しました。

図1:作成したDNAビーズ

細胞に侵入したDNAビーズは、まず、酸性のエンドソームに取り込まれますが、その状態では、本当の意味で細胞内(細胞質内:タンパク質が合成される場所)に入ったとは言えません。細胞質とは膜で隔たれたエンドソーム内に留まっているからです。我々は、DNAビーズに、特殊な試薬(環境の酸性度を蛍光の有無で識別できる試薬:pHrodoTM)を結合することによって、DNAビーズが酸性エンドソームから、中性の細胞質に入った瞬間を捉えることに成功しました(図2参照)。DNAビーズが細胞質内に入るとすぐに(秒のオーダーで)、細胞内に存在するタンパク質、バリアツーオートインテグレーションファクター(BAF)が、DNAに結合することを発見しました。BAFは、細胞質内に存在するタンパク質であり、細胞質に侵入したDNAを捉えるDNAセンサー分子として働くことが、本研究から初めて明らかになりました。

図2:細胞内に入ったビーズ
図2:細胞内に入ったビーズ

左:ヒトHeLa細胞。黄色波線は細胞の外周。白枠内にあるのがDNAビーズ。
  緑色はGFP-BAF。赤色はpHを示すマーカ。
  赤色は酸性エンドソーム内にあることを示す。赤が消えると、細胞質に入ったことを示す。

BAFが集合すると、5-10分程度で、DNAビーズ周辺に核膜に似た膜構造が形成されます(図3参照)。

図3:DNAビーズの周辺に形成された膜構造 左:蛍光画像、中央:電子顕微鏡画像、右:膜構造を色付けした画像
図3:DNAビーズの周辺に形成された膜構造
左:蛍光画像、中央:電子顕微鏡画像、右:膜構造を色付けした画像

ほぼ同時期に、オートファジー膜もDNAビーズの周辺に集まりますが、核膜に似た膜が形成されたビーズでは、オートファジー膜はビーズを“喰う”ことはなく、次第になくなっていきました(図4参照)。BAFの量を減らした細胞では、このような効果(BAF集積による核膜形成と、その後のオートファジー膜回避)は見られませんでした。

図4:BAFによる核膜集合とオートファジー膜集合の関係
左:1時間後では、オートファジー膜が存在するが、4時間後には存在しない。
右:統計データ。縦軸は、BAFが結合したビーズ当たりのオートファジー膜(LC3)が存在するパーセント。
  横軸は時間。時間が経つにつれて、オートファジーが減少するのが分かる。

今回の発見は、細胞外から侵入したDNAが細胞質内で受ける扱いを分子レベルで明らかにしたものです。オートファジーは、細菌感染では細胞内免疫として働くと考えられていましたが、DNAが細胞質内に侵入した場合には、核膜構造を作ることによって、オートファジーを回避し得ることが分かりました。
ウイルス感染の治療を目指す場合には、人為的に外来DNAを排除することが求められます。一方、遺伝子治療の場合には、人為的に外来DNAを細胞核内に伝送することが求められます。いずれの場合であっても、細胞の性質を正しく理解する必要があります。今回の発見は、安全・安心な感染症治療・遺伝子治療、高効率な遺伝子デリバリーを実現する上で有用な知見を提供するものです。

今回発見した仕組み
図5:細胞内にビーズを入れた際の細胞内反応 左:DNAビーズを入れた場合、右:DNA無しビーズを入れた場合
図5:細胞内にビーズを入れた際の細胞内反応
左:DNAビーズを入れた場合、右:DNA無しビーズを入れた場合


図5は、細胞内にビーズを入れた時の細胞内反応を表したものです。
左図は、DNAビーズを入れた場合です。DNAビーズを入れると、酸性エンドソームを通って入っていき、エンドソーム膜が破れると、BAF分子が数秒以内にDNAに結合します。その後、10分以内に核膜に類似した膜構造が形成されます。核膜形成が進むことによって、オートファジー膜が集合し、オートファゴソームが形成されるのが抑制されます。
右図に、コントロールとして、DNA無しビーズが細胞内に入ったときの細胞内反応を示します。BAFによる核膜形成が起こらないために、オートファジーによって分解経路に運ばれます。



用語解説

DNAセンサー分子

生物にとって、外来のDNAを迅速に検知して、適切な対応をすることは、病原菌や病原性のウイルスから身を守るために重要である。そのような観点から、これまでに外来性のDNAを検知する分子として、様々なDNAセンサー分子が発見されている。TLR9(Toll-like receptor 9)、DAI(DNA-dependent activator of IRFs)、STING(stimulator of interferon genes)pathway、PYHINsファミリータンパク質など、様々なタンパク質が発見されている。

BAF: バリアーツーオートインテグレーションファクター

バリアーツーオートインテグレーションファクター(barrier-to-autointegration factor: BAF)は、HIVウイルス(ヒト免疫不全ウイルス)が感染する際に、ウイルスDNAが(自分自身のDNAに取り込まれずに)ホストである細胞側のDNAに取り込まれる時に必要なホスト側の因子として同定されたタンパク質であり、二重鎖DNAに結合する性質がある。Vaccinia virus(ワクシニアウイルス)の感染では、BAFをリン酸化して、DNAと結合させなくする活性を持っているものが感染することができることが知られている。一方、BAFは、核膜形成に必要なタンパク質であることも分かっている。

オートファジー
オートファジーの概念図
オートファジーの概念図

オートファジーは、細胞が飢餓状態(アミノ酸欠乏)に陥ると、“自分自身”(細胞質)を食べてアミノ酸の基となる窒素源を補充する仕組みから名付けられた。しかし、今では、細菌やウイルスが細胞内に侵入した時に、それらを攻撃する細胞内免疫としても考えられている。
オートファジーの仕組みを右図に示す。細胞内の一部をオートファゴソームと呼ばれる膜構造で覆い、リソソームと融合することで、オートファゴソーム内に閉じ込めた細胞質成分を分解する。



本件に関する 問い合わせ先

未来ICT研究所
バイオICT研究室

小林 昇平、原口 徳子
Tel: 078-969-2241
E-mail:

広報

広報部 報道担当

廣田 幸子
Tel: 042-327-6923
Fax: 042-327-7587
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