国立研究開発法人 情報通信研究機構
2015年4月1日
ポイント
- ナノ光構造を用いて、深紫外LEDの光取出し効率を大幅に向上することに成功
- 最も殺菌性の高い波長265nm、室温・連続動作で、世界最高の光出力90mW超を達成
- 殺菌、飲料水・空気の浄化、医療、家電、食品流通、ICT分野など幅広い分野への展開に期待
NICTは、株式会社トクヤマ(社長: 横田 浩)と共同で、深紫外波長帯において世界最高出力となる90mW(ミリワット)超の深紫外LEDの開発に成功しました。
ナノ光構造技術により、深紫外LEDの光取出し効率を大幅に向上させることで、小型・高出力な深紫外LED光源を実現しました。今回開発した深紫外LEDは、最も殺菌性の高い波長265nm、室温・連続動作で、光出力90mWを達成したこれまでにない実用上要求される水準を十分に上回ったものです。
薬剤を用いないクリーンな殺菌システムの実現や既存の水銀ランプの置き換え、新規市場の創出など大規模な需要が見込め、殺菌から医療、工業、環境、ICTに至るまで幅広い分野の産業、生活・社会インフラに画期的な技術革新をもたらすことが期待されています。
本研究成果は、米国応用物理学会誌Applied Physics Letters(電子版 平成27年4月1日(水)発行予定)に掲載されます。なお、本成果の一部は、国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)A-STEP事業の支援の下に実施されました。
背景
深紫外波長帯(200~300 nm)で発光する半導体発光ダイオード(LED)は、ウィルスの殺菌や飲料水・空気の浄化、光加工、樹脂硬化、環境汚染物質の分解、食品流通分野、院内感染予防、光線外科治療、種々の医療機器、ICT利用など、幅広い分野で、その応用が期待されています。これまで、既存の深紫外光源として、主に、水銀ランプなどのガス光源が用いられていました。しかし、ガス光源は寿命が短く、発光波長がガスの輝線のみで限定される上、水銀などの人体・環境に有害な物質を含みます。また、光源のサイズ、消費電力も極めて大きいことから、その利用範囲は制限されており、代替技術実現への要請が高まっていました。このような背景の下、水銀フリー、低環境負荷で小型、高出力な深紫外LEDの開発が強く望まれています。近年、窒化物系半導体(AlGaN:窒化アルミニウムガリウム)を用いた深紫外LEDの開発が世界的に活発化していますが、深紫外LEDでは光取出し効率が極めて低いという問題を抱えており、高出力化が困難な状況で、小型、高出力な深紫外LEDを実現するためには、この課題を解決する新しい技術の開発が必要とされていました。
今回の成果
今回、新たに開発したナノ光構造技術を駆使して、深紫外LEDの光取出し効率を大幅に向上させることで、深紫外波長帯において世界最高出力となる深紫外LEDを実証することに成功しました。殺菌効果が最も高い発光波長265nm、電極メサ面積0.1mm2、室温・連続動作において90mWを達成し、実用上要求される水準を十分にクリアーする、これまでにない小型、高出力な深紫外LEDを実現しました。
今回開発したAlGaN系深紫外LEDは、結晶欠陥の発生を低減できる窒化アルミニウム(AlN)基板上に作製していますが、AlN基板は一般的に用いられるサファイア(Al2O3)基板に比べ屈折率が高く、これまでは基板表面での全反射により、極めてわずかな光しか外部に取り出すことができませんでした。この問題を解決する新しい技術として、理論・実験両面の工夫により、従来にない光取出し構造を開発しました。光取出し面となるAlN基板表面に2次元フォトニック結晶とサブ波長ナノ構造とを組み合わせたハイブリッド光取出し構造を作製することにより全反射を抑制し、光取出し効率の向上率196%を達成しました。実用上重要なデバイス性能指標である光出力密度として90W/cm2(発光波長265nm、室温・連続動作)を実現し、他研究機関を大幅に上回る高出力動作に成功しております。今回新たに得られた小型、高出力な深紫外LEDは、これまで適した光源が無く実現が難しかった様々な新しい深紫外光を利用したアプリケーション開発の可能性を広げることが期待されます。
今後の展望
今回、深紫外波長において世界最高となる90mW超の小型、高出力な深紫外LEDの開発に成功し、実用上要求される水準を満たす性能を実証したことにより、今後の深紫外LEDの本格的な普及、応用製品群の実現に向けて大きな進展が期待されます。小型・ポータブルで高出力な深紫外LEDの実現は、既存光源市場の置き換えだけではなく、持ち運び可能なウィルス殺菌システムやポイントオブケア型の医療診断・分析など、これまでにない様々な新規市場の創出も期待されます。研究グループは、深紫外領域での光取出し技術を一層深化させることで、可視LEDに匹敵する性能を実現するべく今後も取り組んでいくとともに、新しい深紫外光技術を通じた新規産業の創出、安心安全で持続可能な社会づくりへの貢献を目指してまいります。
米国応用物理学会誌 Applied Physics Letters
掲載論文名: Light extraction enhancement of 265 nm deep-ultraviolet light-emitting diodes with over 90 mW output power via an AlN hybrid nanostructure
著者: Shin-ichiro Inoue, Tamari Naoki, Toru Kinoshita, Toshiyuki Obata, Hiroyuki Yanagi
補足資料
今回開発した深紫外LED
深紫外LEDの性能向上において最大の課題となる低光取出し効率の問題に対し、今回開発した深紫外LEDでは、AlN基板表面(光取出し面)に独自のナノ光構造を付加することで、光取出し効率の大幅な向上を達成しました。発光波長オーダーの理論的に最適化された周期凹凸構造(フォトニック結晶)に加えて、それより十分に小さなサブ波長構造をハイブリッドした全く新たな光取出し構造を発案・創製することにより、エスケープコーンの拡張(全反射の抑制)とフレネル反射の低減に成功しました。本構造は、光取出し効率の向上だけでなく、素子間の光出力均一性、作製コスト、歩留りの向上などにも配慮した高機能構造であり、難加工性AlN基板を用いた深紫外LEDに対する微細加工技術を確立することで、極めて高精度・高均一なナノ光構造加工に成功しております。
作製された深紫外LEDの光取出し面からの光出力向上比を評価した結果、フラット表面と比較し、ハイブリッド光取出し構造を付加した場合の光取出し効率の向上率は196%と大幅に向上しました。光出力パワーの測定の結果、室温・連続動作、電極メサ面積0.1mm2、発光波長265nmのAlGaN系深紫外LEDにおいて、深紫外領域の世界最高値に相当する90mWという高出力動作を実証しました。外部量子効率としても、発光波長270nm以下における世界最高値6.3%(200mA時)が得られております。
従来の深紫外光源としては、主に、水銀ランプなどのガス光源が使用されてきましたが、ガス光源は波長が限定的であり、寿命も短く、そのサイズ、消費電力も極めて大きいことから、その利用範囲は制限されていました。また、2013年10月「水銀に関する水俣条約」が採択され、水銀などの人体・環境に有害な物質の削減・廃絶に向けた国際的な取組が加速しており、2020年以降、水銀を含む製品の輸出入が原則禁止される見込みとなっております。このため、既存の水銀ランプなどのガス光源を置き換える新たな光源の開発実現が切望されています。今回開発した深紫外LEDは、半導体光源特有の低環境負荷、波長選択性、長寿命、メンテナンスフリーなどの特徴を有することはもちろん、小型、高出力、高効率な特徴も備え、殺菌、情報通信・電子産業、環境、医療、流通など、極めて幅広い分野に対するインパクト、応用展開が期待されます。
用語解説
深紫外(Deep Ultraviolet: DUV)波長とは、紫外線よりも更に短い波長領域を示し、ここでは200~300 nmの波長領域として定義している(より広く200~350 nm付近までの波長帯を含める場合もある)。現在のところ、半導体発光ダイオード(LED)を用いて実現できる最も短い発光波長が、この深紫外波長領域に対応する。深紫外光の中でも、特にUVC領域として分類される280nm以下の光は、オゾン層ですべて吸収されるため、280nm以下の太陽光は地球上には降り注がず、ソーラーブラインド領域と呼ばれる。そのため、この波長領域の小型光源が開発されれば、殺菌から通信、医療など様々な分野で従来にない新しい技術革新が期待される。例えば、生物のDNAやRNAは自然界には存在しない280nm以下の光を浴びると損傷される。この特性により、深紫外光を使えば、塩素などの有害な薬剤を用いずに、細菌やウィルスなどを効果的に殺菌・無害化できる。特に、265nm付近の波長は、DNAの吸収ピークと重なるため、応用上、最も重要なターゲット波長の一つとなる。
光の波長(数百ナノメートルオーダー)以下の微細構造を駆使した光の人工操作技術。ナノメートル(nm)とは、10億分の1メートルを表す単位。今回開発した深紫外LEDでは、数十nmのサブ波長構造と数百nmのフォトニック結晶をハイブリッドした新しいナノ光構造技術を創出することにより、既存のモスアイ構造やマイクロレンズ構造などと比較して、全反射を大幅に抑制することに成功した。これにより、光取出し効率を大きく向上させることで深紫外LEDの高効率化、高出力化を実現した。
水銀ガスを閉じ込めたガラス管内でアーク放電を起こし発光させる光源。254nmや365nmなどの輝線を発し、深紫外領域における最も代表的な光源で、様々な産業、用途において用いられている。しかし、2013年10月「水銀に関する水俣条約」が採択され、人体・環境に有害な水銀の削減・廃絶に向けた国際的な取組が加速しており、2020年以降、水銀を含む製品の輸出入が原則禁止される見込みとなっている。このような背景から、既存の水銀ランプを置き換える小型固体光源の実用化が強く期待されており、低環境負荷で高効率・長寿命な深紫外LEDの開発実現が強く望まれている。
窒化アルミニウム(AlN)と窒化ガリウム(GaN)の混晶材料。直接遷移型の半導体であり、AlNとGaNの混晶組成比を変えることで、その発光波長を深紫外領域のほぼ全域(210~365nm)で任意に制御することが可能である。深紫外LEDを実現する上で現在のところ最も適した材料であると考えられており、世界中の研究機関・企業が開発競争を繰り広げている。
半導体内の活性層で発光した光のうちでLED外部へ有効に取り出された光の割合。AlGaN系深紫外LEDの高効率化・高出力化を阻んでいる最大の要因が、極めて低い光取出し効率の問題である。これは、透明な電極を形成することが困難であるという、発光エネルギーの高い深紫外LED特有の問題であり、p型GaN層やコンタクト層での内部吸収や基板界面・表面での全反射などによって、光を外部に取り出すことが難しく、活性層で発光した光の大部分が吸収され熱エネルギーに変換されてしまうことがその原因である。特に、AlN基板ではサファイア基板などと比較し、屈折率が大きく(n=2.29 @265nm)、臨界角が小さくなり(25.9°)、極めてわずかな光しか外部に取り出すことができない。3次元時間領域有限差分(3D-FDTD)法による理論計算の結果、p型GaN層の吸収なども考慮すると、AlN基板のフラット表面(光取出し面)側から取り出せる光の取出し効率は、約4%と極めて低い値となる。
結晶内では原子が規則正しく並んでいるが、その配列が乱れている部分を結晶欠陥と呼ぶ。半導体LEDでは結晶欠陥が多いと電流を注入してできた電子・正孔ペアが欠陥を介して非発光で熱に変換されやすくなるため、結晶の品質を上げ、この欠陥密度をできるだけ少なくすることが応用上重要となる。特にAlGaN系窒化物半導体では、一般的にサファイア(Al2O3)基板が用いられるが、LEDを形成するAlGaN層とサファイア基板との格子定数差(>13%)や熱膨張係数差が大きいために、108cm-2以上という高密度な結晶欠陥(転位)が活性層内で発生することがよく知られている。
極めて大きなバンドギャップを持つ窒化物半導体であり、波長200nm付近までの光に対し透明性を有する。特に、ハイドライド気相成長(HVPE)法により作製したAlN単結晶基板は不純物の取込みが少なく、昇華法などの手法で作製したものよりも高い光透過性を示す。このようなAlN単結晶基板上にAlGaN系深紫外LEDを作製することで、従来のサファイア(Al2O3)基板上のLEDと比べ、格子定数のミスマッチが解消でき、結晶欠陥(貫通転位)の極めて少ない高品質な結晶を形成できる。
光波長程度のスケールで屈折率を周期的に空間変調した光ナノ構造物。フォトニック結晶の中では、光分散関係を人為的に操作することができるため、一様媒質中では起こり得ないフォトニックバンドギャップやスローライトなどの特異な光状態を創出することができる。そのような性質を用いて、光をナノ微小領域に閉じ込めたり、逆に、取り出したりするなど、光と物質間の相互作用を人工的に操作することが可能となる。
本件に関する問い合わせ先
未来ICT研究所
深紫外光ICTデバイス先端開発センター
深紫外光ICTデバイス先端開発センター
井上 振一郎
Tel: 078-969-2148
E-mail:
URL:https://www2.nict.go.jp/advanced_ict/duv/index.html
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