超伝導磁束量子ビットとダイヤモンド中電子スピンの結合系の理論的な解析は一般的には難しく、現状で最速のワークステーションを用いても完全な数値計算は行えません。そこで研究チームは効率的なシミュレーションを実装するために、計算にかかるリソースを減らし、かつこの結合系の本質を損なうことのない近似法を開発することに成功しました。その結果、系の振る舞いを正確に予想できるようになり、本成果に結びつきました。
(1)超伝導磁束量子ビットとの結合による長寿命化のメカニズムの解明(図3)
ダイヤモンド結晶中で、本来は炭素のあるべき位置に置き換わった窒素と、炭素が抜けてできた空孔との対から構成されるものを
NV中心と呼び(
図1左)、単一のNV中心には同じエネルギーを持つ2つの励起状態が存在します。そのため、環境からノイズが加えられると、ノイズのエネルギーが小さいものであっても2つの励起状態の間に遷移を起こしてしまうため、寿命が短くなることが知られています。
研究チームは、単一NV中心に量子ビットを結合させると、単一NV中心の励起状態をエネルギー的に分離することができることを理論的に示しました。NV中心の持つ2つの励起状態のうち、片方の励起状態は量子ビットと結合するためにエネルギーシフトが起こります。しかし、もう片方の励起状態は量子ビットと結合しないために、エネルギーに変化が起こりません。このメカニズムによりNV中心の励起状態間にエネルギー差が生じて、低エネルギーのノイズからの影響を受けづらくなります。そのため、環境からのノイズに対して耐性を持ち、寿命が向上します。
(2)数値計算を用いたダイヤモンド中の電子スピンの寿命の評価(図4)
研究チームは、単一NV中心に量子ビットを結合させると、単一NV中心の励起状態をエネルギー的に分離することができ、ノイズ耐性を向上できることを理論的に示しました。具体的には、超伝導磁束量子ビットを単一NV中心に結合させた場合の振る舞いを数値計算により予測し、10マイクロ秒程度の超伝導磁束量子ビットを結合させると、100マイクロ秒程度の寿命を持っていた単一NV中心が900マイクロ秒以上の寿命を持つようになることを突き止めました(
図4)。これは単一NV中心の量子センサの実現を目指す際には、感度が一桁近く向上することに相当します。将来的には、超伝導磁束量子ビットの設計を変えて単一NV中心の結合を増強することで、さらなる感度の上昇も可能です。
また一般的には、超伝導磁束量子ビットと単一NV中心のハイブリッド化は、結合が弱いために難しいと考えられていました。しかし我々の研究では、ハイブリッド化が難しいと考えられている
弱結合の領域でも、寿命の改善が見られることが明らかになりました。そのため、本成果により、超伝導磁束量子ビットと単一NV中心の結合に要求される技術的なハードルが大きく下がりました。
超伝導磁束量子ビットとNV中心の結合系に関するシミュレートは一般的には難しく、現状の最速のコンピュータを用いても完全なシミュレートはできないことが知られています。研究チームでは、超伝導磁束量子ビットとNV中心集団のハイブリッド化に成功しているため、この結合を記述するシミュレーション法に習熟しています。本研究では、これまで我々が用いてきた理論を、単一NV中心の場合にも適用できるように拡張を行いました。その結果、超伝導磁束量子ビットと単一NV中心の結合を効率よく解析できるような理論モデルを構築している点が、大きな強みです。特にこの結合系に影響を与えるノイズのモデルは、多くの自由度を持つ量子系を環境として取り扱わなければいけないため、一般的に解析が難しいとされますが、我々はモデルの本質を損なうことなく簡単化することに成功し、本成果を得ることができました。