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量子通信の実現に向けた、量子もつれ光の高速生成技術を開発

~従来の30倍以上の高速化を実現~

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2014年12月19日

独立行政法人 情報通信研究機構
国立大学法人 電気通信大学

ポイント

    • 光ファイバ通信波長帯において、従来技術の30倍以上の量子もつれ光の高速生成を達成
    • NICTが独自に開発した高速で安定性の高い駆動用レーザーによって実現
    • 市販の安価な光通信機器を用いた量子情報通信システムの構築により実用化が加速

NICTは、国立大学法人 電気通信大学(学長:福田 喬)と共同で、光ファイバ通信波長帯における量子もつれ光子対の生成効率を向上させる技術の開発に成功しました。量子もつれ光子対は、絶対に破られない暗号や超高速計算など、従来の情報通信技術では不可能だった機能を実現する上で不可欠な光源です。今回の成果により、市販の安価な光通信機器を用いた量子情報通信システムの構築が可能になるため、実用化に向けた研究開発が加速されるものと期待されま。
なお、本成果は、英国科学誌「Scientific Reports」(Nature Publishing Group)(電子版: 英国時間12月19日(金)午前10:00)に掲載されます。

背景

量子もつれ光子対は、離れた2地点にある信号間に強い結びつきを形成できるため、レーザー光では実現できない安全な通信(量子暗号)や高速の計算(量子計算)、さらには高精度の光計測を実現することができます。しかし、量子もつれ光源は、特殊な結晶や駆動用レーザーが必要となり、量子もつれ光子対を高速で生成し検出することは容易ではありません。現在、高速化に向けた研究開発が世界中で行われています。これまでも、駆動用レーザーの強度を上げることで、量子もつれ光子対の生成速度を上げる方法が試みられてきました。しかし、雑音も同時に増えるため、量子暗号通信に使おうとすると、通信性能の劣化を引き起こすという問題がありました。しかも、これまでの研究では、光ファイバ通信波長帯(1,550nm付近)より短い波長帯(800nm以下)での開発がほとんどで、また、駆動用レーザーの動作速度も76MHz程度に止まっていました。

今回の成果
周波数コム光源(上)量子もつれ光生成実験装置(下)

周波数コム光源(上)
量子もつれ光生成実験装置(下)

NICTでは、通信波長帯において独自の高純度量子もつれ光源を開発してきました。今回、2.5GHzの駆動用レーザーをこの高純度量子もつれ光源に組み合わせることで、雑音を増やすことなく、量子もつれ光の生成速度を30倍以上高速化することに成功しました。
量子もつれ光源を駆動するためには、波長やパルス幅等のパラメータを自在に調整でき、なおかつ高速で安定動作のできるレーザーが必要です。NICTが2006年に独自開発し、改良を進めてきた周波数コム光源(右上図参照)は、これらの要求をすべて満たす性能を備えたパルス光源です。
今回の成果は、この周波数コム光源を内蔵した高速の駆動用レーザーシステムを新たに開発することによって実現しました。

今後の展望

今回、光ファイバ通信波長帯で量子もつれ光源の高速化が実現したことにより、安価で高性能の光部品との組み合わせが可能となり、量子暗号の応用用途を広げられるとともに、量子計算や高精度の光計測の実現に向けた研究開発の加速化が期待されます。
今後は、動作速度を10GHzまで向上させ、装置を小型化してフィールド環境下での量子暗号伝送実験などを進めながら、データセンター内の安全な光配線技術や企業内ネットワークへの応用に向けた研究開発を進めていきます。

掲載論文

掲 載 誌:Scientific Reports (Nature Publishing Group), DOI: 10.1038/srep07468
U R L: http://www.nature.com/scientificreports
掲載論文名:Efficient generation of twin photons at telecom wavelengths with 2.5 GHz repetition-rate-tunable comb laser
著 者 名: Rui-Bo Jin, Ryosuke Shimizu, Isao Morohashi, Kentaro Wakui, Masahiro Takeoka, Shuro Izumi, Takahide Sakamoto, Mikio Fujiwara, Taro Yamashita, Shigehito Miki, Hirotaka Terai, Zhen Wang and Masahide Sasaki

各機関の役割分担

●NICT:高速駆動用レーザー技術の開発、量子もつれ光子対生成技術向上方法の実証及びデータ解析を担当
●電気通信大学:量子もつれ光子対生成技術向上方法の提案とデータ解析を担当



補足資料

今回開発した実験装置及び測定結果
[画像クリックで拡大表示]

実験装置の構成を図1に示します。動作速度2.5GHzの周波数コム光源から発生された基本波(波長1,553nm)の光パルス列は、2倍波(波長776.5nm)に変換され、非線形光学結晶を励起するための駆動用レーザー光として使用されます。
非線形光学結晶には、光学損失が少ない周期分極反転ポタシウムタイタニルフォスフェート(PPKTP)結晶を使用しています。このPPKTP結晶において群速度及び位相整合条件を調整することで、良質な量子もつれ光子対を生成することができます。
量子もつれ光子対は、偏光ビームスプリッターにより1つ1つの光子に分けられた後、光ファイバを使ったビームスプリッターによって再び混ぜ合わせることにより干渉させます。その後、単一光子検出器へと導波され、量子もつれ光子対の数を計測します。

図2:実験測定結果
図2:実験測定結果

図2は、生成した量子もつれ光子対による干渉の明瞭度を、駆動用レーザーの強度を変化させて測定した結果です。干渉の明瞭度低下は、通信性能の劣化を引き起こします。
青三角の点は、76MHzの駆動速度で動作する従来の駆動用レーザーによる結果で、赤丸の点は、2.5GHzの周波数コム光源を用いた新しい駆動用レーザーによる結果を表します。
駆動用レーザー強度が上昇するにつれて、従来の駆動用レーザーの明瞭度は低下します。一方、新しい高速駆動用レーザーを用いた場合には、明瞭度の低下が抑制されていることが明確に分かります。
このことは、今回開発した高速駆動用レーザーを使うことによって、通信性能の劣化を抑制しながら、量子もつれ光子対の生成効率を向上させることができることを意味しています。



用語解説

量子もつれ光子対

2個の光子が、古典力学的には考えられない特殊な相関をもって結びついている状態をいう。この状態を構成する光子のうち、ある1つについての情報が測定によって確定すると、それに伴って別の光子についての情報も確定する。この量子もつれ状態が、量子計算などといった量子情報技術の基盤となっている。

量子情報通信

現在の情報通信システムは、電磁気学や光学などの古典力学に基づいて設計されているが、情報操作の原理を量子力学まで拡張することにより、従来不可能だった新機能、例えば、盗聴不可能な暗号通信(量子暗号)や究極的な低電力・大容量通信(量子通信)が可能になる。これらを総合して量子情報通信と呼ぶ。

量子計算

従来の計算機では、1ビットにつき0か1のどちらかの値しか取り得ないので、Nビットの情報を処理する場合、全部で2N個あるビット列00…0、00…1から11…1までを1つ1つ2N回処理しなければならない。ところが、量子コンピュータでは、「0」でもあり同時に「1」でもある状態、いわゆる量子ビットを用いることで、2N個のビット列がすべて重なり合った状態を用意し、これに対して一度だけ演算することで同等の処理が実現できるため、現在のスーパーコンピュータでも不可能な超並列計算を実現することができる。

周波数コム光源

周波数コムとは、等間隔に並んだ多数の周波数成分を持つパルス状のレーザー光のこと。今回用いられた光源は、高速光変調技術を応用したNICT独自の周波数コム光源で、高速(高繰り返し周波数)の光パルス発生を実現し、さらに、繰り返し周波数や中心波長が可変であるなどの特性を持っている。量子情報通信だけでなく、高速光通信やテラヘルツ波分光など、様々な分野へ応用するための研究開発が進められている。



本件に関する問い合わせ先

情報通信研究機構
未来ICT研究所 量子ICT研究室

佐々木 雅英、金 鋭博
Tel: 042-327-6524
E-mail:

電気通信大学
先端領域教育研究センター

清水 亮介
Tel: 042-443-5920
E-mail:

広報

情報通信研究機構
広報部 報道担当

廣田 幸子
Tel: 042-327-6923 Fax: 042-327-7587
E-mail:

電気通信大学
総務課 広報係

平野 彰、岡村 こころ
Tel: 042-443-5019 Fax: 042-443-5887
E-mail: