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超伝導体中の“ヒッグス粒子”の性質を解明

— マクロな量子状態を光で制御する新たな可能性を拓く—

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2014年7月11日
1. 発表者:

島野 亮(東京大学低温センター・大学院理学系研究科物理学専攻 教授)
松永隆佑(東京大学大学院理学系研究科物理学専攻 助教)
青木秀夫(東京大学大学院理学系研究科物理学専攻 教授)
辻 直人(東京大学大学院理学系研究科 特任助教)
寺井弘高(情報通信研究機構 未来ICT研究所)

2.発表のポイント:

◆これまで、超伝導体の電気抵抗の消失に関連している電子対の密度は光の照射によって 振動させられないとの定説があった。
◆テラヘルツ波という波長0.3mm程度の光を用いて、超伝導体内の電子対の密度を振動させることに成功し、定説を覆した。
◆超伝導を光によって超高速に制御する新たな道筋を示した成果であり、テラヘルツ帯周波数の変換素子としての超伝導体を応用する可能性を拓いた。

3.発表概要:

超伝導は低温で電気抵抗が消失する現象で、そのような性質を示す超伝導体は、MRI診断装置、リニアモーターカー、超高感度量子磁束干渉計、送電線、超高感度のミリ波サブミリ波センサーなど、さまざまな分野で幅広く応用され、研究が進められている。超伝導体では対を形成している電子(クーパー対)が数多く存在し、この電子対が電気的な抵抗の消失に深く関係していることが知られている。この超伝導体の電子対の密度は光では振動させられないと信じられてきた。
今回、東京大学低温センター 島野亮教授、同大学院理学系研究科物理学専攻 松永隆佑助教、青木秀夫教授、辻直人特任助教らの研究グループは、情報通信研究機構 (NICT)未来ICT研究所の 牧瀬圭正博士、寺井弘高博士、王鎮博士、国立天文台の 鵜澤佳徳博士(現 NICT)との共同研究で、テラヘルツ波と呼ばれる波長0.3mm程度の光を超伝導体に強く照射することで、超伝導体の電子対の密度を光によって振動させることに成功した。また、テラヘルツ波の照射によって、超伝導体は照射した光の3倍の周波数を持った電磁波を発することも発見した。
超伝導体の電子対の密度の振動(波動)は、素粒子物理学におけるヒッグス粒子と類似性があることも知られている。本成果は、超伝導に関するこれまでの定説を覆しただけではなく、超伝導体をテラヘルツ周波数帯において周波数変換素子として応用することや光で超高速に制御する手法について新しい道を拓くものである。

4.発表内容:

試料の環境を変化させる(例えば低温にする)と、秩序のない状態から秩序だった状態へ変化することは身の回りでもよく見られる。南部理論(南部陽一郎博士の理論)では、これを、対称性の高い状態から対称性の低い状態に相転移した、と見る。例えば水が氷になるとき、分子の空間的な位置が無秩序状態から結晶格子をとるようになるが、これは空間の並進対称性の破れが生じたと見る。超伝導も「対称性の自発的破れ」を伴う相転移現象である。但し、ここで破れているのは空間に関する対称性ではなく、ゲージ対称性という変わったものである。つまり、超伝導は、金属中の巨視的な数の電子系全体が、電子が対(クーパー対)を組んだ上で一種のボース-アインシュタイン凝縮をするという巨視的な量子力学的状態(凝縮波動関数)であるが、このマクロ波動関数は複素量であり、この位相に関する対称性が自発的に破れて揃っている。このために、ゼロ抵抗や完全反磁性(マイスナー効果)などの特異な性質が現れる。一方、マクロ波動関数の絶対値(振幅)は、超伝導を担うクーパー対の密度に相当する。
「対称性の自発的破れ」は、様々な物理現象を普遍的に貫く概念である。図1に示すように、対称性が自発的に破れると、系にはそれを回復しようとして特徴的な揺らぎが生じる。揺らぎは2種類に大別され、一つは秩序パラメータの振幅方向の振動、もう一つは位相の振動である。前者は、素粒子物理において最近観測されたヒッグス粒子と類似の概念であり、近年では「ヒッグス・モード」と呼ばれている。実際歴史を遡ると、現代素粒子物理学の根幹にある「対称性の自発的破れ」や「ヒッグス機構」といった基本的な考えは、固体物理における超伝導状態を微視的に説明するBCS理論に端を発しているので、一種の里帰りともいえる。
超伝導におけるヒッグス・モードの観測は非常に難しかったが、島野教授らのグループは昨年、通常の低温超伝導体NbNでヒッグス・モードを観測することに成功していた[R. Matsunaga et al., Physical Review Letters 111, 057002 (2013)]。超伝導状態のヒッグス・モードの観測が困難であった理由の一つは、ヒッグス・モードは電荷や電気分極を持たないために、光(電磁波)と結合しないことにある。しかし今回の研究によって、(a)ヒッグス・モードの固有振動数の半分に相当する周波数にチューンしたレーザー光(テラヘルツ波)を選び、さらに(b)レーザー光の強度を十分に強くすると、(b)による非線形相互作用を通して(a)のために共鳴的に結合することを発見した。この現象をBCS理論に基づいた微視的モデルで記述することに成功した。
さらにこの「非線形共鳴」の恩恵として、ヒッグス・モードと共鳴する強いテラヘルツ波を超伝導体に照射した時、その3倍の周波数に相当する第三高調波が非常に高効率に発生することを発見した。一般に、当てた光の周波数の何倍かの周波数をもつ光(高次高調波)の発生は簡単ではないが、今回の発見では、波長の2万分の1に相当する厚さ24nmの薄膜試料を一回透過しただけで、入射テラヘルツ波の強度の10-4ほどの強度に達する第三高調波が発生し、非常に高い変換効率を有することがわかった。

5.今後の展望:

光(テラヘルツ波)とヒッグス・モードとの共鳴現象を発見した本研究は、超伝導状態というマクロな量子状態を光によって超高速に制御する新たな道筋を示すものである。光パルスによって秩序パラメータを制御する技術への発展が期待される。また、高効率な高次高調波の発生を活用して、超伝導体を用いたテラヘルツ帯の波長変換素子として利用できる可能性も示している。理論的には、本研究により明らかになったヒッグス・モードという集団励起との共鳴現象は概念的にも新奇というだけでなく、ヒッグス・モードの観測法を高温超伝導体へと応用することで、超伝導を担う電子対を結びつける機構についてより深く理解するヒントが得られると期待される。

本研究は、科学研究費補助金(日本学術振興会)、基盤研究(A)(課題番号22244036)、新学術領域研究(研究領域提案型)(課題番号20110005)、若手研究(B)(課題番号25800175)、新学術領域研究(研究領域提案型)(課題番号25104709)、若手研究(B)(課題番号25800192)、基盤研究(A)(課題番号26247057)、及び文部科学省「最先端の光の創成を目指したネットワーク研究拠点プログラム 先端光量子アライアンス」の支援を受けて行われた。

6.発表雑誌:

雑誌名:「Science」(電子速報版Science Expressに 平成26年7月10日(米国時間)に掲載される。その後同誌のウェッブサイトおよび印刷版で公開される。)
論文タイトル:Light-induced Collective Pseudospin Precession Resonating with Higgs Mode in a Superconductor
著者:R. Matsunaga, N. Tsuji, H. Fujita, A. Sugioka, K. Makise, Y. Uzawa, H. Terai, Z. Wang, H. Aoki, and R. Shimano
DOI番号

7.問い合わせ先:

(研究に関すること)
東京大学低温センター・大学院理学系研究科物理学専攻(兼任)教授
島野 亮(しまの りょう)
Tel: 03-5841-4181 /  Fax:03-5841-4230
Email: 
 
東京大学大学院理学系研究科物理学専攻 助教
松永隆佑(まつなが りゅうすけ)
Tel: 03-5841-4182 / Fax: 03-5841-4182
Email:

(取材に関すること)
東京大学低温センター
特任専門職員 佐々木陽子
TEL: 03-5841-2852
E-mail:
 

8.用語解説:

テラヘルツ波
光と電波の中間の周波数帯であるテラヘルツ領域に位置する電磁波。近年のパルスレーザー技術の進歩とともに、テラヘルツ波の発生・検出技術が大きく進展した。この周波数帯の光子のエネルギーが、多くの物質系でのエネルギーと同程度であるために、物質にテラヘルツ光を当てたときの応答が物質科学研究にとって重要となっている。超伝導体は、クーパー対が凝縮するために、BCSギャップというエネルギーで特徴付けられるが、このエネルギーもテラヘルツ帯にあり、その応答から超伝導を探ることができる。
 
対称性の自発的破れ
元来或る対称性をもつ系が、温度などを変化させたときに、その対称性が破れた状態が実現することをいう。超伝導体においては、マクロ波動関数の位相を変えても不変という対称性を元来持つ金属において、この位相が特定の値に揃う、という対称性の自発的破れが生じている。 
 
秩序パラメータ
液体から固体への変化のように、無秩序な(対称性の高い)状態から秩序のある(対称性の低い)状態に系が相転移するときに、その秩序を特徴付けるマクロな量。超伝導状態では電子2つが対(クーパー対)を組み、それらが一種のボース凝縮状態をとることによって生じる相転移現象であり、系全体の量子力学的位相が揃うことで一つのマクロな波動関数として発現する。超伝導状態における秩序パラメータはマクロ波動関数という複素量であり、その絶対値(振幅)はクーパー対の密度に相当する。 
 
ヒッグス・モード
超伝導体の秩序パラメータの振幅が集団的に(系全体に亘って)振動する現象をいう。自発的対称性の破れが起きた超伝導体のエネルギー(正確には、自由エネルギーと呼ばれる量)を、複素量である超伝導秩序パラメータの実数部と虚数部の関数として描くと(図1(b))、ワイン瓶の底(あるいはメキシカンハット)の形になり、位相モードは系の状態が円周状の溝に沿って運動するのに対して、溝の壁を駆け上がる振動に対応する。素粒子物理学におけるヒッグス粒子もこのような振動モードに対応し、超伝導との類似性を追究する研究に端を発して考え出された。 
 
BCS理論
1957年にバーディーン、クーパー、シュリーファーの3人によって提唱された、超伝導状態を微視的に記述することに成功した基礎理論。3人の頭文字をとってBCS理論と名付けられ、3人は1972年のノーベル物理学賞を受賞した。 
 
低温超伝導体
ここでこでいう低温超伝導体とは、超伝導を担うクーパー対が、対を組む二つの電子の相対的な角運動量がゼロであるような(s波)超伝導のことである。通常の低温超伝導体はs波が典型的であり、本研究でもs波超伝導体であるNbNを用いた。

9.添付資料:

図1 超伝導体における対称性の自発的破れ。複素量である超伝導秩序パラメータの実部と虚部の関数として自由エネルギーを描いたとき、常伝導状態では、(a)のように原点に底があり、系は、秩序パラメータがゼロという対称性の高い状態にいる。超伝導状態では、(b)のようにワインボトルの底のような形をとり、最もエネルギーの低い状態では秩序パラメータがゼロではない値を持つ。超伝導転移が起きると、原点からどこに向かって落ちても良いが、どこか一点に落ちて、対称性が低下する(「対称性の自発的破れ」)。相転移によって対称性が破れると、それを回復しようとして系に揺らぎが生じる。その揺らぎの方向は、(b)の 青矢印で示すように、ワインボトルの底に沿って動くモード(位相モード、つまり南部・ゴールドストーン・モード)と、赤矢印で示す壁を駆け上がるモード(振幅モード、つまりヒッグス・モード)の二つがある。

図2 超伝導NbN薄膜試料に入射したテラヘルツ波電場パルスの時間波形と、このパルス照射中に秩序パラメータが振動していることを示す実験結果。テラヘルツ電場が中心周波数0.6THz(テラヘルツ)で振動しているのに対し、秩序パラメータはヒッグス・モードとの共鳴により、その倍の1.2THzで大きく振動する。

図3 超伝導NbN薄膜試料を透過したテラヘルツ波パルスの強度のパワースペクトル(周波数依存性)。縦軸の強度は対数で表示。転移温度以上(15.5K、-257.6℃)では周波数0.6THz(テラヘルツ)のパルスがそのまま透過してくるが、転移温度以下(10K、-263.15℃)ではその3倍の周波数(1.8THz)を持つ第三高調波が発生している。