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9,000km離れた日独の光格子時計が625兆分の1の精度で一致!

~世界初、通信衛星を用いて光時計の大陸間直接比較を新手法で実現~

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2014年5月27日
ポイント

    • 日独で独自に開発した光格子時計の刻む時間が625兆分の1の精度で一致
    • 大陸間の直接比較が可能な通信衛星を用いた新手法を開発
    • 本手法は光時計による秒の再定義の必要条件をクリア。次世代の国際標準として利用する可能性を実証

独立行政法人 情報通信研究機構(以下「NICT」、理事長: 坂内 正夫)は、ドイツ物理技術研究所(Physikalisch-Technische Bundesanstalt, 以下「PTB」)と共同で、通信衛星を利用した新しい手法で、両機関で開発されたストロンチウム光格子時計の生成周波数を直接比較することに世界で初めて成功し、両時計が刻む時間の長さが625兆分の1の精度で一致していることを確認しました。今回開発した周波数比較の手法(衛星双方向搬送波位相法)により、現在の秒の定義に依存せずに、秒の二次表現であるストロンチウム光格子時計の生成周波数を大陸間で比較することができます。そのため、本手法は、光時計で秒の再定義がなされたときに、光時計による時刻を国際標準として国際間で維持するための有効な比較手法として期待されます。

背景

現在、1秒はセシウム原子が共鳴する約9.2GHzのマイクロ波遷移の周波数によって定義されており、NICTが生成している日本標準時はセシウム原子時計を利用しています。一方、近年レーザー光の数100THzに及ぶ高い振動数をカウントすることによって新しい時間の基準を作ることが可能となり、光格子時計等の光時計で秒を定義し直すこと(秒の再定義)が議論されつつあります。しかし、光による、より高精度な時間の基準を国際標準として運用するためには、国際的に同じ長さの1秒が生成されていることを現在より高い精度で定常的に確認する必要があり、その比較手法の開発は、光原子時計の開発と同様に秒の再定義への必要条件と言われています。
日本発の方式であるストロンチウム(Sr)光格子時計は、現在、日米仏独4か国で動作しており、秒の再定義の有力な候補とみなされています。しかし、すべての光格子時計が本当に現行のセシウム標準を超える精度で同じ長さの時間を刻んでいるのか、国内については光ファイバリンクによって、2つの時計を直接接続して1,400兆分の1(7.0×10-16、6,500万年に1秒)まで客観的に証明されていました。一方、大陸間では現行のセシウム標準を用いるため300兆分の1(3.3×10-15)程度の一致しか確認することができず、秒の再定義に十分な精度での一致は確認されておりませんでした。

今回の成果
衛星双方向比較
衛星双方向比較

今回、NICTは、現行のセシウム標準を経由せず、通信衛星を利用して光時計を直接接続する新しい手法を開発し、共にSr光格子時計を持つPTBとの間で、両光格子時計の刻む時間の長さを高精度に直接比較することに成功しました。そして、その結果、両者が625兆分の1(1.6×10-15)以下の不確かさで一致していることを確認しました。
NICTとPTBは、双方ともSr光格子時計を持つと同時に国家標準時を生成しており、両者間では通信衛星を利用して常に互いの標準時の時刻差を計測しています。今回開発した手法は、この時刻差測定技術を発展させたもので、遠く9,000km離れた二つの光格子時計の周波数を高精度に比較することを可能としました。

今後の展望

今回開発した比較手法や伝送装置を更に工夫することにより、更なる精度向上を目指します。原子時計の生成周波数は、月や太陽の位置により変化する潮汐効果によって17桁目からずれてしまうことが知られています。今回のような地球規模の周波数比較が短時間の測定で可能となれば、ノイズとなるこの潮汐効果を測定・校正することが可能となり、重力環境を測定するセンサー等、時計以外の目的に光格子時計を応用する可能性も広がっていきます。



補足資料

双方向時刻比較法

離れた2地点に時計があるとき、その時計の時刻差を調べる基本的な方法として双方向比較法があります。この方法では、まず互いに自分の時刻のタイムスタンプの付いた信号を相手に送ります。そして、相手からの信号を受けた(自分の時計の)時刻と受信した信号の(相手の時計で打刻された)タイムスタンプの差を計算します。この時刻差は双方でそれぞれ計算されますが、ここでは両者において信号の伝達時間は同符号で、両時計の時刻差は異符号で反映されます。したがって、2つの値の差を取って2で割ることによって、信号が伝達するのに要する時間が相殺され、両時計の時刻差を得ることができます。衛星双方向比較は、この方法で通信衛星を介して2つの地上局間で行うものであり、同一の衛星を見ることができれば、時計の時刻差を測定することができます。
NICTは日本標準時を生成しておりますが、同時に、ドイツの標準時との時刻差についてもこの衛星双方向比較の手法を利用して定常的に測定し、協定世界時の生成に貢献しています。世界の標準時ともいえる協定世界時は、世界中の研究機関にある原子時計約400台の平均から計算機内で作成される仮想的な時刻ですが、その計算のためには時計間の相対的な時刻差を入力する必要があり、NICT-PTB間で行っている衛星双方向回線による定常的な時刻比較は、協定世界時の計算に大きく貢献しています。

今回開発した手法と結果

NICTが利用している通信衛星は、地上→衛星で約14GHz、衛星→地上で約11GHzの周波数を利用しており、従来の手法は、これに2MHz程度のコード信号による変調を施して信号を送信し、受信端で復調されたコード信号によって、相手からの信号の到着時刻を決定していました。
今回我々は、搬送波の11GHzと14GHzの信号の位相差を観測して、両時計の周波数差のより高精度な測定をできるようにしました。これにより、従来の1秒間の測定精度500ピコ秒が0.2ピコ秒まで向上しました(1ピコ秒 = 10-12s)。この0.2ピコ秒は衛星利用の周波数比較法では最も高精度といえます。

上図に測定した2つの光格子時計の周波数比を示します. これが1であれば、二つの時計は全く同じ周波数を生成していることになります. 数十回程度の測定を重ね、その平均値を取ると、


となり、不確かさ1.6×10-15で二つの時計の周波数が一致していることが分かりました。

秒の再定義に向けた光原子時計開発の世界的情勢

現在、秒の定義は、セシウム原子の超微細構造遷移の周波数を9,192,631,770Hzとすることによって決められています。それに加えて、国際度量衡局(BIPM)時間周波数委員会では、他の原子遷移に基づく表現で最高性能のセシウムに比べておおむね精度の悪化が1桁以内に収まる原子遷移について、秒の二次表現(Secondary representation of the second)としてその遷移の推奨する周波数値と不確かさを決めています。二次表現には表1に示すように現在、8種類の遷移が指定されており、これらの周波数や不確かさは、世界中の研究機関が査読付き論文誌において報告した値を考慮して決定されています。今回の実験に利用されたストロンチウムについては、現在、日米仏独4か国7機関で動作し、2012年にNICTを含む5機関の周波数測定値から決められた現在のBIPMの推奨値は、他の二次表現と比べて最も小さい不確かさ1×10-15が与えられています。
一方、光原子時計が原子の本来の遷移周波数と合致した光を生成する能力をみると、ストロンチウム原子時計を含む複数の光原子時計では既に最高性能のセシウム時計を上回っています。したがって、実は、上述の周波数の値の不確かさは主に測定で用意された(セシウムに基づく)基準周波数の不確かさで決まっています。ここには「動かない安定なものを、動いてしまう物差しを利用して計測する」という矛盾があり、であるからこそ、秒について現行のセシウムよりもっと不確かさの小さい光学遷移を利用した定義に変更することが議論されています。

直接比較の意義

ストロンチウム光格子時計等、光学遷移に基づくより不確かさの小さい光時計について、周波数標準として「誰が、いつ、どこで運用しても同じ1秒が得られること (標準としての普遍性)」は秒の再定義において決定的に重要です。このとき、それを確認するために現行の秒の定義に基づく周波数を可能な限り高い桁数で測定し、その数値を比較することは、結局、現行の秒の定義に依存して確認をすることであり、現行の定義より高い精度での周波数一致を確認できません。したがって、十数桁の数字に変換することなく、異なる機関の時計を接続して直接比較する技術を開発することが必要です。NICTは、光原子時計を構築するだけでなく、2011年には光ファイバリンクで東大の時計との間で、また今回は衛星リンクでドイツPTBとの時計の間で直接比較を行って周波数一致を確認し、周波数標準としての普遍性を証明しました。



用語解説

光格子時計

光原子時計の方式で、香取秀俊 東京大学教授(兼理化学研究所主任研究員)が2001年に提案した方式。ストロンチウム、イッテルビウム、水銀の3つの原子種で動作が確認されている。

周波数比較

1秒間の長さは、原子時計の出す振動を数えて決定する。このカウント数は原子時計の生成する振動の周波数であるため、原子時計は周波数の標準であり、周波数標準とも言います。今回の日独間の比較においては、両機関の時計が生成する周波数を比較している。つまり、今回の実験では、両機関が持つストップウォッチを「同時にスタートできているか」ではなく、両機関のストップウォッチの「刻む1秒の長さが一致しているか」を確認している。

衛星双方向搬送波位相法

今回新たに開発した離れた2地点の時計の周波数差を測定する手法。双方から互いに通信衛星を介して信号を送り合うことで信号の伝達時間を相殺し、2つの時計の周波数差を導出する。従来の方式は変調信号に時刻情報を載せていたが、今回開発した搬送波位相法は搬送波そのものを利用する。搬送波は変調波より1,000倍程度周波数が高いため、より小さい時間差を測定することができ、高精度な時計の周波数比較ができる。

秒の二次表現、秒の再定義 (表1を参照)
表1
表1

国際単位系の時間の単位「秒」については、セシウム133原子の超微細構造遷移の共鳴周波数を9,192,631,770Hzとすることによって定義されている。この周波数はマイクロ波域にあるが、今世紀に入り原子の光学域にある遷移を利用する周波数標準の開発が急速に進み、現在ではストロンチウム光格子時計を含む複数の光原子時計においてセシウム時計より高精度のものが開発されている。そのため、より高精度の時計があるにもかかわらず、精度の低い時計を基準とする不都合が生じる。高精度な時間の測定をしたい場合に、実質的に各自がより精度の高い独自の時間の単位を使うということも起こり得る。したがって、近い将来、国際単位系の秒の定義をいずれかの原子の光学遷移の周波数を用いて定義し直す(再定義)ことが議論されている。実質的な再定義の候補として国際度量衡委員会によって認められているものが秒の二次表現と呼ばれ、表1に示す8つの遷移があり、うち、ルビジウム(Rb)を除く7つが光時計、さらに、そのうち日本初の方式である光格子時計方式はストロンチウム(Sr)、イッテルビウム(Yb)の2つがある。ストロンチウム光格子時計については4か国6機関で周波数が報告されており、その結果、現在最も小さい不確かさ1×10-15が与えられている。

光ファイバリンク

2つの光時計の距離が100km程度までは、光ファイバで結んで、一方の生成する光周波数を通信帯波長に変換して伝送し、比較することができる。NICTは、2011年にNICT本部(小金井市)と東京大学(以下「東大」)本郷キャンパスとの間を光ファイバで結んでファイバ伝送技術を確立し、さらに、東大と共同で両拠点のストロンチウム光格子時計の周波数が1.43京分の1(6,500万年に1秒)の精度で一致していることを確かめた(2011年8月4日 NICT報道発表)。この実験により、同一大陸内であれば光ファイバで比較可能なことが実証されたが、海を越えた大陸間など光ファイバで接続できない地点との比較については、別の手法の開発が期待されていた。



本件に関する 問い合わせ先

電磁波計測研究所
時空標準研究室

井戸 哲也
Tel: 042-327-6527
E-mail:

広報

広報部 報道担当

廣田 幸子
Tel: 042-327-6923 
Fax: 042-327-7587
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