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検出効率80%以上の「超伝導ナノワイヤ単一光子検出器」を開発

~従来の3倍のシステム検出効率を達成!~

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2013年11月5日
ポイント

    • 超伝導技術を使って、極めて高い光感度を持つ単一光子検出システムを開発
    • 従来比3倍の検出効率80%、半導体光子検出器よりも1,000倍以上の性能指数を達成
    • 量子暗号通信、微弱光通信、レーザー測距技術、蛍光測定など幅広い分野での応用が可能

独立行政法人 情報通信研究機構(以下「NICT」、理事長: 坂内 正夫)は、 通信波長帯システム検出効率 80%以上(従来の約3倍)という極めて高い光感度を持つ「超伝導ナノワイヤ単一光子検出器(SSPD)」の開発に成功しました。今回開発したSSPDは、高検出効率に加え、高計数率、低ノイズ(低暗計数率)、低ジッタという特長を兼ね備えており、量子暗号通信の通信可能距離の大幅な改善などに役立つと考えられます。また、本SSPDは、液体ヘリウムを必要としない小型の機械式冷凍機で冷却できるため、長時間の連続使用が可能です。さらに、光キャビティ構造の最適化により、幅広い波長帯域で高い検出効率を実現できるため、現在広く利用されているアバランシェ・フォトダイオード(APD)よりも更に高性能な光子検出器として、バイオ・医療分野をはじめ幅広い分野での利用が期待されます。
なお、本研究成果の一部は、2013年11月4日(米国時間)付けの米国科学誌Optics Expressに掲載されました。

背景

現在、量子暗号通信、量子光学、微弱光通信、レーザー測距技術、蛍光測定など、様々な分野で高性能な「光子検出器」に対するニーズが高まっており、光子を高効率で捕捉し、高計数率、低ノイズ、低ジッタ(時間揺らぎが小さい)で検出することが求められています。これまでは半導体光子検出器であるAPDが広く用いられてきましたが、アフターパルスと呼ばれる現象がシステム性能の向上を阻む要因となっていました。一方、SSPDは、アフターパルスがなく、低ノイズ、低ジッタという特長を有するため、量子暗号通信などに利用され始めており、更なる検出効率や計数率の向上が求められていました。これまでNICTが開発したSSPDは、通信波長帯(1,550nm)において20~30%のシステム検出効率でした。

今回の成果
「超伝導ナノワイヤ単一光子検出器(SSPD)」
「超伝導ナノワイヤ単一光子検出器(SSPD)」
機械式冷凍機(銀色の筒の内部)に搭載

今回NICTが新たに開発したSSPDは、従来のおよそ3倍の検出効率80%を達成しました。これは、ダブルサイドキャビティと呼ばれる構造を採用し、光を超伝導ナノワイヤ近傍に閉じこめることで実現しました(補足資料 図1)。基板材料を変更したことで超伝導ナノワイヤの特性均一性が改善したことも、今回の検出効率の向上に大きく寄与しています。本SSPDは、光子の高い検出効率に加え、40カウント/秒の低暗計数率という低ノイズ、68ピコ秒という低ジッタも実現しました(補足資料 図2)。
さらに、ダブルサイドキャビティ構造では、超伝導ナノワイヤが素子全体に占める面積比率(フィリングファクタ)を従来の半分以下にしても、光吸収効率に大きな低下がないことを今回新たに見いだしました。フィリングファクタを低下させることでより高速な光検出応答が可能となり、高検出効率と従来の2.8倍に相当する70MHz (光子検出7,000万個/秒) の最大計数率を実現することができました(補足資料 図3)。今回開発したSSPDは、InGaAs APDに対して1,440倍もの優位性を示しています(補足資料 表1)。また、高価かつ取扱いが難しい液体ヘリウムを必要としない、小型機械式冷凍機で冷却できるため、長時間の連続運転も可能となっています。

今後の展望

今回、通信波長帯(1,550nm)で80%以上の検出効率を達成しましたが、光子のエネルギーが大きい短波長領域ほど高い検出効率を達成する上で有利となります。キャビティ構造の最適化により、1ミクロン(1,000 nm)以下の波長領域においても、現在広く使われているAPD等の光子検出器の性能を大きく凌駕できると考えられます。これまでは量子暗号通信での利用が中心でしたが、今後、こうした新たな波長領域における、量子光学、微弱光通信、レーザー測距技術、蛍光測定など様々な分野で、最も高性能な光子検出器としてSSPDが幅広く利用されることが期待されます。



補足資料

図1 従来構造と今回採用した「ダブルサイドキャビティ構造」
図1 従来構造と今回採用した「ダブルサイドキャビティ構造」


・従来構造(左図)では、超伝導ナノワイヤの隙間を通過したことで検出されなかった光子は、上部の金属層で1回しか反射しない構造でした。今回採用した新構造(右図:ダブルサイドキャビティ)では、上部金属層で反射した光子が熱酸化膜とシリコン(Si)基板界面で再び反射されることで、基板裏側から入射した光子を超伝導ナノワイヤで高効率に検出することが可能となりました。
・今回ダブルサイドキャビティの構造を実現するために、従来のMgO基板に替わり、表面に熱酸化膜を持つシリコン基板上に、厚さ10nm以下の超伝導窒化ニオブ系薄膜からなるナノワイヤを作製し、さらに上部に光反射層を設けています。超伝導窒化ニオブ系薄膜は、NbN(窒化ニオブ)やNbTiN(窒化ニオブチタン)といった超伝導材料で、Nb(ニオブ)の9 K(-264℃)よりも高い16 K(-257℃)程度の超伝導転移温度を持ち、Nbよりも表面が酸化しにくく、10 nm以下の極薄膜でも超伝導特性を示します。



図2 開発したSSPDのシステム検出効率、暗計数率のバイアス電流依存性とFWHMジッタ
図2 開発したSSPDのシステム検出効率、暗計数率のバイアス電流依存性とFWHMジッタ


左:超伝導ナノワイヤにバイアスする電流値を増やすほどシステム検出効率は向上しますが、同時に暗計数が増加します。今回開発したSSPDは、暗計数を40カウント/秒と低く抑えたバイアス値でも80%のシステム検出効率が得られています。
右:SSPDの応答時間の時間揺らぎ(ジッタ)を時間相関光子計数モジュールにより計測した結果で、カウント数が最大値の半分になる時間幅(FWHM)をジッタと定義します。今回開発したSSPDのジッタとして68ピコ秒が得られています(1ピコ(p)秒は1兆分の1秒)。



図3 システム検出効率と最大計数率のフィリングファクタ依存性
図3 システム検出効率と最大計数率のフィリングファクタ依存性

左:フィリングファクタの低下(50%→20%)により受光面積に占める光吸収層(超伝導ナノワイヤ)の面積が疎になるにもかかわらず、システム検出効率の大幅な低下がない(70%程度)ことが分かります。
右:最大計数率は、SSPDからの出力電圧パルスの減衰時間の逆数で定義しています。フィリングファクタの低下により、SSPDからの出力電圧パルスの減衰時間が短くなり、最大計数率が25MHzから2.8倍の70MHzに大きく改善していることが分かります。



表1 InGaAs APDと今回開発したSSPDとの性能比較

今回開発したSSPDの性能は、InGaAs(インジウムガリウムヒ素) APDに対して、性能指数で1,440倍(=91/0.063)もの優位性を示しています。



用語 解説

通信波長帯

光ファイバーの光信号伝送損失が極小となる1,550nm付近の波長帯

システム検出効率

冷凍機内の光ファイバー伝送における損失や検出器と光ファイバーの結合損失等、すべての損失を含めた検出効率

超伝導ナノワイヤ単一光子検出器(SSPD: Superconducting Nanowire Single-Photon Detector)

厚さ10nm以下、幅100nm程度の超伝導細線(超伝導ナノワイヤ)を受光面全体にメアンダ状(ジグサグ上に曲がりくねった形状)に敷き詰めた構造の光子検出器。電流バイアスした超伝導細線が光子を吸収すると、光子のエネルギーにより超伝導状態が局所的に壊れスパイク状の電圧パルスが発生する。この電圧パルスをモニタすることにより光子を検出する。
光子検出原理として利用している超伝導現象は、ある温度以下で物質の電気抵抗が消失する現象で、物質により超伝導状態に転移する温度が異なる。多くの超伝導物質は冷却に高価な液体ヘリウム(-269℃)を必要とする。

計数率

検出器が一定時間に検出可能な光子数。この数値が高いほど、高速通信が可能である。また、より高強度の光を検出できるため、ダイナミックレンジが広いことにもつながる。

暗計数率

光子入射がない状態で、誤信号を出力する確率。この数値が小さいほど、検出器としてのノイズが小さい。

ジッタ

検出器が光子を検出する際の時間揺らぎ。この数値が小さいほど、高速通信が可能である。

量子暗号通信

ワンタイムパッド(送信者と受信者で共有する伝送情報量と同じ長さの秘密鍵)を光子を利用して安全に送信するシステム。現在広く使われている公開鍵暗号は、公開鍵(2つの素数の積)の解読に膨大な計算時間がかかることにより安全性が保証されているが、技術の進歩(例えば量子コンピュータの実現)により計算時間が短縮されると解読されてしまう。量子暗号システムは、安全性が計算量ではなく量子力学という物理の基本法則に基づいていることが特徴である。

機械式冷凍機

冷却するための液体(-269℃の液体ヘリウム等)を必要としない機械式の冷凍機。家庭用100V電源で駆動可能で、空冷式の小型圧縮機を使用したものが市販されており、19インチラックの半分ほどのスペースに収納できる。冷却に対する障壁は以前よりも格段に低くなっている。

キャビティ構造

ある特定の波長の光に対して空洞共振器のような働きをして内部の光電界強度を強める構造

アバランシェ・フォトダイオード(APD: Avalanche Photodiode)

半導体のp-n接合に大きな逆バイアス(数10~200 V)を印加することによりわずかなキャリアの移動によって次々にキャリアが生成され、加速度的に電流が増大するなだれ(アバランシェ)効果を利用した高感度のフォトダイオード

アフターパルス

APDにおいて、光子を検出したことによる正規のアバランシェに続けて、誤ったアバランシェ増幅が起こり、誤信号が出力される現象

フィリングファクタ

SSPDでは、メアンダ状に敷き詰めた超伝導細線を用いて光子を検出する。超伝導細線の領域と受光面全体の面積比をフィリングファクタと定義する。通常は0.5前後の値をとることが多い。超伝導ナノワイヤ長を短縮すると光子検出率は低下するが、超伝導ナノワイヤのインダクタンスを小さくすることができることから、超伝導ナノワイヤが光子を検出して信号を出力し、再び光子を検出できる状態に戻る時間が短くなり、最大計数率を高めることが可能となる。

InGaAs (インジウムガリウムヒ素)

通信波長帯(1,550 nm)付近にエネルギーギャップを持つ化合物半導体。光通信用の半導体材料としてよく用いられる。


<掲載論文> 2013年11月、今回掲載

Optics Express
http://www.opticsinfobase.org/oe/issue.cfm
掲載論文名: Low-filling-factor superconducting single photon detector with high system detection efficiency
著者: Taro Yamashita, Shigehito Miki, Hirotaka Terai, and Zhen Wang

<参考論文> 2013年4月に掲載済み

Optics Express (Vol. 21, Issue 8, pp. 10208-10214 (2013))
http://dx.doi.org/10.1364/OE.21.010208
掲載論文名: High performance fiber-coupled NbTiN superconducting nanowire single photon detectors with Gifford-McMahon cryocooler
著者: Shigehito Miki, Taro Yamashita, Hirotaka Terai, and Zhen Wang

<過去のプレスリリース>

2010年7月27日発表
世界最高性能マルチチャンネル超伝導単一光子検出システムを開発
  トータル性能として半導体APDを100倍凌駕



本件に関する 問い合わせ先

未来ICT研究所 ナノICT研究室

寺井 弘高
Tel: 078-969-2191
E-mail:

広報 問い合わせ先

広報部 報道担当

廣田 幸子
Tel:042-327-6923
Fax:042-327-7587
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