○多くの組合せ選択肢から最も確率の高い答えを超高速で出せるナノシステム
○不確実な環境下で正確で高速な意思決定を要求される局面に応用可能
理化学研究所(理研、野依良治理事長)、情報通信研究機構(坂内正夫理事長)と東京大学(濱田純一総長)は、単細胞生物「粘菌」の行動原理に基づき、ナノサイズの量子ドット間の近接場光エネルギーの移動を用いて、高効率に意思決定をする全く新しい概念のコンピューター「知的ナノ構造体」が構築できることを、実際のデバイス構成を想定したシミュレーションにより実証しました。これは、理研基幹研究所 理研-HYU連携研究センター揺律機能研究チーム(当時)の原正彦チームリーダー(現 理研グローバル研究クラスタ 客員主管研究員)、金成主研究員(現 物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点特別研究員)、青野真士研究員(現 東京工業大学地球生命研究所 研究員)と、情報通信研究機構光ネットワーク研究所フォトニックネットワークシステム研究室の成瀬誠主任研究員、東京大学大学院工学系研究科電気系工学専攻及びナノフォトニクス研究センターの大津元一教授らの共同研究グループによる成果です。
動的に変化する不確定な環境下で速く正しい意思決定を要求される局面では、多くの組合せからなる選択肢の中から、最も報酬確率の高い解答を効率良く導き出すことが求められます。そのためには「最適解ではなくても極めて最適解に近く、かつすばやく解が得られる」ことが必要です。こうした問題のモデルとして、複数のスロットマシンから多くのコイン(報酬)を得る「多本腕バンディット問題」があり、定式化されています。この問題では、最も報酬確率の高いスロットマシンを正確にかつ速く判断することが要求されますが、そのためにお金や時間を掛けすぎると、速い判断ができずに報酬も減ってしまいます。このような正確さと速さの二律背反が作り出すジレンマ状況での最適な意思決定戦略を探ることは、さまざまな分野での応用課題と密接に関連するため、近年活発に研究されています。また、自然界の生物においても正確で速い判断が生存競争を勝ち抜く上で必要なことから、この問題は生物の行動戦略、さらには社会現象の最適化を探る研究にも関係しています。
理研揺律機能研究チームでは、粘菌を用いて、多数の組合せ選択肢から的確な答えを求める研究を行ってきました。そして粘菌の行動観察の結果を使って多本腕バンディット問題を正確にかつ高速で解決できるアルゴリズムを開発しました。このアルゴリズムは、粘菌の行動原理に類似した動的特性を多様な物理プロセスに置き替えることでデバイスに応用可能です。
今回、共同研究グループは、粘菌の行動原理と量子ドット間の近接場光を介したエネルギー移動プロセスに類似性があることを見出し、実際のデバイスに応用可能な近接場光を利用したアルゴリズムを開発しました。そして、このアルゴリズムが多本腕バンディット問題の正解を探索できること、さらに、同問題の解法の中で、最速とされていたアルゴリズム「Softmax法」よりも、速く正確な意思決定が実現できることを、シミュレーションにより実証しました。
今回の成果は、全く新しい原理で動作する“知的コンピューティングデバイス”などを構築できることを示唆します。本研究成果は、英国のオンライン科学雑誌『Scientific Reports』(8月9日付け:日本時間8月9日)に掲載されます。