近年、物質を非破壊・非接触で測定・診断することが可能で、人体に対して安全性が高いという観点から、テラヘルツ波を用いる技術が開拓され、空港の保安検査、郵便物の検査、国内外の文化遺産の診断など、様々な用途が広がりはじめています。また、周波数が高く大容量化が可能なテラヘルツ波を用いた近距離無線通信は、これから発展が期待されている分野です。これらテラヘルツ波による計測や無線通信の分野では、大気中の分子によって電磁波が吸収される割合(テラヘルツ波大気減衰率)を正確に知ることが重要な課題の一つとなっており、テラヘルツ波大気減衰率を周波数ごとにデータベース化する分光技術の高度化が求められています。
独立行政法人 情報通信研究機構(以下「NICT」、理事長:坂内 正夫)は、テラヘルツ波を無線通信やリモートセンシングに利用するための先端的な研究開発を推進しています。その一環として、テラヘルツ波が空間中の水蒸気等によって吸収されて減衰する割合を実測データに基づいて精度よく見積もる技術を開発しました。このたび、その最新の成果を広く活用していただくため、「テラヘルツ波大気減衰率」を計算してホームページ上に表示する無料データ提供サービスを開始しました。従来、テラヘルツ波大気減衰率を知るためには、モデル方程式を用いた複雑な計算が必要であったことに加え、それらの数値の不確定性も非常に大きいものでした。今回公開するサービスは、最新の実測結果に基づく新たなデータを用いて、大気中におけるテラヘルツ波減衰率をより簡便に信頼性の高い値として見積もることを可能にするものです。この技術により、今後のテラヘルツ波を用いた無線通信や様々な製品開発などにおいて、「大気中でテラヘルツ波が届く距離」をあらかじめ的確に見積もり、より信頼性の高い通信技術や製品の設計に反映させることが可能になるなど、多方面の用途に役立つことが期待されます。
テラヘルツ波は、大気中での減衰が大きいといった特徴があります。そのため、テラヘルツ波の利用には、大気中でテラヘルツ波が届く距離を見積もることが必要であり、通常、シミュレーションによってテラヘルツ波大気減衰率の計算を行います。そのためには、大気中の水蒸気に関するテラヘルツ波の分光パラメータ(テラヘルツ波の周波数ごとの吸収特性に関するパラメータ)が必要です。従来の方法では、信頼できる実測データがなかったため、テラヘルツ波よりも周波数が高い赤外線領域や、テラヘルツ波よりも周波数が低いミリ波領域(300GHz以下)を対象に作成されたデータベースから、それらの間にあるテラヘルツ領域の特性を推定する方法が採られてきました。しかし、それらは、赤外域や電波領域に関するデータに基づいてテラヘルツ領域の値を推定する方法であったため、必ずしも信頼できるデータではありませんでした。
NICTは、理化学研究所と協力して、テラヘルツ領域をターゲットとして広帯域かつ精度の良い水蒸気分光パラメータの実測に成功し、そのデータを、NICTが開発したテラヘルツ波大気伝搬モデルAMATERASUの計算プロセスに導入しました。この実測データに基づくAMATERASUモデル計算の実現により、テラヘルツ波減衰率を見積もる計算の精度が飛躍的に向上しました。近年のテラヘルツ波利用技術の加速度的な進展により、テラヘルツ波を利用した大容量、高速通信等の実現への期待が以前に増して高まっていることから、この新たな計算方法を利用したテラヘルツ波減衰率見積りデータを公開することとしました。
なお、AMATERASUによるテラヘルツ波大気減衰率データは、電気通信分野における国際連合の専門機関である国際電気通信連合の無線通信部門(ITU-R)により、国際標準に参照すべきデータとして受理されています(2009年5月)。
今回ホームページ上で開始した「テラヘルツ波 大気減衰率 提供サービス」は、NICT電磁波伝搬モデルAMATERASUをベースに、ホームページ上で任意のテラヘルツ周波数の電磁波伝搬度を計算して表示するサービスです。詳しくは、https://smiles-p6.nict.go.jp/thz/jp/decay.htmlをご覧ください。
補足資料
用語 解説
テラヘルツ波は、おおむね0.1~10THz(テラヘルツ)の周波数帯の電磁波を示す。その波長は3mm~30μmであり、電波と光の境界に位置する。テラヘルツは、1秒間に1兆回振動する波の周波数、10の12乗ヘルツ(1012Hz)で、THzと記述する。
テラヘルツ波は、紙・プラスチック・繊維等を透過し、また、多くの物質固有の吸収スペクトルがテラヘルツ領域にあるため、X線よりも安全な検査装置として、また、次世代の材料分光分析技術として注目されている。しかし、テラヘルツ波は、これまで未開拓周波数帯の電磁波と呼ばれ、光源やセンサといった要素技術の確立は、ほかの周波数帯の技術に比べて発展途上にある。
材料や分子に光(テラヘルツ波)を照射し、透過した光の周波数成分を分析することにより、材料や分子の特性を調べる技術。テラヘルツ波の領域では、この技術を用いることにより、顔料や化学物質・薬品や大気中の分子などの物質の特定が可能となる。また、物質に照射するテラヘルツ波の周波数ごとの吸収特性を分光技術によってデータベース化すれば、物質の種類に応じてテラヘルツ波の周波数ごとの吸収特性(あるいは透過特性)を対応させることができる。これにより、例えば、大気中の水蒸気などの物質にテラヘルツ波を照射した場合の、周波数ごとの吸収特性を見積もることができる。
2008年にNICTが発表した、地球大気などの様々な媒質中における電磁波の放射伝達を取り扱う数値計算モデル。特に、電波~THz帯領域での高精度化が図られており、水蒸気の吸収係数などについて最新の実験室測定データを利用することにより、従来の方法を超える高精度な計算能力を達成している。
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