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なぜ眠たくなると脳の機能が低下するの?その仕組みを解明!

~脳の領域間の情報伝達が変化~

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2013年2月7日

概 要

独立行政法人 情報通信研究機構(以下「NICT」) 未来ICT研究所の宮内哲総括主任研究員らと九州大学医学研究院臨床神経生理学・神経内科学教室の医学系学府博士課程 上原平(現九州大学病院神経内科助教)らは、はっきり目覚めている時と少しウトウトしている時に、機能的磁気共鳴画像(fMRI)と脳波を同時に計測し、脳内での情報の伝達効率を複雑ネットワーク解析で分析しました。その結果、何もしていない安静時でも、ヒトの脳では複数の領域が協調しながら活動して情報をやりとりしており、眠くなるとこれらの領域間(参考図1~6の領域)の情報伝達が非効率的になることを明らかにしました。誰もが日常的に、眠くなると刺激を見落としたり、素早い反応ができなくなることを経験していますが、これまで脳神経科学では、脳に入ってくる刺激は同じなのに なぜ そうなるのかその仕組みについて、はっきりと説明できませんでした。今回の研究成果は、今後、居眠り運転やうっかりミスの防止、高次脳機能障害の解明等に応用できることが期待されます。

なお、本成果は、英国学術誌「Cerebral Cortex」電子版に2013年1月24日(木)付け(英国東部時間)で掲載されました。

背 景

ウトウトしている時(まどろみ状態)には、刺激を見落としたり、素早い反応ができなくなったりしますが、その仕組みはよく分かっていません。まどろみ状態でも脳の一部分は刺激に対して反応することは分かっているので、脳領域間の情報の受渡しが悪くなっている可能性が考えられますが、これまで、それをはっきりと証明した研究はありませんでした。一方、最近の機能的磁気共鳴画像(fMRI)を用いた研究で、何もしていない安静状態でも、複数の脳領域が常に同期しながら活動し、脳全体でネットワークを形作っていることが明らかになってきました。この安静状態のネットワークは、いざ刺激が入ってきた時に、脳内で素早く正確に情報の受渡しをするために重要な役割をしていると考えられています。そこで、共同研究グループは、fMRIを用いて、まどろみ状態でこのネットワークが変化していないかを解析しました。

内 容

通常のfMRIの実験では、実験中の被験者がはっきり目覚めているのか、眠たいのかは知ることができません。そこで、特別な脳波計測装置を用いて、fMRIと同時に脳波を計測し、はっきり目覚めている状態とまどろみ状態(睡眠段階1)を区別しました。脳全体を3,780ヶ所の小さい領域に分割して、fMRIのデータから領域間の同期の強さを計算し、脳全体の安静状態ネットワークがどのような「つながり方」になっているかを数理学的に求めました。複雑ネットワーク解析の手法を用いて、安静状態ネットワークの情報伝達効率を計算し、はっきり目覚めている状態とまどろみ状態で比較しました。

その結果、まどろみ状態では、安静状態ネットワークの情報伝達効率が低下していることが明らかになりました。さらに、「意識」との関連が深いとされる、前頭連合野・頭頂連合野で特に情報伝達効率が低下していることも分かりました。これは、まどろみ状態では、脳内のネットワークのつながり方が変化し、素早く正確な情報の受渡しができにくい状態になっていることを明らかにした世界初の知見と言えます。

今後の展開

今後、深い睡眠やレム睡眠での脳ネットワークの解析を進めていきます。まどろみ状態や睡眠は生理的に意識が低下する状態で、脳の病気による意識の障害と共通するメカニズムがあると考えられています。未だに明らかになっていない、「なぜ意識が無くなるのか?」という大きな疑問の解決に貢献することが期待されます。また、今回の知見は、危険防止の観点から、居眠り運転やうっかりミスの防止に応用できることが期待されます。

論文

Uehara T, Yamasaki T, Okamoto T, Koike T, Kan S, Miyauchi S, Kira JI, Tobimatsu S: Efficiency of a "Small-World" Brain Network Depends on Consciousness Level: A Resting-State fMRI Study. Cerebral Cortex 2013; doi: 10.1093/cercor/bht004

参考図

用語 解説

特別な脳波計測装置

fMRIは、脳のどの領域が活動したかを非常に正確に明らかにすることができます。しかし、脳血流を測っているために、fMRIの画像データをいくら見ても、起きているのか、眠いのか、眠っているのかは(極端に言えば、生きているのか死んでいるのかも)、分かりません。実際に、fMRIの実験では、被験者は横臥した状態で動くことができないので、ほとんどの場合眠くなります。

一方、脳波は、脳の神経細胞の電気的活動の集合を頭皮上に装着した電極から記録したもので、脳のどの領域が活動したかという点に関しては、fMRIより劣りますが、はっきり目覚めているか、少し眠いか、眠っているかという、いわゆる眠気に対して、非常に鋭敏に変化します。

したがって、fMRIと脳波を同時に計測すれば、理想的な計測ができます。しかし、MRIの中は、地磁気の数万倍の非常に強い磁場が絶えず発生しています。このような強い磁場の中に、数十マイクロボルトの脳波を記録するための電子回路を設置することは、従来は困難でした。さらに、撮像の際にはその磁場を急激に変動させるので、脳波上には脳波の数十倍の振幅のノイズが混入し、MRIの中で脳波を記録することは非常に困難でした。そのため、これまでのfMRIの研究では、実験中の被験者の眠気を考慮した研究はほとんどありませんでした。

NICTでは、MRIの強い磁場の中でも動作する脳波計を用いて(※現在は市販品を利用)、fMRIと脳波を同時に記録し、さらに、脳波上に混入してくるノイズを除去して、fMRIと脳波の両方を解析する統合的な計測システムを開発し(※本システムはNICTが単独で開発)、九州大学と共同で研究を行っています。

レム睡眠

ヒトの睡眠では、レム睡眠とノンレム睡眠が交互に現れます。このうち、レム睡眠は「急速眼球運動」(Rapid Eye Movement)が見られる睡眠のことで、約90分の間隔で現れます。レム睡眠時の脳は、ノンレム睡眠に比べて覚醒時の状態に近く、また夢を見ることが多いとされています。

各組織の主な役割分担

組織ごとの主な役割分担は、以下のとおりです。
  • NICT:fMRIと脳波の両方を解析する統合的な計測システムを開発
  • 九州大学:研究の発案。NICTのシステムで記録したデータの解析



なお、今回の研究成果は、戦略的創造研究推進事業 CREST 研究領域「生命現象の解明と応用に資する新しい計測・分析基盤技術」研究課題「次世代無侵襲・定量的脳機能イメージング法の開発」(平成17~22年度、研究代表者:吉岡芳親)によって開発した計測システムによるものです。

本件に関する 問い合わせ先

九州大学病院 神経内科

助教 上原 平
TEL:092-642-5340
FAX:092-642-5352
E-mail:

情報通信研究機構(NICT)未来ICT研究所

総括主任研究員 宮内 哲
TEL:078-969-2162
FAX:078-969-2215
E-mail:

広報 問い合わせ先

九州大学 広報室

〒812-8581福岡市東区箱崎6-10-1
TEL:092-642-2106
FAX:092-642-2113
E-mail:
URL:http://www.kyushu-u.ac.jp

情報通信研究機構(NICT)広報部

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