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DNAを足場に、パーツを混ぜるだけで生体分子システムをつくる

~国際的科学誌 『米国科学アカデミー紀要(PNAS)』 に掲載へ~

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2012年12月25日

独立行政法人 情報通信研究機構(以下「NICT」、理事長:宮原 秀夫)は、将来の情報通信技術への応用を探る基礎研究として、生体分子の物性や機能の研究を行っており、その一環として、生体分子の自己組織能を活用した分子システム構築法と、それを利用した生体分子の集団としての動作原理を解明する研究を行っています。

今回、NICT(古田健也研究員、小嶋寛明室長ら)と、東京大学(豊島陽子教授)の研究グループは、DNAを足場として用いることで、生体分子のシステムをつくる技術を開発しました。構成部品を混ぜ合わせるだけで、あらかじめ設定しておいた数や並ぶ順番、間隔をもつタンパク質分子のシステムを一度に数多く作製するというものです。

さらに、この手法を用いて、生物の動きを司るタンパク質モータ分子システムを作製し、その運動を観測しました。その結果、モータの種類によって、複数の分子が集まるだけでお互いの活性を上げたり、システムに組み込まれるとごく一部のモータ分子だけが働くようになる現象を示すことを発見しました。本研究成果は、細胞内での物質輸送ならびに細胞骨格ネットワークの制御メカニズムの基本原理の理解 及び 分子情報通信デバイス構築技術の実現に向けた重要な知見となると考えられます。

なお、この成果は、2012年12月24日の週に、国際的科学誌 『米国科学アカデミー紀要(PNAS)』 オンライン速報版で公開されます。<http://www.pnas.org/papbyrecent.shtml

背景

生体分子は、生体内で複数分子のシステムを形成して働く場合がほとんどであり、システムを形成することで協調しながら効果的に機能を果たしています。細胞内での物質の輸送を司るタンパク質モータも例外ではなく、筋肉や鞭毛の運動、細胞小器官の輸送や細胞骨格ネットワーク構築の例に見られるように、複数の分子が協調して働いています。細胞内での物質輸送の向き、速度、効率を状況に応じて最適な状態に制御することは、細胞の生存にとって大変重要です。これらは輸送システムを構成するタンパク質モータの種類、状態、構成分子の数によってコントロールされます。

これまで、一分子レベルでのタンパク質モータの性質については、詳細に調べられてきました。しかし、複数分子の協調メカニズムについては、理論的な側面からの研究は行われてきましたが、生体分子の数と配置を正確に制御して分子システムを構築し、実験に用いることは困難であったため、研究の進展が妨げられていました。

今回の成果
DNAを足場とした生体分子システム
DNAを足場とした生体分子システム

今回、DNAの自己組織能を活用することで、構成パーツさえ用意すれば、一定の手順でそれらを混ぜるだけで、所望する構成の生体分子システムを作製できる手法を考案し、組み込まれるタンパク質分子の数と配置を制御した生体分子システムを作製することに成功しました。

さらに、この手法を細胞内での物質輸送や運動を司るタンパク質モータ分子に適用し、DNAの足場上に分子数や分子間隔を制御したタンパク質モータ分子(kinesin-1,Ncd)を用いた、生体分子システムを作製しました(図参照)。基板表面に固定したレールの役割を持つタンパク質フィラメント(微小管)上でのそれらの運動を蛍光顕微鏡下で観測した結果、生体分子システムを構成する分子の数を1個から2個に増やす、あるいはシステムを構成する分子の間隔を狭くするだけで、運動効率が著しく上昇することを見出しました。また、微小な力を測定できる特殊な光ピンセット装置を用いてシステム全体が発生する力を測定したところ、kinesin-1は、分子を何個か集めても、常に1個分の力しか出さないことを明らかにしました。

今回の結果は、複数のタンパク質モータ分子が狭い空間に詰め込まれると、それだけでお互いの運動の活性を上げたり、システムを構成する分子の数の変動に対しても安定して力を出したりする自己調整機能を有することを示しており、細胞内での物質輸送や細胞骨格ネットワーク形成に際して、タンパク質モータの離合集散の果たす役割を理解する上で重要な手がかりを与えるものです。

今後の展望

基礎研究の観点からは、今回の成果を、鞭毛運動モデル、筋収縮モデルや細胞骨格ネットワーク生成モデルなど、多数の分子が協調して働く生体システムを人工的に再構成するための手法として発展させ、その動作メカニズムの理解を深めるために活用することが期待されます。応用的な観点からは、タンパク質分子をこれまでにない高い精度で配置し、システム化することを通じ、受容体タンパク質を利用したセンサやタンパク質モータを利用したアクチュエータなど、生物の優れた機能をそのまま保有した、新しいデバイス構築を実現するための基盤技術としての活用が期待されます。

なお、この研究成果は、2012年12月24日の週に、『米国科学アカデミー紀要(PNAS)』オンライン速報版で公開されます。

掲載論文

- Proceedings of the National Academy of Sciences (PNAS)

オンライ ン速報版 <http://www.pnas.org/papbyrecent.shtml>
掲載論文名: Measuring Collective Transport by Defined Numbers of Processive and Nonprocessive Kinesin Motors
著 者   : Ken’ya Furuta1, Akane Furuta2, Yoko Y. Toyoshima3, Misako Amino4, Kazuhiro Oiwa5,
and Hiroaki Kojima6
1古田 健也(NICT)、2古田 茜(NICT)、3豊島 陽子(東京大学大学院総合文化研究科)、4網野 美紗子(NICT)、5大岩 和弘(NICT、兵庫県立大学大学院生命理学研究科)、6 小嶋 寛明(NICT) )

補足資料

図1.自己組織的な分子システム構築法

図1.自己組織的な分子システム構築法

酵素タグ(SNAP-tag, HaloTag)が認識する人工基質(リガンド)を導入した
一本鎖DNA断片
を、テンプレートとなるDNA鎖と塩基配列特異的に結合させ、
二本鎖DNAの足場
を形成する。
次に、酵素タグを末端にもつ
生体分子
と混合し、自己組織的に分子システムを構築する。

 

図2.DNAを足場としたタンパク質モータ分子システムの運動とモデルシミュレーション
 
(左)分子システムの模式図と微小管に沿った分子システムの運動軌跡:
システムを構成するタンパク質モータ分子(Ncd)の数が1個から2個になった途端、微小管に沿った連続運動がみられるようになった。赤いラインが運動の軌跡。
 
(右)モデルの概略とシミュレーションによって再現した運動軌跡:
構成分子が1個から2個に増えた際の運動連続性の大きな変化を再現できた。
(スケールバー:3μm)

用語 解説

タンパク質モータ

生物の運動の原動力となっているタンパク質。ATP(アデノシン三リン酸)を加水分解したときに得られるエネルギーを使って、タンパク質フィラメントの上を運動することができる。代表的なタンパク質モータは、筋肉の収縮の原動力であるミオシン、細胞内の物質輸送に関わるキネシン、繊毛・鞭毛の運動を作り出すダイニンがある。

細胞骨格

細胞内に存在し、細胞の形態維持や物質輸送のためのレールの役割を担う、一群の線維状タンパク質。本研究において扱っている微小管はその一つであり、細胞内に物質輸送のためのネットワークを形成しており、細胞分裂の際には紡錘体を形成する。また、鞭毛や繊毛を構成する主要な構造の一つである。

kinesin-1と Ncd

細胞内の物質輸送や微小管ネットワーク形成に関わるタンパク質モータである、キネシンの一種。大きさ10nm(ナノメートル)ほどのタンパク質であり、ATP(アデノシン三リン酸)の加水分解で得られるエネルギーを使って、微小管の上を滑るように運動する。

微小管

ダイニンやキネシンの運動の軌道となる、タンパク質フィラメント。球状タンパク質であるチューブリンが重合してできたフィラメントで、直径25nm(ナノメートル)の中空の筒である。重合の程度で微小管の長さは変えることができる。この実験では10~15μm(マイクロメートル)ほどの長さの微小管を用いている。

光ピンセット装置

マイクロメータオーダーの微小な物体を光によって捕らえ、試料中でマニピュレートする機能を備えた光学顕微鏡。捕捉されたマイクロビーズは、力を測定するためのプローブとして利用できる。開口数の大きな対物レンズにより、レーザをサンプル内に集光することで光ピンセットを形成する。

酵素タグ

低分子の人工基質(リガンド)と共有結合を介して結合する性質をもった、標識用タンパク質。標識を行いたい目的とするタンパク質分子(本研究ではタンパク質モータ)に遺伝子工学的につなげることで、リガンドをもつターゲットを認識して特異的に結合させることができる。

運動連続性

タンパク質モータが、軌道となるタンパク質フィラメントに一旦着地してから離脱するまでに移動できる距離の程度を表すパラメータ。プロセッシビティと呼ばれる。タンパク質モータは常に大きな熱揺らぎにさらされているため、フィラメントから一瞬でも手を離すと環境中に飛ばされる。運動連続性の高いモータ分子は2本の手で交互にフィラメントをつかむ等、手を離す確率を低く抑える仕組みを持っているといえる。生体内では働く場所に応じて異なるプロセッシビティを持ったタンパク質モータが存在している。



本件に関する 問い合わせ先

未来ICT研究所 バイオICT研究室

小嶋 寛明
Tel: 078-969-2231
Fax: 078-969-2239
E-mail:

取材依頼及び広報 問い合わせ先

広報部 報道担当

廣田 幸子
Tel: 042-327-6923
Fax: 042-327-7587
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