本研究の一部は、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)からの委託事業である、平成23年度「省エネルギー革新技術開発事業 挑戦研究(事前研究一体型)/研究課題名:超高耐圧酸化ガリウムパワーデバイスの研究開発」により実施致しました。
独立行政法人情報通信研究機構(理事長:宮原 秀夫)は、株式会社タムラ製作所(代表取締役社長:田村 直樹)、株式会社光波(代表取締役社長:中島 康裕)と共同で、新しいワイドギャップ半導体 材料である酸化ガリウム(Ga2O3)単結晶基板を用いた電界効果型トランジスタ(FET)を開発し、その世界初の動作実証に成功しました。
酸化ガリウムは、そのワイドギャップに代表される材料物性から、高耐圧・低損失なパワーデバイス用途の新しい半導体材料として非常に有望です。また酸化ガリウムは、シリコンカーバイド(SiC)、窒化ガリウム(GaN)といった既存のワイドギャップ半導体では不可能な融液成長法による単結晶基板の作製が可能であることから、製造に必要なエネルギーやコストの大幅な削減が見込まれます。今回開発したトランジスタに代表される「酸化ガリウムパワーデバイス」は、現代の省エネルギー問題に直接貢献することができる新しい半導体デバイス研究開発分野であると同時に、近い将来の半導体産業の更なる発展に一翼を担う分野になると期待されます。
なお、本研究成果は、米国物理学会誌 『Applied Physics Letters』の1月2日号にオンライン公開されました。
現在、世界的な課題として、化石燃料に替わる新エネルギーの創出と並行して、革新的な省電力技術の開発が求められています。このような社会事情から、現状のシリコン(Si) よりも更に高耐圧・低損失なパワーデバイスの実現が期待できるSiC, GaN といったワイドギャップ半導体材料が注目され、日本はもとより米国、欧州といった諸外国においても活発に研究開発が進められています。酸化ガリウムは、SiC, GaN と比較して更に大きなそのバンドギャップに代表される物性から、パワーデバイスに応用した場合、より一層の高耐圧・低損失化等の優れたデバイス特性が期待できます。また、簡便な融液成長法により単結晶基板が作製可能であるという主に産業面で有益な特徴もあります。しかし、これらの高い材料的ポテンシャルにもかかわらず、これまで研究開発はほとんど手付かずの状態でした。
今回、新たに開発した「酸化ガリウム単結晶基板作製、薄膜結晶成長、デバイスプロセス技術」を駆使して、電界効果トランジスタの一種(MESFET)を作製し、その動作実証に世界で初めて成功しました。今回の開発の最大のポイントは、融液成長法の一つであるフローティングゾーン法で作製した単結晶酸化ガリウム基板上に、分子線エピタキシー法によって成長した高品質n 型酸化ガリウム薄膜をトランジスタのチャネルとして用いたことです。デバイス特性は、研究開発初期段階のため非常にシンプルなトランジスタ構造であるにもかかわらず、(1) 高いオフ状態耐圧(250 V 以上)、(2) 非常に小さいリーク電流(数μA/mm 程度)、(3) 高い電流オン/オフ比(約10,000)が得られるなど優れています。これらのデバイス特性は、実際のパワーデバイス機器に応用した場合、そのスイッチング動作時の大幅な損失低減につながります。
今回、新ワイドギャップ半導体材料である「酸化ガリウム」を用いたトランジスタの開発に成功したことによって、次世代高性能パワーデバイス実現への可能性が開けました。今後、その優れた物性を生かした酸化ガリウムデバイスに関する研究開発が世界的に広がると予想されます。高性能酸化ガリウムパワーデバイスは、グローバルな課題である省エネ問題に対して直接貢献するとともに、日本発の新たな半導体産業の創出という経済面での貢献も併せて期待されます。近い将来、送配電、鉄道といった高耐圧から、電気、ハイブリッド自動車応用などの中耐圧、更にはエアコン、冷蔵庫といった家電機器などで用いられる低耐圧分野も含めた非常に幅広い領域での応用が見込まれます。
補足資料
図1(a)は、代表的な半導体及び酸化ガリウム(Ga2O3)の、主に物性値から見積もられた将来的な適用分野の住み分け予想図です。Ga2O3 は、その物性からシリコンカーバイド(SiC)、窒化ガリウム(GaN)より、更に高耐圧、大電力分野で最初にその利用が進むと予想されます。その後、Ga2O3 デバイスの普及に伴い、基板作製が簡便かつ安価で可能であることによるコスト面での有利さを生かして、更にSiC, GaN の分野へも利用が広がっていくと考えられます。
Ga2O3 パワーデバイスの性能を決める2 大パラメーターである「耐圧」と「オン抵抗」は、常にトレードオフの関係にあります。そのため、図1(b)に描く各々の材料の性能限界を示す直線に関しては、グラフ上、右下へ行くほどパワーデバイス材料として優れていることを表しています。この図から、Ga2O3 は、シリコン(Si)はもとより代表的なワイドギャップ半導体であるGaN, SiC と比較しても、パワーデバイス材料としてより優れた特性を有していることが分かります。
図2 は、融液成長法により作製した単結晶Ga2O3 基板を示しています。融液成長法は、(1) 基板の大型化が容易、(2)作製時に高温、高圧といった条件が必要でないことから、低エネルギー、低コストでの作製が可能、(3) 原料効率が高い等の特徴を持つことから、実際の生産に非常に適した方法です。単結晶Ga2O3 基板が、他のワイドギャップ半導体材料(SiC,GaN)では不可能な融液成長法で作製可能であることは、実用面・産業面での大きなアドバンテージとなります。
我々は、図3 に示すシンプルなトランジスタ構造であるMESFET を、新たに開発した「Ga2O3 単結晶基板、エピタキシャル成長薄膜、デバイスプロセス技術」を用いて今回作製しました。
図4(a)の電流、電圧特性に示すように、ゲート電圧によるドレイン電流量及びオン・オフ制御が完璧になされています。また、ドレイン電流をオフにした状態で、耐圧250 V 以上が得られています。これは、耐圧向上対策を施していない非常に単純なFET 構造で有ることも考慮した場合、非常に高い値と言えます。
また、図4(b)に示すように、トランジスタオフ時のドレインリーク電流が非常に小さいことも特徴です。この結果、トランジスタ動作時のオン/オフ比も約10,000 と高い値が得られています。オフ時のリーク電流が小さいことは、そのまま電力損失の低減につながります。研究開発当初の試作のため、単純なトランジスタ構造であるにもかかわらず、上述のようにパワーデバイスとして要求される重要な特性を既に満たすレベルにありました。これらの結果は、Ga2O3 の材料特性及び単結晶基板を用いたことによる結晶品質の高さに起因すると考えられます。
用語 解説
半導体の材料特性を決める最も基本的なパラメーターである「バンドギャップ」が大きい半導体の総称。代表的なワイドギャップ半導体としては、シリコンカーバイド(SiC)、窒化ガリウム(GaN)、酸化亜鉛(ZnO)などが挙げられる。電子デバイスに応用する場合、高耐圧、高出力、低損失などのパワーデバイスに適した特性を示す。そのため、現在シリコン(Si)に替わる次世代パワーデバイス材料として盛んに研究開発が進められている。
酸化ガリウムは、ガリウム(Ga)と酸素(O)の化学量論比2:3 の化合物で、化学式Ga2O3 で表される半導体。結晶構 造として、α,β,γ,δ,εの5 つの異なる形が存在することが知られている。それらの中でも、最も安定な構造である β-Ga2O3 のバンドギャップは室温で4.8-4.9 eV(電子ボルト)。
電界効果トランジスタ (Field Effect Transistor, FET)は、ゲート電極に電圧をかけることで、チャネルの電界による電子又は正孔の流れに関門(ゲート)を設ける原理で、ソース—ドレイン端子間の電流を制御するタイプのトランジスタ。
パワーデバイスは、電力機器向けの半導体素子の総称。その構造は電力制御用に最適化されており、パワーエレクトロニクスの中心となる電子部品。家庭用電化製品やコンピュータなどに使われている半導体素子に比べて、高電圧、大電流を扱えることが特徴。
シリコンカーバイドは、ケイ素(Si)と炭素(C)の1:1 の化合物で、化学式SiC で表される半導体。バンドギャップは室温で3.3 eV(電子ボルト)である。その大きなバンドギャップから、現在次世代パワーデバイス材料として活発に研究開発が進められている。
窒化ガリウムは、ガリウム(Ga)と窒素(N)の1:1 の化合物で、化学式GaN で表される半導体。そのバンドギャップは室温で3.4 eV(電子ボルト)と大きい。現在、主に青色発光ダイオード、レーザーダイオード等の発光デバイスの材料として用いられている。また、電子デバイスとしても、昨今SiC と同様にパワーデバイス用途での研究開発が活発に進められている。
溶融した材料を用いた単結晶成長方法。半導体基板作製に適用した場合の特徴として、(1) 単結晶基板の大型化が容易、(2) 作製時に高温・高圧といった条件が不要なため低エネルギー・低コストでの作製が可能、(3)原料効率が高い等が挙げられる。これらの特徴から、実際の生産に非常に適した方法である。
半導体、絶縁体において、電子が占有する最も高いエネルギーバンドである価電子帯の頂上と、最も低い空のバンドに相当する伝導帯の底までのエネルギー差。材料物性を決める最も基本的なパラメーターの一つ。
MESFET (Metal-Semiconductor Field Effect Transistor)は、電界効果トランジスタの一種。ショットキー接合性の金属をゲートとして半導体上に形成した構造を持つ。一般にMESFET は、化合物半導体(GaAs, InP, SiC等)で利用され、Si MOSFET と比較して高性能であることから、各種の高周波素子に利用されている。
材料を溶融しながら単結晶化を行うゾーンメルト(融液成長)法の一種。半導体基板を作製するための元となるインゴットを引き上げるのに使われる。
半導体薄膜の結晶成長に用いられる手法の一つ。超高真空成長室内に設置したセル内で高純度原料を加熱、蒸発させるなどして、所望の半導体材料の構成元素を基板表面に照射して薄膜成長が行われる。非常に純度の高い結晶が得られること、精密な組成の制御が可能なこと、原子層オーダーでの膜厚の制御が可能であることなどが特徴。
本件に関する 問い合わせ先
未来ICT 研究所 超高周波ICT 研究室
東脇 正高
Tel: 042-327-6092
E-mail:
広報 問い合わせ先
廣田 幸子
Tel: 042-327-6923
E-mail:
西村 良男
Tel: 03-3978-2012
E-mail: