光を使った高速通信が身近になり、通信システムはもとより様々な分野において高速光信号の利用が進んでいます。複数のアンテナを連動させる電波望遠鏡もその1つです。アルマでは最大18.5km離れた66台のアンテナを連動させるために、各アンテナで受信された信号のタイミング(位相)を精密にあわせて合成する必要があります。これを実現するために周波数が100ギガヘルツを超える高速の基準信号を、乱れが30万年に1秒以下という安定性で長距離を伝える必要があり、基準信号源の高い位相安定度がきわめて重要で、基になる信号は原子時計で作られます。従来の銅線や導波管では離れたアンテナへの高速信号の伝送が困難なため、アルマでは高速信号を光にのせて伝えるファイバ無線技術を利用します。アルマの性能確保のために要求される安定性、周波数の範囲、精度の高さを実現する新たな光信号発生・伝送技術が必要とされていました。
情報通信研究機構(以下「NICT」、理事長:宮原 秀夫)は、国立天文台(以下「NAOJ」、台長:観山 正見)と共同で世界最高の安定度と精度を持ち、しかも高速な基準光源の開発に成功しました。本基準光源は、20ギガヘルツから120ギガヘルツまでの極めて広い周波数範囲の高速信号を、高精度を確保しながら安定して発生させることが可能です。この性能は、日米欧の国際協力で建設が進むアルマ電波望遠鏡(以下「アルマ」)の厳しい条件を十分満たしており、その心臓部分として機能する基準信号源として利用される予定です。また、大容量通信を支える高速光デバイスの精密測定への応用も進めています。
今回NICTとNAOJは、NICT独自の高消光比変調技術を利用し、精度を保ったまま周波数範囲を拡大する構成を提案し、NAOJの安定度向上技術による制御機能を組み合わせて、世界最高性能の基準信号発生装置(図1)を共同開発し、100ギガヘルツを超える高速信号の長距離伝送を実現しました。本装置の方式(図2)により、従来技術の課題であった安定性、周波数範囲、精度の問題を解決しました。安定性は2台のレーザーを用いる従来方式(図3 光位相同期方式)に比べて10倍以上を実現し、信号の乱れを30万年に1秒以下とすることに成功しました。また、精度は従来型変調器と比較し1000倍以上、周波数範囲は 4倍を達成しました。本装置は、周波数20ギガヘルツから120ギガヘルツまでの広範囲においてアルマの性能確保に必須とされる条件を満たすもので、既に商品化されている光FSK変調器をベースとしており、極めて実用性の高いものです。また、基準光源を用いた光通信デバイス高精度評価装置(図4)の開発もあわせて成功致しました。
アルマ現地での長期安定動作確保のために自動制御システムの開発を継続致します。さらに高速光デバイス高精度測定用基準光源としての実用化を目指し、計測技術としての国際標準化活動をIEC TC103にて推進致します。なお、アルマ基準信号源関連研究の成果を11月7日(日)~11日(木)に米国デンバーにて開催された米国電気電子学会フォトニクスソサイエティ年次大会で発表いたしました。
用語解説
日本が主導する東アジア・北米・欧州がチリと協力して建設している究極の地上電波望遠鏡です。南米チリ共和国の北部にあるアタカマ砂漠の標高約5000mの高原に建設され、ハッブル宇宙望遠鏡やすばる望遠鏡の10倍の空間分解能(0.01秒角:大阪にある1円玉を東京から見分けられます)で宇宙の謎を探ります。このアタカマ砂漠は年間降水量100mm以下でほぼ年中晴天、さらには標高が高いため水蒸気による電波吸収の影響を受けにくい場所です。そのため、標高の低い場所に比べ高い周波数の電磁波の観測が可能で、アルマの波長域となるサブミリ波もとらえることができます。最長18.5km離れたところに66台のアンテナが配置され、これらからの信号を合成し多数のアンテナを1つの電波干渉計にし、高い空間分解能を実現します。今回開発した光基準信号はこれらのアンテナで受け取る信号の位相を精密に合わせる役割を担います。光基準信号の高い安定度がアルマ全体としての性能確保にとってきわめて重要です。
空間分解能(解像度)は、一般の単独の望遠鏡では口径に比例します。遠く離れた多数のアンテナの電波を合成できるアルマでは、アンテナ間隔が口径に相当し、高い解像度を得ることができます。
http://alma.mtk.nao.ac.jp/j/
電波が届きにくい場所や電波干渉を避ける目的で、電波(高速で変化する電気信号)を光ファイバで送る技術。従来は同軸ケーブルなどの導線で電波を送っていました。アンテナからテレビまでを接続するケーブルが身近な例です。しかし、アルマの基準信号のような周波数の高い高速信号は、導線では伝送ロスが大きく、長距離伝送が困難です。
アルマにおけるファイバ無線では、強さのバランスと周波数が安定した2つの光信号成分を送信します。この2つの光信号の周波数の差と基準信号周波数と一致させ、光ファイバを使って離れたところまで送信します。受信側では光信号の周波数差から電波を生成します。光⇔電波の変換装置が必要になりますが、光ファイバによるロスは非常に小さく、周波数が高い高速信号も効率よく配信することが可能です。
光変調器の基本的な機能は電気信号の変化に応じて、光をオンオフするというものですが、オフとした場合にも出力を完全にゼロとすることは不可能で、わずかに光が残ります。この残った光と、オンにしたときの光の強さの比が変調器の性能を表す重要な指標となっていて、消光比と呼ばれています。消光比が小さければオンとオフのときの強度の差が小さく、雑音などの影響を受けやすくなります。NICTでは高速光変調器の内部に製造誤差を補正する機構をもつデバイスを開発し、これにより高消光比(10万~100万)変調技術が実現しています。
https://www.nict.go.jp/press/2005/press-20050901.pdf
周波数を高速で切り替えることを可能にするデバイス。
NICT特許をベースに技術移転、
商品化(住友大阪セメント株式会社)。
川西 哲也
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