現在、光通信等で利用されている半導体レーザや光増幅器は、量子井戸構造 (図1)を用いています。量子井戸構造を用いた半導体レーザは温度が上昇すると性能が劣化するため、温度調整装置に電力を必要とし、小型化の妨げになっていました。そこで、温度に影響されない小型高性能な量子ドット構造を用いた半導体レーザが期待されています。しかし、量子ドット構造の特性を十分活かしたデバイス実現のためには用途に応じて十分な密度の量子ドットを形成する技術が必要となります。
独立行政法人情報通信研究機構(以下「NICT」という。理事長:宮原 秀夫)は、光通信用デバイスでの利用が期待される半導体量子ドット構造 (図1)の形成技術において、300層の量子ドットを積層することに成功し、世界記録を更新しました。この密度は通常作成される自己組織化量子ドットの100倍以上になります。
また、この超高密度半導体量子ドットの性能を利用した半導体レーザを試作し、80℃までの温度環境で通信波長帯域のレーザ発振に成功しました。本技術により、温度調整不要な広帯域レーザが実現でき、ネットワークの低消費電力化及びコスト低減に貢献できます。
「これまで多くの研究機関で自己組織化機構による半導体量子ドットの作製方法が研究されています。自己組織化機構による形成技術は高品質な半導体量子ドットが形成できるというメリットがある一方で、結晶中に歪みが残留し、高密度化に限界があることが課題とされてきました。そこで、NICTでは独自の歪補償技術により半導体量子ドットを多重に積層する構造を考案しました(図2)。
今回この技術を高精度化し、従来のNICTでの記録の2倍の層数である300層の半導体量子ドットを積層することに成功しました(図3)。この密度は通常作製される自己組織化量子ドットの100倍以上になります。また、この技術を用いた半導体量子ドットレーザを試作し、通信波長帯である1.55µm帯でのレーザ発振に成功しました(図4)。この半導体量子ドットレーザでは、温度に対する発振しきい値電流の無依存性を示す特性温度という値が、これまでの1.55μm帯半導体レーザで最も高い値を示し(図5)、高温での動作を実証しました。
本技術により、温度調整不要な光通信用デバイスが実現され、ネットワークの低消費電力化へ貢献できます。また、光と相互作用する量子ドットの数が飛躍的に増加するため、光通信以外でも超高効率太陽電池、量子情報通信用デバイス等への応用が期待できます。
今回実現した半導体量子ドットレーザのみならず、量子ドットの高密度性を利用した様々な光通信用デバイスへの応用研究を推進します。さらに、高密度量子ドットが必要な新しい分野への展開を、共同研究などを通じて推進します。なお、本成果の詳細は2010年5月31日から香川で開催される国際会議「The 37th International Symposium on Compound Semiconductors(ISCS2010)」の招待講演にて発表を予定しております
用語解説
量子ドットとはナノメートルスケールの微小な粒です(図1)。この微小な構造を光デバイスなどに用いると、従来困難であった長波長・広帯域動作が可能となります。また、この量子ドット構造の光デバイスは低消費電力化などの低環境負荷・グリーン技術としても期待されています。さらには、太陽電池への応用や量子情報通信技術への応用も期待されています。
半導体の結晶成長だけでナノメートルスケールの構造を自然形成する技術です。複雑なプロセスを使わないため高品質な半導体ナノ構造を得ることが出来ます。通常は結晶の格子が小さな物質の上に大きな物質を結晶成長することにより量子ドットが得られます。
通常、半導体レーザのしきい値電流は温度の上昇に伴い、増加します。その増加の割合は以下の式で表わされます。
この時のT0を特性温度と呼びます。特性温度が高いほど、半導体レーザのしきい値電流の増加は抑えられます。T0が無限大の理想的な半導体量子ドットレーザでは、しきい値電流の増加が全くないレーザが実現できると理論的に予想されています。今回の成果ではT0が164の1.55μm帯半導体レーザが実現しました。
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