本文へ
文字サイズ:小文字サイズ:標準文字サイズ:大
  • English Top

ハイブリッド量子もつれ光源の開発に成功

自由空間・ファイバ統合型量子鍵配送実現に道

  • 印刷
2010年2月3日

独立行政法人情報通信研究機構(以下「NICT」という。理事長:宮原 秀夫)量子ICTグループ、宇宙通信ネットワークグループと日本電気株式会社(以下「NEC」という。取締役社長:矢野 薫)は、完全秘匿通信を可能とする量子鍵配送に用いる量子もつれ光源において、ファイバ内の伝搬に適したフォーマットから自由空間に適したフォーマットへの変換を行い、自由空間側とファイバ側での量子もつれ状態の共有に成功しました。これまでファイバ伝送と自由空間を統合した量子鍵配送は世界に例がなく、今回開発したハイブリッド量子もつれ光源が自由空間とファイバを統合するフレキシブルな量子鍵配送システムのキーデバイスになることが期待されます。

この成果は米国物理協会速報紙『Applied Physics Letters』(1月20日出版)に掲載されました。

背景

量子鍵配送は情報漏洩に対する無条件安全性を物理的に保証できるため、近年世界各国で開発が精力的に進められています。次世代の量子鍵配送は安全性に優れた量子もつれ光源を用いたシステムが主流になると考えられており、光ファイバでは減衰や雑音の影響により、鍵配送距離は300kmが限界とされています。一方、自由空間伝送であれば、ファイバより長距離に伝送することができ、地球を周回する人工衛星を用いることで地球全体への量子鍵配送が可能となり、グローバルかつフレキシブルな完全秘匿通信サービスが可能となります。しかし、伝搬路であるファイバと大気とでは光の伝搬特性に違いがあり、自由空間通信とファイバでは別々の量子鍵配送の運用が必要でした。

今回の成果

ハイブリッド量子もつれ光源は、NICTが新規に考案したフォーマット変換器とNECが開発を進めてきた波長の異なる光子対発生器とで構成されています。光子対発生器から出力されたそれぞれの光子を非対称マッハツェンダー干渉計に入射させ、ファイバ伝送時でも“もつれ状態”が保たれ易いtime-binもつれフォーマットとした後、一方の光子にフォーマット変換器により偏光情報を重畳させます(図1および2参照)。量子もつれの保存を証明するテストを行った結果を図 3に示します。量子もつれがない状況でできる光子干渉の明瞭度の限界(古典限界値)が71%であるのに対し、今回それを大きく上回る88%以上の明瞭度を実現できるハイブリッド量子もつれ光源の開発に成功しました。このデバイスにより、量子もつれを用いた自由空間・ファイバ統合量子鍵配送が原理的に可能であることを証明しました。

今後の展望

ハイブリッド量子もつれ光源は、自由空間・ファイバ統合型の量子鍵配送を実現でき、量子鍵配送のフレキシブルな構築を可能とします。ビル間のリンクとファイバを通した都市間でのリンクをシームレスで構築することが可能になります。また、自由空間側の受信機は、偏光素子と単一光子検出器のみで構成可能で、装置の小型化・軽量化が可能であり、将来、移動体(衛星など)や衛星搭載機器への展開を飛躍的に容易にします。

補足資料
図1 ハイブリッド量子もつれ光源と自由空間・ファイバ統合型量子鍵配送構成図
図1 ハイブリッド量子もつれ光源と自由空間・ファイバ統合型量子鍵配送構成図 自由空間側(Alice側)は偏光素子(PBS)と光子検出器(BS)のみで構成可能
図2 ハイブリッド量子もつれを実現するためのフォーマット変換器の機能
図2 ハイブリッド量子もつれを実現するためのフォーマット変換器の機能
図3 量子もつれの保存証明 量子鍵配送2者間同時計数の(a) 遅延時間 (b)干渉計動作温度依存性
図3 量子もつれの保存証明 量子鍵配送2者間同時計数の(a) 遅延時間 (b)干渉計動作温度依存性

補足:

PPLN結晶に波長532nmのレーザを照射し、波長810nm と1550nmの光子対を生成させ、それぞれの光子を光路差の等しい非対称マッハツェンダー干渉計に入射することにより、この2光子間にtime-binもつれが生じます(図1および図2参照)。2連パルスの位置と位相差に量子もつれ状態が発生しますが、波長810nmの光子に対しては、通常の非対称マッハツェンダー干渉計の代わりに図2下段に示す装置を用いて位相差の情報はそのままに2連パルスの前に水平偏光、後者に垂直偏光という状態を重畳しました。

このことによりtime-binもつれ状態を偏光の状態を測定することで計測でき、受信装置の大幅な簡素化が可能となりました(図1 左Alice側)。図3には量子もつれの保存を証明するテストである波長810nmと1550nmの光子の同時計数の(a)遅延時間依存性、(b)1550nm光子用干渉計を示します。(a)の中央のピーク2つは810nm光子も1550nmの光子も長い光路(短い光路)を通過した場合、双方において0(1)の値を得ていることが判ります。また(b)では1550nm帯の干渉計の動作温度を変化させることにより干渉計の位相を動かした場合の同時計数を示しています。

これらの結果から明瞭度88%以上で量子相関の計測に成功しました。古典限界が71%であるのに対し、それを大きく上回る88%以上の明瞭度は、ハイブリッド量子もつれ光源を用いた量子鍵配送が可能であることを示しています。

用語解説

量子鍵配送

光子一つ一つの量子状態(偏光など)を利用して送受信者間で暗号用の鍵を共有する通信方式。盗聴者が観測(盗聴)を行うと量子状態が歪むため盗聴を見破ることが可能となる。

量子もつれ

量子力学の世界で2個以上の粒子が古典力学とは異なる相関を持つ状態の性質を言い、もつれ状態の原子や電子、光子などは、どれだけ離れていてももつれ状態が保たれる。量子もつれ状態にある2つの光子の場合、片方の状態が決まると、もう一方の状態も瞬時にそれに応じて決まり、光子間の距離に関係なく瞬間的に結合する「コミュニケーション」を引き起こす。

米国物理協会速報紙『Applied Physics Letters』

URL  http://apl-beta.aip.org/applab/v95/i26 
Performance of hybrid entanglement photon pair source for quantum key distribution
M. Fujiwara, M. Toyoshima, M. Sasaki, K. Yoshino, Y. Namb, and A. Tomita
Vol.95, Issue 26, 261103, 2009. Dec. 29 online 掲載

マッハツェンダー干渉計

レーザ光や光子の入力部に半透過鏡を用い、光路を二つに分割して再び合波した際に光の波の性質により干渉を生じさせる。今回使用した干渉計では2分割した光路長に差があるものを使用している。

time-binもつれ

2連パルスの光子波束状態で表現されるもつれ。発生のためには非対称干渉計が2つの光子それぞれに必要となる。

補足:

光ファイバは複屈折軸の方向が長手方向にランダムに変化するため、偏光もつれ光子対は、光ファイバ網を用いた量子通信には適さないことに対し、ジュネーヴ大学(スイス)のグループにより提案されたTime-binもつれは、上記の問題を回避する方法として広く採用されている。

PPLN結晶

周期分極ニオブ酸リチウム(Periodically Poled Lithium Niobate: PPLN) は、擬似位相整合に基づく非線形結晶で、第二高調波発生、差周波発生、和周波混合、光パラメトリック発振などを効率よく行うことができる。

<本件に関する 問い合わせ先>
新世代ネットワーク研究センター量子ICTグループ
藤原 幹生

Tel:042-327-7552
Fax:042-327-6629
E-mail:

<取材依頼及び広報 問い合わせ先>
総合企画部広報室
報道担当 廣田 幸子

Tel:042-327-6923
Fax:042-327-7587
E-mail: