現在の地球大気は人為起源の放出物の影響により環境問題が深刻化しています。地上の生命環境に影響を与えるオゾン層は破壊された状態のまま回復時期は明確ではなく、温暖化は時々刻々と進み、大気汚染は大陸間の越境問題に発展しています。
独立行政法人情報通信研究機構(以下「NICT」という。理事長:宮原 秀夫)は、独立行政法人宇宙航空研究開発機構(以下「JAXA」という。理事長:立川 敬二)と共同で、超伝導技術を駆使した高感度地球大気観測機 SMILESを開発しました。SMILES は9月11日(金)に種子島から打ち上げられ、国際宇宙ステーションの「きぼう」日本実験棟に設置される予定です。SMILESは地球大気現象で鍵となる働きを担う微量成分を従来の10倍もの高感度で観測します。得られる精緻な観測データは、我々人類のふるさと地球を守る大気の新しい姿を拓き、地球環境の診断への貢献が期待されます。
電波と光の中間領域に相当するサブミリ波を用いたリモートセンシングは、技術的に開発が非常に困難な周波数帯でした。NICT では 世界に先駆けてこの電磁波領域を克服するべく1990年代よりミリ波やサブミリ波の超伝導受信機を使用した地球大気観測に取り組んで来ました。国際宇宙ステーションに先駆け気球搭載SMILESの開発に成功するなど、技術実証を重ねて来ています。SMILESは平成9年4月に「きぼう」船外実験プラットフォームの初期利用テーマ公募に対して、NICTが主となり提案、厳正な審査により採択されたミッションです。SMILES開発はNICT/JAXAの他、国立天文台、大阪府立大学、東邦大学などの協力により進められています。SMILESにはNICTのサブミリ波による大気のリモートセンシング研究開発技術が凝縮されています。
SMILES は、宇宙ステーション補給機 の技術実証機に載せ、9月11日午前2時4分に JAXA 種子島宇宙センターから新大型ロケット H-IIB の試験機により打ち上げられる予定です。SMILESは船外プラットフォームの環境を十分に生かし、「きぼう」において初めての地球環境観測を行います。従来の小型軽量な衛星では困難だったサブミリ波極低温超伝導受信機を搭載、そのすばらしい高感度技術を駆使した精緻な地球大気観測を実現します。
NICTでは大気中の微量成分の全球マップ(レベル3データ)処理系 を設置、地球環境観測データを配布する予定です。
詳細な情報はNICT SMILES Webページ:http://smiles.nict.go.jp
用語解説
独立行政法人情報通信研究機構(NICT)と独立行政法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)が共同で開発した、国際宇宙ステーションの「きぼう」日本実験棟の船外実験プラットフォームで観測を実施する、地球観測装置です。超伝導を利用したサブミリ波の高感度受信機を備え、オゾン層の化学物質などの存在量を、これまでの数倍から十倍程度の高い精度で測定します。SMILES は、Superconducting Submillimeter-Wave Limb-Emission Sounderの略で、日本語では超伝導サブミリ波リム放射サウンダと言います。(図1)
国際宇宙ステーション (ISS) に建設された日本実験棟です。船内実験室、船内保管室、船外実験プラットフォームなどから構成されます。(図2)
船外実験プラットフォームの初期利用テーマとして JAXA に選択されたテーマは3つあり、SMILES はその1つです。ほかの2つのテーマの装置 (宇宙環境計測ミッション装置、全天X 線監視装置) は、スペースシャトルにより船外実験プラットフォームの本体とともに7月に打ち上げられて運用を開始しました。
高度 10 km 程度から 50 km 程度の大気の層でオゾンの多い層です。オゾンは紫外光を吸収するため、太陽からの生命に有害な紫外光 (UV-B) を地上に届かせないようにする、地球上の生命にとって重要な存在となっています。
南極のオゾンホールは1980年代前半に発見され、フロンガスから遊離した塩素が原因であることがわかっています。フロン規制によりオゾン層は回復に向かっていると言われますが、回復時期の予測は研究者により大きな開きがあります。一酸化塩素を始めとする多様な分子が関係するオゾン層の反応過程を理解するために、衛星などからの観測は重要です。SMILES では、オゾン層反応出とくに重要な一酸化塩素や塩化水素などの塩素系のガスを高精度で測定するだけでなく、これまで観測例が限られている一酸化臭素なども含めた10種類以上の化学物質濃度の地球上での分布を測定するので、大気化学の知見、現在の大気の状態についての多くの情報が得られます。
300 GHz から 3,000 GHz までの電波をサブミリ波と呼びます。テラヘルツ波 (一般には 100 GHz から10,000 GHz までの電磁波を指す) の一部でもあります。大気中の分子の多くは、赤外、可視、紫外などと同様にサブミリ波に、分子固有の吸収線を多数持っていて、分光観測により大気中の存在量を知ることができます。近赤外、可視、紫外では、太陽光の吸収や散乱でしか大気の観測は、通常できませんが、サブミリ波では、大気自身が発する、熱放射と呼ばれる電波を観測することができるので、夜間でも観測ができる特長があります。SMILES では、624 から 650 GHz のサブミリ波を使用しています。
SMILES の高感度受信機で使用するサブミリ波の検出器です。国立天文台と共同して開発しました。国立天文台が国際共同してチリに建設中の ALMA 計画の電波望遠鏡で使用しているものと同じ技術によるものです。超伝導ミキサは、絶対温度 4 K (摂氏 -268 度以下) 近くまで冷やさないと使用できませんが、半導体のミキサに比べ非常に高感度な性能を持っています。SMILES では冷凍機により超伝導ミキサを絶対温度4 K 近くまで冷却します。
NICT では、SMILES で使用するものと同等のサブミリ波超伝導ミキサを開発し、気球搭載サブミリ波地球大気観測装置を開発しました。2003年、2004年、2006年に、地上30km 以上の高度に上がる気球に搭載して、観測実験を行ないオゾン層のオゾンや一酸化塩素などの化学物質を観測しています。
宇宙ステーション補給機は、国際宇宙ステーションへ約 6 t の補給物資を輸送することができる、日本の開発した無人輸送機です。9月11日に、H-IIB ロケットの試験機に載せて打ち上げられる技術実証機が1号機です。SMILES は、その1号機に搭載される、最大の科学研究用装置です。
SMILES データの処理は、レベル1、レベル2、レベル3と順に処理されます。レベル1処理はSMILES から直接得られるサブミリ波の強さの校正処理、レベル2はサブミリ波の強さから大気中の化学物質濃度を求める処理、レベル3はさらに化学物質濃度を地球上での分布やその時間変化の様子などにする処理で、これにより現在の大気の状態を知ることができ、大気化学の研究に役立てることができます。
超伝導ミキサなどの高感度な素子を、動作する温度まで冷却するためには、液体ヘリウムを使用するか、冷凍機によって冷やさなければなりません。従来、天文衛星などでは大量の液体ヘリウムを宇宙へ運び素子を冷やした例が多数ありますが、液体ヘリウムが尽きれば観測が不可能、または、性能が非常に劣化する制約がありました。SMILES では、ヘリウムガスのコンプレッサなどから構成する機械式冷凍機を使用します。機械式冷凍機では、太陽電池から電力が供給されていれば、機械寿命まで素子冷却を継続することができます。絶対温度 20 K 程度まで冷やす冷凍機は、従来の衛星に例がありましたが、絶対温度 4 K 近くまで冷やす冷凍機は、SMILES が世界初になります。
本件に関する 問い合わせ先
環境情報センシング・ネットワークグループ
笠井 康子、落合 啓
Tel: 0042-327-5562、6901
Fax: 042-327-6110
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広報関係 お問い合わせ先
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