皆既日食では太陽のまわりに美しいコロナが現れますが、日食は地球の電離圏にも影響を及ぼすことが知られています。電離圏のイオンは、太陽紫外線やX線によって作られて、化学反応で消滅するので、日食の時には一時的に電子密度が減少すると考えられていますが、どのくらいの電子密度低下が起きるかは、まだよく分かっていません。また、最近の日食は日本以外の電離圏観測点が少ないところで起きているため、過去の電離圏の観測データもあまりありません。今回の日食は日本周辺で起きるため、日本の充実した電離圏観測網によって、電離圏の細かい変動が調べられると期待されています。
独立行政法人情報通信研究機構(以下「NICT」という。理事長:宮原 秀夫)は、NICTのスーパーコンピュータと宇宙環境計測グループが開発した電離圏シミュレーションモデルを用いて、2009年7月22日に46年ぶりに日本で起きる皆既日食に伴う電離圏変動の予測を行いました。日食による電離圏変動は、まだその性質が十分にわかっておらず、予測もこれまでは困難でしたが、宇宙天気予報モデルの精度向上により、世界で初めて予測に成功しました。今回の日食は、電離圏観測網が整った日本周辺で起きるため、これまでに比べはるかに精密な観測が予定されており、この予測に基づいて準備を進めています。精密な電離圏観測により未知の現象が見つかる可能性もあります。
我々(品川裕之 主任研究員 他)は、NICTが所有するスーパーコンピュータと、独自に開発した電離圏シミュレーションモデルを使って2009年7月22日の日食の時の電離圏の変動を、約1ヶ月前に予測しました。本格的な予測シミュレーションは、今回が世界で初めてで、スーパーコンピュータと宇宙天気予報モデルの発展により、このような予測が可能になりました。今回の予測では、日食当日の電離圏の電子密度変動を計算しました。計算の結果、日食時には日本付近でかなり大きな電離圏変動が起き、日本付近で午前中に電離圏全電子数(TEC)が大きく減少すると予想しました。電子密度の減少幅は、東京から沖縄付近までは半分近くまで達します。今回の予測シミュレーションの結果を参考に、NICTや国内の関連研究機関では、日食時の電離圏観測の準備を進めることが可能となりました。
宇宙天気予報としては、今回の日食によるTEC変動は、GPS信号の電離圏遅延量に換算すると1m程度と予想されます。精密な測位利用には影響する可能性がありますが、一般的なカーナビや携帯電話等のGPS測位については、GPS以外の位置補正も行われており、日食の影響はほとんどないと思われます。
今回の日食は、電離圏の変動を調べる非常に良い機会となっています。日本には、NICTやその他の研究機関が所有するさまざまな電離圏観測装置が設置されて、46年前の日本の日食の時にはなかったGPSの電波を用いた電離圏観測も確立しています。今回の予測値と実際の電離圏観測データを比較することによって、電離圏の変動の研究や予測に役に立つと期待されます。電離圏の観測は電波を使っているので、悪天候で日食が見られなくても、データを見ることができます。NICTでは、日食当日の電離圏の情報を、以下のURLで公開しています。
http://ecl09sim.nict.go.jp/index_simu.html
補足資料
用語解説
太陽の一部分、もしくは全体が月によって覆い隠される現象。月の見かけの大きさが太陽より大きく、太陽全体が隠される場合を皆既日食、逆の場合は金環日食(または金環食)と言います。太陽の一部分が隠されるのを部分日食といいます。
太陽からの紫外線やX線放射によって地上60km~数1000kmの超高層地球大気が電離された領域。電離層とも呼ばれます。下から、D層(90km以下)、E層(90km〜150km)、F層(150km以上) に分けられます。その状態によって、電波が反射・屈折・吸収されるので、電波を用いた通信や衛星測位に影響を与えることがあります。
電離圏の電子密度の総数を表す量。この量が大きいほどGPSの測位に影響を与えます。1平方メートルの断面積をもち、鉛直方向の電子の総数を表し、1016[個/平方メートル]を1単位[TEC]としています。
本件に関する 問い合わせ先
宇宙環境計測グループ
品川 裕之
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広報 問い合わせ先
報道担当 廣田 幸子
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