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繊毛虫テトラヒメナに存在する2種類の細胞核(大核と小核)に核蛋白質を運び分ける仕組みを発見

~ 将来の情報通信技術を支えるアルゴリズム開発へ大きく貢献 ~

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2009年5月11日

独立行政法人情報通信研究機構(以下「NICT」という。理事長:宮原 秀夫)は、生物が持つ「自律性」や「適応性」といった優れた特徴を情報通信技術に応用すべく、生物の細胞内で行われる遺伝子情報の発現を制御するメカニズムについて、遺伝子情報制御の最前線である核に着目して解析しています。今回、異なる機能の核を2つ持つ単細胞生物が、状況変化に応じて核を使い分ける仕組みの一端を明らかにしました。これは、遺伝子情報の発現制御メカニズムの解明に向けた大きな発見であり、生物の柔軟な情報処理システムのメカニズム解明に繋がるものです。

背景

単細胞生物のテトラヒメナは、他の多くの生物では細胞あたり1つしかない核を、2つ持っています。この二つの核は、大核、小核と呼ばれ、大核は代謝など細胞の生存にかかわる機能を司り、小核は細胞の生殖や遺伝子情報の子孫への受け渡しを司るというように、2つの異なる機能をそれぞれ受け持っています。テトラヒメナが、これらの核が独自の機能を持つように分化させて、さらにその性質を維持し、状況に応じて使い分けるためには、構成タンパク質や遺伝子情報制御に係るタンパク質などがそれぞれの核に選択的に輸送されると考えられていましたが、これを直接証明した研究はありませんでした。

今回の成果

核膜に囲まれ、細胞質とは隔離された核の中への物質輸送は、細胞質と核内をつなぐ核膜孔を介して行なわれます。この核膜孔を構成するタンパク質(Nup98)を構成しているアミノ酸に、大核と小核とで大きな違いがあることを発見しました。また、この違いが、遺伝子情報の収納状態と遺伝子の活性に大きな影響を与えるタンパク質(ヒストンH1)の核内への通過を選択的に制御することを明らかにしました。この発見は、細胞が異なる機能を持つ複数の核を正しく分化させて、さらに、これを認識して使い分けるメカニズムの一端を明らかにしたもので、これまで謎であった大核・小核の分化と機能制御のメカニズム解明に向けた大きな進展となりました。この成果は Current Biology 2009年5月26日号(電子版:4月16日)に掲載されます。


掲載論文名:Two distinct repeat sequences of Nup98 nucleoporins characterize dual nuclei in the binucleated ciliate Tetrahymena, Iwamoto et al., Current Biology, vol. 19, 2009. (DOI: 10. 1016/j.cub. 2009. 03. 055)

今後の展望

今後、NICTは今回の発見をもとに、核内の遺伝子制御のメカニズムの全容解明に向けて研究を加速し、二つの核の分化に必要な遺伝子機能を制御するマスタースイッチの発見を目指します。これらの知見は革新的な情報処理アルゴリズムの開発や情報通信パラダイムの創出につながるものです。

補足資料

図 Nup98による選択的物質輸送のイメージ図と構造
図 Nup98による選択的物質輸送のイメージ図と構造

大核用ヒストンH1は、Nup98の働きによって大核にだけ輸送され、同様に小核用ヒストンH1は小核にだけ輸送される。

用語解説

自律性

生物の細胞が持つ、あらかじめ決められた処理を行うのではなく、自ら状況を判断して最適な行動(細胞の分裂や修復など)をする能力。

適応性

生物の細胞が持つ、環境の変化に対応して、自らを柔軟に変化させてうまく生存することを可能とする能力。

自律性と適応性を既存の情報通信技術に応用すれば、例えば、以下のようなネットワークの構築が可能となることが期待されている。

例:細胞システムの性質を持った情報通信ネットワークイメージ
例:細胞システムの性質を持った情報通信ネットワークイメージ

サブシステムA、B、Cからできているネットワークを例にとってみる。

1)A、B、Cは、それぞれ自分の状態と他者の状態を常時モニターしている。
2)Bの調子が悪くなると、A、CはBを切り離して働く。
3)Bは自分を直して、再びネットワークに参加する。
4)Bが自分で直せないほど壊れたときには、Cが変化して、Bになる。あるいは、
5)Cが自分のコピーを作って、それをBに変える。このような自律性と可塑性の高い、より柔軟で安定したネットワークを作ることができる。

細胞の持つ独自の情報通信システムが正しく機能するメカニズムを明らかにすることによって、変化し続ける情報通信システムに必要な構造基盤を知ることができるはずである。

テトラヒメナ

繊毛虫の一種で、水たまりや池など身近な場所に生息している単細胞真核生物。体の表面に繊毛が生えており、その繊毛を使って動き回る。ゾウリムシの近縁種。

増殖が早く、培養が簡単なために、生命科学の研究材料としてよく使われる。ノーベル賞とラスカー賞に繋がった研究などもある。

大核と小核

原生動物の中の繊毛虫には、大きさの違う2種類の細胞核があり、大核と小核と呼ばれている。大核は、ひとつの遺伝子の複製が数十個入っており、細胞の維持・増殖のための転写を活発に行っている。そのために栄養核や体細胞核と呼ばれる。それに対し、小核は2セットのゲノムDNAが入っており(2倍体)、増殖過程では遺伝子の転写活性はほとんどないが、生殖活動では減数分裂を行うのに使われる。そのため、生殖核と呼ばれる。

Nup98

真核生物の核膜孔に存在している核膜孔複合体を構成している蛋白質のひとつ。核膜孔複合体は、核と細胞質をつなぐ出入り口となっており、物質の輸送はここを通して行われる。構造的には8回対称をした筒状構造をしており、ひとつのユニットは約30種類の蛋白質から構成されている。Nup98は、筒状構造の内側に位置しており、蛋白質やRNAなどの分子が通過するときに働いていると考えられている。

核膜孔複合体はヒトの細胞にも共通して存在する細胞構造であり、ヒトではこの遺伝子の転座変異によって、急性白血病が起こることが知られている。

ヒストンH1

遺伝物質であるDNAが結合している一群の塩基性蛋白質。DNAと結合することによって、細長いDNA分子をコンパクトに収納する働きがある。ヒストンH2A、H2B、H3、H4は2個ずつ集まってヒストンオクタマーと呼ばれる球状の複合体を形成し、その周りにDNA が巻き付くことによって、DNAを折りたたむことができる。ヒストンH1は、ヒストンオクタマーとDNAとの複合体(ヌクレオソーム)の外側に結合することによって、さらにDNAを小さく折りたたむのに働いていると考えられている。これらのヒストン蛋白質の構造や化学修飾の変化によって、遺伝子発現が調節を受けることが知られている。

研究内容に関する問い合わせ先

未来ICT研究センター

バイオICTグループ
原口 徳子
Tel:078-969-2241
Fax:078-969-2249
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広報 問い合わせ先

総合企画部 広報室

報道担当 廣田 幸子
Tel:042-327-6923
Fax:042-327-7587
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