2010年に40G/100Gイーサネットの標準化が予定されている等、ネットワークの急速なブロードバンド化に伴う100Gbpsクラスの高速光通信の実現へ向けた動きが加速しています。100Gbpsの光通信システムは、現行の10Gbpsシステムに比べて10倍という大容量となりますが、一方で、通信品質を低下させる最大の要因であるPMDの影響を受けやすくなります。日本における現行の光ファイバ網(基幹網の総長:約30万km)では、PMDの影響が大きい光ファイバが50%以上を占めており、100Gbpsシステムの実現には、PMDの影響の低減が不可欠となります。
沖電気工業株式会社(以下「OKI」という。社長:篠塚 勝正)は、今後のブロードバンド化の進展に伴い、求められる毎秒100ギガビット(100Gbps)を超える次世代高速光通信の実現にあたり、最大の障害である偏波モード分散(PMD)を高精度に抑圧する技術を開発しました。本技術を適用した「PMD抑圧装置」を用いて、100Gbpsよりもさらに高速でPMDの影響の大きい160Gbpsの光信号において、動作実証に成功しました。この技術により、既設ファイバ網であってもPMDによる通信距離の制限がない超高速光通信の実現が可能となります。
なお、本研究成果は、総務省が進める「フォトニックネットワーク技術に関する研究開発」の一環として行われている独立行政法人情報通信研究機構(以下「NICT」という。理事長:宮原 秀夫)の委託研究「λユーティリティ技術の研究開発」において得られたものです。
偏波モード分散(PMD)は、光信号波形に歪みをもたらすもので、PMDが発生すると、一般に受信信号には波形の拡がり(太くなる)が生じ、正しいデータのやり取りができなくなります。PMDは光ファイバの敷設状態や外部環境に応じてランダムに変化するため、通信品質を低下させます。特に、高速になるほどPMDの影響を受けやすく、100Gbpsシステムにおいては、通信品質劣化の最大要因となります。
今回OKIは、PMDにより歪んだ受信光信号波形を、もとの状態に復元する光回路(「PMD抑圧装置」)を作製しました。本装置を用いて、PMDの影響を受けやすい160Gbps信号での動作実証実験を行い、擬似的に発生させたPMDによって歪んだ波形を、ほぼ元通りに復元することに成功しました。これは、OKIの開発した超微小光路差を発生可能な技術を適用することで、初めて可能となったものです。(補足資料参照)
伝送レートが100Gbpsの場合、比較的PMD特性の良い新しい光ファイバでも数100km、1990年代前半に敷設された古いファイバでは数10kmしか伝送できないと考えられますが、今回開発した技術を適用することにより、そのような通信距離の制限がない超高速伝送の実現が可能になります。
今回開発したPMD抑圧技術は、伝送レートに無依存であること、低消費電力といった利点があり、100Gbpsを越える伝送レート、省エネルギー化といった需要が見込まれる将来にわたり適用できます。 OKIでは、今後、さらにPMD抑圧装置の長期安定性の確保と小型化を促進し、実用化を目指していきます
補足資料
伝送路(光ファイバ)におけるPMDの発生と、PMDを抑圧する様子を、図1を参照しながら説明します。同図①は送信器から出力される信号です。②は、PMDの影響により、ファイバ内を伝わる速度が異なる二つの成分に分離した信号です。この二つの成分が離れた量をDGDと呼びます。更に、信号が高速になるにつれ、複雑な歪みが発生します(例えば、同図紫色線の様な複雑な歪み)。この信号②が、もとの波形①に戻るようにPMD抑圧器を制御します。まず、③では、二つに分離した成分のうち、速く到達した成分を遅らせることで、二つの成分のタイミングを合わせます。次に、④では、一方向しか通さない光素子(偏光ビームスプリッタ)によって、複雑な波形歪みの原因を除去します。
一般に、従来の可変DGD発生器を用いてDGDの量を変化させると、可変DGD発生器から出力される信号の状態は大きく不連続に変化します。そのため、可変DGD発生器の後ろに特定の方向しか通さない偏光ビームスプリッタを同時に用いる事ができませんでした。これに対して、OKIが新たに開発した可変DGD発生器は、極めて微小な変化(DGDステップ:0.05フェムト秒*)を発生させることが可能なため、可変DGD発生に伴う状態変化をほぼ連続に変化させることができます。この技術により、初めて可変DGD発生器を用いた高精度な補償機能と、偏光ビームスプリッタによるPMD抑圧機能を同時に用いることが可能となりました。
(*1フェムト秒は1000兆分の1秒)
偏光ビームスプリッタにより除去された信号はモニタ信号として利用しました。ここでは、制御が正常であれば、除去された信号は中心波長成分を含まない、という性質を利用し、中心波長成分が最小となるように自動制御します。これらの技術により、的確にPMDを抑圧することが可能となります。図2および図3に、160Gbps信号を用いて実施したPMD抑圧効果の検証結果を示します。
図2(a)は送信器から出力される波形、(b)はPMDの影響により歪んだ波形、そして(c)は「PMD抑圧装置」により波形歪みを抑圧した信号の波形です。
図3は波長に対する光信号の強度(スペクトル)を測定した結果です。実線は、PMD抑圧装置が最適に制御されている状態のときに、PMDモニタへ入力される信号のスペクトルです。破線は、送信信号のスペクトルです。同図に示すように、PMDモニタへ入力される信号の中心波長成分が小さくなっているときに、高いPMD抑圧効果が得られることを示しています。
光信号品質を表す一つの指標であるQ値は、送信器出力で27dB、PMD等化後で26dBとほぼ送信時と同程度まで信号の状態を戻すことが可能です。
用語解説
一般に、光は波の性質を持っており、ある一定の方向に振動しながら伝搬する波を偏波と呼びます。光信号が伝搬する光ファイバの断面は、理想的には真円であることが望まれますが、実際は、製造ばらつきや外部応力等により、僅かに楕円形状となっています。楕円化した光ファイバでは、光信号は、振動方向が90 度異なる偏波に分裂して伝わるようになります。分裂した偏波を偏波モードと呼びます。この二つの光信号(偏波モード)は、異なる速度で光ファイバを伝わるので、受信器に到達する時間に
差が生じます。この時間差を微分群遅延差(Differential Group Delay:DGD)と呼び、PMDの大きさを表す尺度となります。また、光信号の振動方向(偏波モードの方向)、DGDの大きさは、光ファイバの敷設状態によって変化します。これらの現象は、偏波モード分散(PMD)として知られています。
DGDが大きくなると、隣の信号との区別がつかなくなり、光に重畳された“0”と“1”のデジタルデータを正しく識別ができない、つまり通信が出来ない状況につながります。光ファイバで生じたDGDは、光信号に逆のDGDを与えることによって補償できますが、PMDは外部環境に応じて時々刻々と変動するため、その変動を正確にモニタし、その都度適切なDGD補償を行う自動追尾技術が重要となります。
更に、PMDの発生状態は周波数によって異なります。一般に、光信号は、伝送レートに比例して占有する周波数幅が拡がります。このため、光信号は、伝送レートが上がるほど、PMDによる複雑な波形歪みを受けます。
PMDの大きさは光ファイバの製造技術にもよるため、敷設年代の古いものほど、PMDが大きい傾向にあります。PMDの大きさは、PMD係数(単位:ps/km0.5)として表されます。比較的新しい光ファイバは、PMD係数が0.1ps/km0.5以下となっていますが、1980年代から1990年代前半に敷設された光ファイバには、0.2ps/km0.5~1ps/km0.5のPMD係数を有するものが多く含まれます。PMD係数は、PMDによるDGDが平均でどの程度生じるかを表す指標で、例えば、1ps/km0.5の光ファイバ伝送路では、100kmで平均10psのDGDが生じる可能性があることを意味します。
本件に関する 問い合わせ先
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