テラヘルツ波は、光と電波の中間の周波数帯域に位置する電磁波で、計測や通信等における新たな利用技術の研究が進められています。テラヘルツ波を用いた分光イメージングは、完全に非破壊で、不透明な物質でも透過する特性を活かして、内部構造の観察に利用できます。従来から文化財分析に用いられているX線の透過撮影等の既存技術では、金属以外の物質からなる作品の3次元の内部構造を、非破壊、非接触で観察することは不可能です。名画と呼ばれる作品は、過去に数回以上、修復の歴史があるので、最表面の彩色部分だけでなく、下地も含めて、その損傷状態などを知ることが望まれていました。
独立行政法人情報通信研究機構(以下「NICT」という。理事長:宮原 秀夫)は、テラヘルツイメージング法によりウフィツィ美術館所蔵のジョットによる初期ルネッサンスの名画「バディア家の祭壇画」をテラヘルツ波で分析しました。その結果、その技法は石膏2層からなる中世の技法であることを発見し、X線等の既存の透過撮影では不可能だった下地を含む絵画の三次元の内部構造を、非破壊、非接触で観察することができました。
今回、石膏2層からなる中世の技法を発見したことは、美術史上においても、この作品が絵画というジャンルの成立、ルネッサンス時代の夜明けを告げる作品であることを示す貴重な発見であるとともに、修復担当者に有益な情報であり、テラヘルツ波技術が実際の文化財分析に有効であることを世界で初めて実証しました。
今回、NICTではイタリア、フィレンツェのUffizi美術館の所蔵品であるGiottoの代表作のひとつ、Polittico di Badia(バディア家の祭壇画、1300年代初頭)が修復される機会を利用し、テラヘルツによる分析を行いました。下地の構造からGiottoは中世の技法、つまり絵が祭壇の装飾という扱いだった時代の技法を用いながら、表現としてはルネッサンスの特徴である自然で人間的な作品を描いたということがわかりました。これらの結果により、美術史において、この作品がルネッサンスの夜明けを示すマイルストーン的な作品であることを実証した他、修復士の待ち望んでいた作品の3次元情報を提供することができました。
バディア家の祭壇画の修復終了後、3月6日よりRomaで開催される展覧会“Giotto e il Trecento(ジョットと1300年代)”において研究紹介される他、既存の手法(一部のサンプリングによる観察、近赤外分光法等)を用いた分析を行い、作品の修復記録として出版する予定です。
補足資料
今回は、NASAの耐熱材の製品検査等に用いられているPicometrix社(Michigan、USA)のテラヘルツイメージングシステムを用いて、実験を行いました。
祭壇画はSan Nicola、San Giovanni、Madonna col bambino、San Pietro、San Benedettoの5つのパネルから構成され、各パネルについて15cm角の範囲を2、3カ所、テラヘルツにより調査しました。
どこの場所においても断面はベース(支持体)である木から順番に「木、石膏層、麻布、石膏層(2種類)、絵画層」という構造であることが明らかになりました。これは、まだ1枚の板に描く絵画というジャンルが成立する前で、祭壇の一部の装飾として額縁と一体でつくられ、小刀で彫って平らな部分をベースとしたという証明です。テラヘルツでは、各層の面方向のイメージングが可能ですので、その凹凸の様子までわかります。この凹凸を平らにするための石膏層があり、その上に、変形などを防止し絵画の下地を支える麻布が使われています。麻布から上は現代のテンペラ画と同様に、石膏下地(絵画層直下はきめ細かいものが用いられる)が作られ、金箔や顔料のある絵画層となっています。
さらに表面付近のTHz画像では、反射が強い金箔や鉛白、水銀朱などが判別できます(画像で白で表現)。例えば、可視では確認できない損傷したり、彩色部分の下の金箔、襞の表現に使われた鉛白などもわかります。
今回の実験はUffizi美術館の協力により館内の一室で行われました。作品の修復はStefano Scarpelli氏により行われ、既存手法での分析はFirenzeの応用物理研究所(IFAC-CNR)の協力で実施されます。
用語解説
概ね0.1THz~10THzの周波数帯の電磁波を示す。その波長は3mm~30μmであって電波と光の境界に位置します。テラヘルツは1秒間に1兆回振動する波の周波数、10の12乗ヘルツ(1012Hz)で、THzと記述します。英語では、terahertz(“tera”は10の12乗を表す英語の接頭辞)と書きます。
油絵以前に西洋で多く用いられた技法で、中世からルネッサンスに至るまでの1100~1300年代初頭の金箔を施した祭壇画が多く残されています。展色材(顔料と混合して絵の具をつくる材料、油や膠など)には卵を用いています。現代では平らな板に麻布を膠で貼り、石膏下地をつくり、その上に彩色します。
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