ポイント
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コイルなどの補助回路を必要とせず、ゼロ磁場で最適動作できる新型の超伝導磁束量子ビットを開発
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強磁性ジョセフソンπ接合を持つ超伝導量子ビットとしては最も優れたコヒーレンス時間を達成
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量子コンピュータの小型化を実現する量子素子への応用に期待
国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT、理事長: 徳田 英幸)は、日本電信電話株式会社(NTT、代表取締役社長: 島田 明)、国立大学法人東北大学大学院工学研究科(工学研究科長: 伊藤 彰則)、国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学(総長: 杉山 直)と共同で、ゼロ磁場で動作する新型超伝導磁束量子ビットの開発に成功しました。
超伝導磁束量子ビットには、従来、コイル等の補助回路で発生させた外部磁場が必須でした。今回開発した強磁性体を使ったジョセフソンπ接合による超伝導磁束量子ビットは、コイル等を必要とせず、外部磁場印加と同等な超伝導の位相を反転させる機能を確認しました。さらに、π接合を組み込んだ量子ビットの中では最長クラスのコヒーレンス時間を達成しました。量子ビットの寿命はマイクロ秒の範囲ですが、今後、π接合の材料を更に改良することで、このπ接合やゼロ磁場で動作可能な磁束量子ビットは、量子コンピュータに欠かせない高機能な量子素子の必須要素となる可能性があります。
本成果は、2024年10月11日(金)に、英国科学雑誌「Communications Materials」に掲載されました。
背景
未来の情報社会では、量子コンピュータが、材料・医薬品開発から情報セキュリティまで、幅広い分野で重要な役割を果たすと期待されています。特に、超伝導量子ビットは、量子状態の制御が比較的容易な有望な技術です。超伝導量子ビットの重要な構成要素であるジョセフソン接合は回路に非調和性を与え、これにより量子ビットが動作します。表1に代表的な超伝導量子ビットの特性を示します。
現在広く使用されているトランズモン量子ビット[1]は、非調和性が低いため、多数の量子ビットを集積化すると誤動作や周波数衝突と呼ばれる干渉問題が発生しやすくなるなどの欠点を持つことが知られています。
一方、磁束量子ビット[2, 3]は、図1(a)のようにジョセフソン接合を三つ使用するため非調和性が高く、周波数衝突の問題を緩和できます。しかし、磁束量子ビットは、(量子ビットのコヒーレンス時間が最長となる)最適動作のために、外部コイルで超伝導ループに磁束量子(Φ0 = 2.07×10-15 Wb)の半分の磁束を与える必要があります。これは、外部コイル由来の低周波ノイズの要因になり、各々の量子ビットに磁場印加用コントロールラインが必要なため、大規模集積化の課題となっていました。
その解決策として、東北大学の山下太郎教授(研究当時: 名古屋大学大学院工学研究科 准教授)らが提案したπ接合を磁束量子ビットに組み込む方法があります(図1(b)参照)。π接合は、強磁性体を組み込んだジョセフソン接合であり、外部から磁場を印加せずに180度(π)の位相差を生じるため、自発的に最適動作点にバイアスすることが可能になります。これにより、外部ノイズを抑え、回路が簡素化され、量子ビットの集積化が容易になることが期待されています。
表1 代表的な超伝導量子ビットの特性[画像クリックで拡大表示]
今回の成果
今回、我々はシリコン基板上に結晶成長させた窒化ニオブを用いた窒化物超伝導量子ビットの技術(2021年9月20日NICT報道発表)と、π接合の技術(2017年11月15日NICT報道発表)を組み合わせ、π接合を持つ磁束量子ビットを作製し、世界で初めてゼロ磁場で最適動作することを実証し、そのコヒーレンス時間の測定に成功しました。
これまでの研究では、カールスルーエ工科大学(ドイツ)のUstinov教授研究チームのFeofanovらがNb/AlOx/Nbジョセフソン接合とNb/CuNi/Nbπ接合により構成された位相量子ビットにおいて4ナノ秒のコヒーレンス時間を報告[4]しているほか、同チームのShcherbakovaらが磁束量子ビットへのπ接合導入を試みましたが、量子ビット動作は確認されず、コヒーレンス時間の測定には至りませんでした[5]。
我々は、CuNiよりも安定したπ状態を維持できるPdNiを採用し、NbN電極上にπ接合を形成しました。さらに、NICTが開発したNbN/AlN/NbNジョセフソン接合とNTTが開発した3次元共振器用の磁束量子ビットの最適デザインを組み合わせ、ゼロ磁場で最適動作する新型超伝導磁束量子ビットを作製しました(図2参照)。NTTの長寿命量子ビット測定系を用いた測定の結果、ゼロ磁場が最適動作点であることを確認し、1.45マイクロ秒のコヒーレンス時間を観測しました(図3参照)。これは、従来のπ接合を組み込んだ位相量子ビットと比べて360倍のコヒーレンス時間の改善となります。一方で、π接合を持たない従来の磁束量子ビットでは16マイクロ秒のエネルギー緩和時間が得られており(2021年9月20日NICT報道発表を参照)、現状のNbN/PdNi/NbN積層構造によるπ接合はコヒーレンス時間の改善という課題があることも世界で初めて明らかにしました。
今回の成果は、外部磁場が不要で、マイクロ秒オーダーのコヒーレンス時間を持つ磁束量子ビットを世界で初めて実現したもので、量子ビットを含む様々な量子回路の微細化・集積化に重要な技術であり、外部磁場が不要になることで、回路の簡素化や省エネ、コスト削減に貢献するものです。
今後の展望
今後、コヒーレンス時間の更なる延伸、将来的な大規模集積化を見据えた素子特性の均一性の向上を目指して、回路構造や作製プロセスの最適化に取り組み、従来のアルミニウムベース量子ビットの性能を凌駕する量子ハードウェアの新しいプラットフォームの構築を目指します。π接合の材料、構造を改良することで、より長いコヒーレンス時間を持ちながらゼロ磁場で動作可能なπ接合磁束量子ビットを開発することができれば、量子コンピュータチップを含む様々な量子において必須の構成要素となる可能性があります。
各機関の役割分担
- 情報通信研究機構: 研究の構想、超伝導磁束量子ビットの設計と作製、ジョセフソン接合の特性評価
- NTT: 3D共振器を用いた超伝導量子ビットの測定
- 東北大学、名古屋大学: 研究の構想、強磁性体π接合の作製とその特性評価
論文情報
掲載誌: Communications Materials
DOI: 10.1038/s43246-024-00659-1
論文名: Superconducting flux qubit with ferromagnetic Josephson π-junction operating at zero magnetic field
著者: Sunmi Kim, Leonid V. Abdurakhimov, Duong Pham, Wei Qiu, Hirotaka Terai, Sahel Ashhab, Shiro Saito, Taro Yamashita, and Kouichi Semba
関連する過去の報道発表
- 2021年9月20日 シリコン基板を用いた窒化物超伝導量子ビットの開発に成功
https://www.nict.go.jp/press/2021/09/20-1.html - 2017年11月15日 窒化ニオブを用いた磁性ジョセフソン素子を世界で初めて実現
https://www.nict.go.jp/press/2017/11/15-1.html - 2016年10月11日 光子と人工原子から成る安定な分子状態を発見
https://www.nict.go.jp/press/2016/10/11-1.html
なお、本研究の一部は、科学技術振興機構 JST-CREST 「超伝導量子メタマテリアルの創成と制御」(研究課題番号: JPMJCR1775、研究代表者: 仙場 浩一)、科研費(JP19H05615)、JST ERATO(JPMJER1601)と一部MEXT Quantum Leap Flagship Programs(JPMXS0120319794とJPMXS 0118068682)の助成を受けて行われました。