世界記録更新、標準外径の19コア光ファイバで毎秒1.02ペタビットの1,808 km伝送を達成

〜将来の長距離大容量光通信インフラ実現に期待〜
2025年4月24日

国立研究開発法人情報通信研究機構
住友電気工業株式会社

ポイント

  • 世界で初めて、標準外径の19コア光ファイバで、毎秒1.02ペタビットの1,808 km伝送に成功
  • 複数の波長帯で損失低減を実現した標準外径の19コア光ファイバと、その光ファイバに対応した光増幅中継機能を開発できたことで達成
  • 通信需要が高まる将来の光通信インフラの通信容量拡大と長距離化の両面で大きく貢献
国立研究開発法人情報通信研究機構(NICTエヌアイシーティー、理事長: 徳田 英幸)及び住友電気工業株式会社(住友電工、社長: 井上 治)は、標準外径(0.125 mm)の19コア光ファイバで、毎秒1.02ペタビットの1,808 km伝送(おおよそ札幌-福岡間の距離に相当)の実験に成功しました。この結果は、伝送能力の一般的な指標である「伝送容量と距離の積」に換算すると、1.86エクサビット/秒・kmとなり、標準外径の光ファイバにおける世界記録の更新となります。
標準外径の19コア光ファイバは、これまでに毎秒1ペタビットを超える伝送容量は実証されてきましたが、1,000 kmを超える長距離の伝送までは実証されていませんでした。今回、商用の光ファイバ伝送システムで利用されている複数の波長帯で損失低減を実現した標準外径の19コア光ファイバと、その光ファイバに対応した光増幅中継機能を開発できたことで、長距離大容量伝送の世界記録を達成しました。今回開発した技術は、通信需要が高まる将来において、光通信インフラの通信容量拡大と長距離化の両面で大きく貢献すると期待されます。
なお、本成果の論文は、米国サンフランシスコにて開催された第48回光ファイバ通信国際会議(OFC 2025)にて非常に高い評価を得て、最優秀ホットトピック論文(Postdeadline Paper)として採択され、現地時間2025年4月3日(木)に発表しました。

背景

図1 19コア光ファイバのイメージ図
増大し続ける通信需要を支えるために、従来の光ファイバ伝送の限界を超えるマルチコア光ファイバなどの新型光ファイバと、それを用いた光伝送システムの研究が世界中で盛んに行われています。NICTは様々な標準外径光ファイバを用いた長距離大容量伝送を実証してきました(表1参照)。標準外径の非結合型4コア光ファイバでは、毎秒0.138ペタビット・12,345 kmの伝送容量・伝送距離を達成しています。しかし、非結合型マルチコア光ファイバでは、コア間の信号干渉抑制のためコア数が制限されるため、商用の長距離光ファイバ伝送システムで利用されている波長帯(C帯、L帯)に加え、一般的に商用化されていない波長帯(S帯)まで拡張する手法を用いて大容量化を実現しています。
一方、マルチモード光ファイバ結合型マルチコア光ファイバを用いた伝送方式は、受信器におけるMIMOデジタル信号処理による干渉除去を前提に、非結合型マルチコア光ファイバのコア数制限を打破する次世代の大容量伝送技術として研究開発が行われています。これまでに、標準外径の15モード光ファイバを用いて毎秒0.273ペタビット・1,001 kmの伝送容量・伝送距離を達成しています。
しかし、マルチモード光ファイバ伝送では、モードごとの伝搬特性の差が大きいため、更なる長距離化に向けては課題を抱えています。また、結合型マルチコア光ファイバを用いた伝送は、マルチモード光ファイバ伝送に比べ、各コアを伝搬する信号の伝搬特性は均一化されるので長距離伝送に適していますが、これまで、標準外径の結合型19コア光ファイバでは、毎秒1.7ペタビット・63.5 kmの伝送容量・伝送距離の実証に留まっており、長距離大容量伝送のための光ファイバの損失低減や光増幅中継機能の実現が課題でした。

今回の成果

今回、住友電工は標準外径の結合型19コア光ファイバの設計・製造を担当し、コアの構造と配置の最適化により、複数の波長帯域(C帯、L帯)で光ファイバの損失低減を実現しました(詳細は補足資料 図5参照)。NICTは19コアの信号を同時に増幅する機能を有する伝送システムの開発と実証を担当し、毎秒1.02ペタビット・1,808 kmの伝送容量・伝送距離を達成しました。

表1 NICTによる標準外径の新型光ファイバによる長距離大容量伝送実証
伝送システムは、送信系、受信系、周回伝送系からなります。周回伝送系は、19コア光ファイバ、合波器/分波器、光増幅器、周回制御スイッチから構成されます。19コア光ファイバ用の光増幅中継機能は、各コアの光信号に対応するように並列にした19台の光増幅器により実現されます(詳細は補足資料 図4参照)。19コア光ファイバの信号は、分波器により各コア用に分岐し、光増幅器により伝搬中の信号減衰が補償され、合波器により各コアの信号が再び光ファイバに入力されます。今回の実験では、送信系にてC、L帯における180波長の偏波多重16QAM信号を19コア多重して合計毎秒1.02ペタビットの光信号を生成し、1区間当たり86.1 kmの19コア光ファイバを19回周回させました。周回伝送後、受信系にて全コアの信号を一括で受信し、MIMOデジタル信号処理によってコア間の信号干渉を除去し、各波長のデータレートを測定しました(詳細は補足資料 図6参照)。総伝送容量は毎秒1ペタビットを超えており、また、総伝送距離は、おおよそ札幌-福岡間に相当する1,808 kmとなり、国内の大都市を結ぶネットワークに適用できることが実証されました(表1参照)。伝送能力の一般的な指標である伝送容量と距離の積に換算すると、1.86エクサビット/秒・kmとなり、これは標準外径光ファイバの世界記録となります(表1参照)。

今後の展望

Beyond 5G以降の社会では、新しい通信サービスにより爆発的に通信量が増加することが予想されており、高度な情報通信インフラの実現が求められます。本研究の結合型19コア光ファイバや光増幅中継機能による伝送システムにより、将来の大容量・長距離の光通信インフラの実現へ向けた技術開発が大きく進展しました。今後は、光増幅中継技術の更なる効率化やMIMOデジタル信号処理の高速化を進め、実用化の可能性を探求していきます。
なお、本実験結果の論文は、光ファイバ通信関係最大の国際会議である第48回光ファイバ通信国際会議(OFC 2025、開催地: 米国サンフランシスコ、3月30日(日)~4月3日(木))で非常に高い評価を得て、最優秀ホットトピック論文(Postdeadline Paper)として採択され、現地時間4月3日(木)に発表しました。

各機関の役割分担

  • NICT: 伝送システムの設計・開発、伝送実験
  • 住友電工: 結合型19コア光ファイバの設計・開発
 

採択論文

著者名: R. S. Luis, M. v. d. Hout, S. Gaiani, B. Kalla, D. Orsuti, Y. Goto, G. Rademacher, B. J. Puttnam, A. Inoue, T. Nagashima, T. Hayashi, P. Boffi, T. Bradley, C. Okonkwo and H. Furukawa
論文名: 1.02 Petabit/s Transmission Over 1,808.1 km in a 19-Core Randomly-Coupled Multicore Fiber
国際会議: OFC 2025 最優秀ホットトピック論文(Postdeadline Paper)

関連する過去のNICTの報道発表

補足資料

1. 今回開発した伝送システムと光ファイバ伝送損失特性

図4 伝送システムの概略図
図4は、今回開発した伝送システムの概略図を表している。
① 多波長光源: C帯、L帯における180波の多波長光を生成する。
② 信号変調回路: 多波長光に偏波多重16QAM変調を行い、光信号を生成する。
③ 送信信号生成回路: 光信号を各コア用に19分岐し、遅延差を付けて擬似的に異なる信号系列とする。
④ 周回制御スイッチ: 周回前の光信号と、周回してきた光信号とを切り替える。
⑤ マルチコア多重器: 導波路型の多重器を通じ、各コア用の光信号を19コア光ファイバに入射する。
⑥ 19コア光ファイバ: 86.1km長の19コア光ファイバを伝搬する。伝搬に伴い各コアの光信号が干渉する。
⑦ マルチコア分離器: 受信側でコアごとに光信号を分離する。
⑧ 増幅中継部: 光増幅器を用いて、光信号を増幅する。波長間の光信号強度ばらつきを、波長チャネル制御器(プログラム可能な波長フィルタ)によって調整する。伝送光ファイバの入力側に帰還させることで周回伝送を行う。
⑨ 高速・並列受信回路: 各コアの光信号を波長分離し、コヒーレント受信器で電気信号に変換する。
⑩ オフライン信号処理: MIMO処理により、ファイバ伝搬中の光信号干渉を除去する。
図5は、今回開発した標準外径の結合型19コア光ファイバの伝送損失特性と生成したC帯、L帯における180波長の光信号を表している。
図5 結合型19コア光ファイバの伝送損失特性と生成したC帯、L帯の光信号

2. 今回の実験結果

上記図4の伝送システムにおいて、1,808 kmの伝送後、受信時に誤り訂正処理などを適用し、波長ごとにデータレートの最大化を行った。図6のグラフの青点は、各波長における誤り訂正適用後の全コア合計データレートを示し、C帯では毎秒約4.5~6.7テラビット、L帯では毎秒約3.3~6.2テラビット程度のデータレートが得られた。全波長合計の伝送容量は毎秒1.02ペタビットであった。
図6 結合型19コア光ファイバ1,808km伝送後の波長ごとの全コア合計データレート

用語解説

標準外径光ファイバ

図2 広く利用されている標準外径光ファイバのイメージ図

国際規格で、光ファイバのガラス(クラッド)の外径は0.125±0.0007 mm、被覆層の外径が0.235~0.265 mmと定められている。現在の光通信で広く使用されている光ファイバは、外径0.125 mmのシングルコア・シングルモード光ファイバで、数ワット程度の光入力パワー制限により、伝送容量に限界があるため、新型光ファイバの研究開発が盛んに行われている。 元の記事へ


ペタビット、テラビット 1ペタビットは1,000兆ビット、1テラビットは1兆ビット、1ギガビットは10億ビット。毎秒1.02ペタビットは、2024年11月時点の国内ブロードバンドトラヒックの約26倍のデータをファイバ1本で伝達できる容量である。 元の記事へ

伝送容量と距離の積 光ファイバ伝送の最大の利点は、光の波長領域の広さを活かし多くの波長を利用する大容量と、長距離伝送でも信号劣化が少ない搬送能力である。したがって、光伝送システムの伝送能力の一般的な指標として、容量や距離だけではなく、それらの積で表現したものが用いられることがある。単位はビット/秒・kmで表される。 元の記事へ

世界記録 2025年4月3日の国際会議発表時点で、標準外径光ファイバを用いた伝送実証における「伝送容量と距離の積」の世界記録を更新したものである(NICTによる調査)。 元の記事へ

図3 各種の光ファイバ伝送方式

マルチコア光ファイバ 現在、中・長距離通信用に普及している標準シングルコア・シングルモード光ファイバによる伝送(図3(a)参照)は、数ワット程度の光入力パワー制限により、伝送容量に限界がある。その問題を解決するために、コア(光の通り道)を増やしたマルチコア光ファイバを用いた伝送(図3(b)参照)や、マルチモード光ファイバの研究が進められてきた。マルチコア光ファイバでは、コア間が近接していると、あるコアから漏れた信号がほかのコアに侵入し、干渉して伝送品質が劣化する課題がある(図3(c)参照)。コア間の信号干渉を低減するために、コア間を適切に広げコア内に信号を閉じ込めた非結合型マルチコア光ファイバが一般的である。現在、早期実用化を目標として、標準外径の非結合型の2コアや4コア光ファイバの研究開発が活発に行われている。 元の記事へ


マルチモード光ファイバ伝送 光ファイバのコアの中を光信号が伝搬する時は、コアとクラッドの境界で全反射を繰り返しながら、様々な振動状態で進行する(図3(e)参照)。この振動状態の違いが伝搬モードである。マルチモード光ファイバはコア径が大きく、一つのコア内に複数のモードが存在する。マルチモード光ファイバの伝搬中や、入出力、接続時に、モード間での信号干渉が発生するため、MIMOデジタル信号処理による干渉の除去が必要となる。モードの異なる信号では、受信器に届くまでの時間差が生じるため、ファイバの最適化や負荷の大きいデジタル信号処理が必要である。これまでのマルチモード光ファイバ伝送では、最大で55モードを用いた伝送が実現されている。 元の記事へ

結合型マルチコア光ファイバ 結合型のマルチコア光ファイバ(図3(d)参照)は、コア間の信号干渉を受信器側のMIMOデジタル信号処理によって除去する前提で、コアを密に配置している。結合型マルチコア光ファイバを用いた伝送は、マルチモード光ファイバ伝送に比べ、各コアを伝搬する信号の伝搬特性は均一化されるので長距離伝送に適している。しかし、長距離伝送に必要となるコア間結合のランダムさを担保するためには、結合が強くも弱くもなり過ぎない様に適切にコア同士の間隔を取る必要があり、これまで報告された標準外径の結合型マルチコア光ファイバのコア数は最大で19コアである。 元の記事へ

MIMOデジタル信号処理 マルチモード光ファイバや結合型マルチコア光ファイバを用いた伝送では、モード分離(モード/コアごとの個別の信号チャネルへの分離)を行う際に、ほぼ必ずMIMO(Multi-input-multi-output)処理が必要となる。MIMOは、無線通信でマルチパス干渉を除去するために用いられる信号処理技術である。光通信においては、同一の光ファイバ内を伝搬する異なる光信号同士の干渉を除去するために使用される。 元の記事へ

波長帯域 長距離光通信用途で主として用いられている波長帯域はC帯(波長1,530~1,565 nm)とL帯(1,565~1,625 nm)で、その他にO帯(1,260~1,360 nm)、E帯(1,360~1,460 nm)、S帯(1,460~1,530 nm)、U帯(1,625~1,675 nm)がある。今回はC帯とL帯を使用した。 元の記事へ

16QAM QAMとは、光の位相と振幅を併用し複数のビットを表現する方式(多値変調)の一種である。16QAMは1シンボルが取り得る位相空間上の点が16個で、1シンボルで4ビットの情報(24=16通り)が伝送でき、同じ時間でOOK(On-Off Keying)の4倍の情報が伝送できる。 元の記事へ

本件に関する問合せ先

国立研究開発法人情報通信研究機構
ネットワーク研究所
フォトニックICT研究センター
フォトニックネットワーク研究室

古川 英昭

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